民族時報 第1225号(12.06.15)


【読書案内】不幸な関係の克服へと

    外村大『朝鮮人強制連行』

 

 日本帝国主義の朝鮮植民地支配がなければ、〈在日朝鮮人という存在〉はなかった。つまり在日朝鮮人は、日本帝国主義の朝鮮植民地支配――朝鮮のあらゆるものを収奪し、殺りくと略奪によって「開発」と資本蓄積をおこない、「日本国民」が政治・経済的だけでなく文化的な特権さえも享受してきた(きている)――を証明する存在だ。また、元日本軍「慰安婦」の金学順さんに始まる、一九九〇年代の「証言の時代」は、戦後世代の「日本国民」が享受している特権と、それの土台となった植民地暴力を鋭く告発して、主権者としての戦後世代に植民地支配の責任を問うた。

 しかしいま、それに対するバックラッシュ(反動、逆流、揺りもどし)はとどまるところを知らない。朝鮮高校の高校無償化制度からの除外という日本政府の公然たる差別に加え、「『慰安婦』の強制はなかった」「強制連行はなかった」との言説が無責任に流布され、危険水位を超えた影響をもってきている。

 本書が扱う時代は、一九三九年から一九四五年で、日本政府の労務動員計画と国民動員計画の枠のなかでの朝鮮人労務動員に焦点をしぼって叙述されている。著者も認めているが、軍人や軍属としての動員、「慰安婦」についてまではカバーできていない。しかし、丹念に読み込まれた資料に基づく記述。これだけでも、「強制連行はなかった」というデマを完全に打ち崩すことができる。

 本書をつらぬく大きなテーマは〈総力戦と植民地〉の問題である。総力戦とは文字どおり、すべてを戦争勝利に集約させ、合理的に動員することである。ところが、日本帝国の戦時動員が日本国内(内地)においても、またとくに朝鮮において円滑に行われなかった事実が浮き彫りにされる。これによって、日本帝国の同化=差別と暴力を基本にした朝鮮植民地支配の特徴が明らかになる。

 また、総力戦時期の朝鮮社会の実相に対する的確な著述と、強制連行に対する朝鮮人の抵抗の関連についての記述は、この問題に対する理解の幅を広めてくれるはずだ。

 総力戦下における労働者動員は、軍需物資増産の鍵(かぎ)を握る石炭の採掘や軍事基地の建設に振り向けられた。とりわけ、炭鉱での労働者軽視の経営が、できるだけ安い賃金で働く朝鮮人の導入となり、それ以下の待遇で酷使できる中国人の「ウサギ狩り」による拉致・強制連行となった。しかし、炭鉱労働者はすべて朝鮮人、中国人ではなく、日本人労働者が七〇%を占めていた。

 ここに帝国―植民地支配下の不幸な民族・民衆関係がある。「結局のところ、マイノリティに不利な条件を押しつける国家や社会はマジョリティをも抑圧していた。そして、そのような状況をマジョリティが自覚し改善し得ずにいたことが、朝鮮人強制連行のようなマイノリティにたいする加害の歴史をもたらしたのである」。この指摘はいまにつながる。だが、吹き荒れるバックラッシュ=「日本人中心主義」が、帝国―植民地主義への民衆の共闘を阻んでいるのだ。現在の問題の淵源(えんげん)がここにある。

(黄英治)

(岩波新書・定価820円+税)


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