民族時報 第830号(97.9.11)

 

参加記

 

第8回汎民族大会に参加して(上)

 

郭秀鎬(本紙副主筆)

 

 八月十四日、十五日の両日、板門店北側地域とピョンヤンで開かれた「祖国の平和と統一のための第八回汎民族大会」に、汎民連日本地域本部代表団(団長=梁東a議長)の一員として参加した。汎民族大会への参加は、九〇年の第一回大会に続いて二度目のことだ。

 今年の汎民族大会は、南側では金泳三政権が汎民連南側本部を弾圧し、汎青学連を構成する韓総連の壊滅を策動しており、北側では一昨年からの大水害で極度の食糧難にあるなど、内外の情勢はいつの時よりも厳しいものがあった。

 代表団は第八回汎民族大会への参加と、幼稚園や託児所などを慰問して食糧難にある北の同胞を激励することを主な目的にした。十一日に「万景峰号九二」で新潟港を出港し、十二日午後五時に元山港に上陸。梁団長が日本地域本部の到着声明を読み上げた。

 十三日午後、人民文化宮殿で開かれた第八回汎民族大会運営委員会の説明会に臨んだ。運営委員会は、第八回汎民族大会が@故金主席の喪明けを受け、「新しい時代」を告げる統一行事でありA分裂主義勢力に打撃を与え、統一運動の新たな転換的契機をつくり、全民族を統一運動に奮い立たせるものになる、と確認した。

 十四日は朝早くバスでホテルを出発し、八時三十分ごろ板門店に着いた。九時から、板門店に建てられている故金主席の「親筆碑」の前で、北側本部の「祖国統一の遺訓貫徹決意大会」が開かれ、海外同胞代表団が参観した。

 十時五十分から板門店の板門閣前広場で「第八回汎民族大会開幕式」が行われた。七年前と同じく、この日も太陽がカッと照りつけ、やけどするくらいの暑さだったが、海外と北側本部の代表団四百九十人と北部祖国の民衆ら約二千五百人の熱気は、日差しの強さを跳ね返す激しさを持っていた。開幕式では、汎民連と汎青学連南側本部など統一勢力が、板門店での汎民族大会に参加する突破闘争を展開し、戦警隊と激しくぶつかっているとの闘争状況が伝えられ、参加者は熱く呼応した。

 続いて「民族自主・平和守護のための南と北、海外連帯マダン(広場)」が開かれ、在日朝鮮人本部、北側本部、米州本部に続いて、わたしも三者連帯の重要性と南側で闘っている汎民連など統一愛国勢力を激励するため、声も届けよと演説した。「連帯マダン」では汎青学連海外本部を代表して、李政秀・韓青同副委員長が韓総連を死守しようと力強く訴えた。

 大会の一環である「祖国の平和と統一のための九七汎民族会議」は十五日、人民文化宮殿で三千人が参加して開かれた。ここでも南側本部から送られてきた連帯辞が紹介されるとともに、汎民連と韓総連が光州の朝鮮大で第八回汎民族大会と第七回汎青学連統一大祝典を開いているとの報告があり、三者連帯の力強さを確認した。また会議の途中、南側の行事に対して、金泳三政権がヘリコプターで催涙液をまくなど、武力で弾圧しているとの情報に、参加者から憤りに燃えた糾弾の声が上がった。

 「九七汎民族会議」では北側、海外、南側本部の基調報告があった。南側本部の基調報告は南側本部の依頼で梁東眠議長が代読したが、日本地域本部の担う重要な位置を示すものとして、印象深かった。

 「汎民族会議」に続いて、汎青学連第二回総会と汎青学連結成五周年記念報告大会が同じ場所で開かれた。この報告大会では李英鎬・学生協会長が数十人の海外・北側代表とともに統一ノレ(歌)を歌い、学生協の存在を誇示した。報告大会は、汎青学連が祖国の自主的平和統一を代を継いで遂行する後継者であることを示し、特に韓総連を死守するために全力を尽くすことを誓った大会として、参加者の心を打った。