民族時報 第1225号(12.06.15)


【主張】

    6・15宣言12周年に際して

 

 統一を渇望する南北、海外の同胞にとって李明博大統領はもはや憎悪の対象でしかない。最大の理由は正しい歴史認識をまったく持たない李大統領が民族の歴史を逆行させてしまったからだ。

 悠久五千年といわれる祖国の歴史のなかで最も不幸な出来事のひとつは新羅が唐と結託し、百済と高句麗を滅亡させたことである。古朝鮮の後えいとして旧満州と朝鮮半島には高句麗、百済、新羅の三国が勃興してきた。この三国の人々が互いに交流する場合、通訳などは必要なかった。すなわち三国は共通の言語を使っていたのだ。あわせて高句麗を創建した朱蒙の子息が旧満州から南下し、朝鮮半島に至り百済を建国した。また後進であった建国初期の新羅を発展させるために、同族の高句麗は兄の立場でこれを大いに協助したという。三国は同じ言語と血統で結ばれた同族であった。これに対し、唐はわれわれとは言語も血統もまったく異なる国家だった。七世紀、隋に代わって中国に覇権を立てた唐は建国早々、侵略の矛先を高句麗に向けた。だが唐の侵略戦争は高句麗の徹底抗戦によって失敗に失敗を重ねた。

 一方、領土欲に駆られた新羅は百済と激しく抗争していた。新羅は当初、高句麗に支援を求めたが拒否されるや、唐に援軍を懇願した。結局、唐軍は新羅の外勢依存の政策につけこんで新羅軍を先兵にして朝鮮半島に侵入し、百済と高句麗を滅亡させた。さらに唐は朝鮮半島全域の覇権をうち立てようと新羅さえも攻撃した。この危機に際し、百済と高句麗の遺民が新羅に対する恨を押さえて同族愛の立場を鮮明にした。彼らは新羅に対する反撃を中止して新羅軍に合流し、ついには唐軍を排撃した。こうして民族の大同団結の力によって唐軍をピョンヤン以北に追いやり、辛うじてわが民族は独立を維持できたのだ。しかし新羅の外勢と結託して同族をつくという背信行為による代価はあまりにも大きく、わが民族はピョンヤン以北の広大な領土をいったん失うことになった。嘆かわしいのは背信行為を行おうとする輩(やから)が今もいることだ。

 六・一五南北共同宣言はそれまでの南北対立の時代に終止符を打ち、「わが民族同士」の精神で南北の和解と協力の時代、ひいては自主統一の道をきり開こうとした歴史的な宣言である。二〇〇〇年の宣言発表から十年近くの間、宣言の履行によって南北関係が大きく改善され、内外の同胞は近づく自主統一の実現に胸膨らませてきた。しかし五年前に登場した李政権は六・一五共同宣言を全面否定し、南北関係を再び厳しい対決状態に置いた。

 七世紀の新羅の背信行為と今世紀の李大統領の同族対決政策とが重なってみえる。歴史の教訓に照らしても、外勢の米日と結託して同族の北韓を崩壊させようとする李政権をこれ以上放置することはできない。李大統領の退陣が六・一五共同宣言を復活させる第一歩になることだけは確かである。


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