民族時報 第888号(99. 7.11)


 

 解説2

 

 危険水位に達した韓半島情勢を見る

 

 定着するかに見えた対話路線

 五月二十五日から二十八日まで、米国大統領特使としてペリー調整官が北韓を訪問した。六月三日には、南北次官級会談を二十一日から北京で開催し、会談前に南は北に肥料二十万トンを提供すること、会談では離散家族問題を優先的に論議することが明らかにされた。

 また、村山元首相を団長とする超党派代表団の六月中訪北の準備が始まり、昨年八月の北韓の人工衛星打ち上げを「重大な脅威」として、一方的に対北強硬姿勢をとってきた日本政府も、直接対話のチャンネルを開くために動きはじめた。

 このように韓半島情勢は、六月初めの時点では、多様な対話と交渉のチャンネルが開かれ、対話路線が定着するかに見えた。

 西海交戦事態

 ところが、この同じ時期に西海(黄海)上で南北間の軍事的緊張が高まっていた。

 北側の発表によると四日から、南側の発表では七日から、米軍が一方的に設定した「北方限界線」の南側海域で、ワタリガニ漁の漁船を守る北の警備艇と南の艦艇が対峙(じ)しはじめ、十一日からは南の艦艇が北の警備艇の船尾に体当たりする先制攻撃を加えた。そしてついに十五日には衝突攻撃がエスカレートし、重火器を撃ち合う交戦事態がぼっ発した。

 この事態は南の民主勢力も指摘するように、「南韓軍当局の過剰対応」によって引き起こされた疑いがある。常識的に考えて、開かれつつあった対話窓口を利用すれば対処が十分可能だし、まして二十万トンもの肥料を提供して開催にこぎつけた次官級会談が水泡に帰す可能性がある「体当たり式」先制攻撃は不必要だった。

 結局、西海交戦事態は対話と交渉局面に対する先制攻撃となった。それは大きく北側寄りに設定された「北方限界線」の既成事実を「実力死守」するためのもので、またその時期は、金大中政権が「四大疑惑事件」による国民的な反感によって政治的守勢に追い込まれており、米国が主導したユーゴ戦争が終結した時期だった。

 南北対話・交流の原点回帰

 韓国国防部は全面戦に備える戦闘態勢に突入し、米国が空母などの艦艇と戦闘機を韓国に配置して、北韓に先制攻撃を加える「五〇二七―九八作戦計画」を実戦段階に移行させた。

 この殺伐とした雰囲気の中で二十日、金剛山観光に参加した女性が不用意な発言をして抑留されて調査を受け、二十五日に送還される事態が発生し、観光事業は中断した。南北次官級会談も、二十二日から七月三日の首席代表による非公式協議まで断続的に開催されながら、結局決裂してしまった。

 米国は同時期、五月の初めに北韓がロケットエンジンの燃焼実験をしていたと発表する。これは二十三日から北京で開かれたミサイル問題を中心議題とする北韓・米国高官協議と、二十五日に国務省が発表した「地下施設は九四年のジュネーブ合意に違反しない」との「金倉里訪問に関する報告」にタイミングを合わせ、「地下核施設疑惑」のシロ判定を弱め、「弾道ミサイル」発射準備が進んでいると、別の「脅威」をあおるためだった。

 日本政府はこれに敏感に反応して二十三日、村山訪朝団の延期を発表した。

 北韓・米国高官協議で、米国は北韓がミサイルの開発、実験、輸出を推進すれば相応の措置をとると厳しく警告し、七月二日の韓米首脳会談でも再確認された。しかし、米国自身が世界最大のミサイル開発、実験、輸出国であり、また金大中大統領も首脳会談で韓国が研究・実験するミサイルの射程上限を五百キロに延ばしたい、との意欲を表明したが、北韓の「開発、実験、生産、配備は自主権の問題。輸出は補償があれば中止できる」という主張に対して何ら説得力を持ちえない。北韓に中止を要求するなら、米国も韓国もミサイル開発・配備を中止しなければならないだろう。

 戦争でも平和でもない状態

 現在、韓半島情勢は軍事的緊張状態が高まり、多様な対話や南北交流は原点に回帰している。これは韓半島情勢が「戦争でも平和でもない休戦状態」に規定されているからにほかならない。この状態をそのままにして、対話や交流を積み上げても、軍事緊張が高まれば一瞬のうちに原点に回帰する。問題は「戦争でも平和でもない休戦体制」を平和保障体制に転換させることだ。

 これを実現する力の源泉は民族内部にある「自主と大団結」だ。そして、平和を愛する人々との連帯闘争である。

 (田泰淳記者)

 


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