民族時報 第1200号(11.03.15)


【読書案内】人生をつつみかくさずに語る

金大中著、波佐場清/康宗憲共訳『金大中自伝』』T・U

 どの民族にも、その歴史のなかに、時代を体現する人物がいるものだ。とりわけ、朝鮮半島に暮らす民族にとって、日本の植民地支配、解放、米軍政、分断と戦争、軍事独裁の時代を経て、民主化と南北和解・協力の時代へつらなるこの百年は、最も険しく、波乱に満ちた時代といえるだろう。金大中という政治家は、この激動を一身に背負う生涯を送った。

 本文二段組で二分冊、あわせて約千百ページ。Tは「死刑囚から大統領へ―民主化への道」、Uは「歴史を信じて―平和統一の道」と題されている。大冊である。しかし、この大きさは読者を拒絶せず、魅力の一部になっている。著者が序文を「人生の締めくくりにあたって」と題したように、すべてを、できるだけ詳しく、つつみかくさず、率直に語っているからだ。これが、類書にない透明な輝きの源だ。

 韓国現代史のさまざまな事件、政治状況の記述は正確であり、人物への評価は的をえている。例えば、白凡・金九の評価と関連して「信託統治に無条件反対とばかり言うのではなく、期限付きの信託統治を受け入れて三年とか五年後に独立を模索すべきだった」という部分。韓国内では、いまだに評価が分かれる〈賛託・反託〉論議に一石を投じるものだろう。

 金大中元大統領と韓民統(=韓統連)の因縁は深く、また複雑だ。本書には、「東湖先生ら在日民主人士とのやりとりや、動きが詳しく記されている。ただ、金元大統領が在日韓国青年同盟の冬期講習会で二度にわたって講演したことが書かれていないのは残念だった。

 この稀有(けう)の自伝で、時を忘れて引き込まれてしまう個所はやはり、六・一五共同宣言の発表にいたる記述だろう。南北首脳会談への道のり、ピョンヤンでの行事、金正日国防委員長との首脳会談。そこでの緊張感あふれるやり取りに、思わず手に汗握る。また、両首脳が笑顔で手を高く上げた写真の秘密が明かされる。このドキュメントがわたしたちにもたらされたことを心から喜びたい。

 一方で、金元大統領の強い親米指向や、過度な現実主義については、批判の観点を保持しておかなければならないだろう。とりわけ、通貨危機の際に、国際通貨基金(IMF)の要求をほぼ丸飲みして、構造調整―整理解雇=非正規職の激増をもたらす新自由主義政策へと過激に舵(かじ)切りをしたことは、現在の不幸の根本原因となった。金元大統領は、「庶民経済」を標榜(ひょうぼう)し、失業者に涙を流したが、自身は庶民でも失業者でもなかったということだ。

 六・一五共同宣言から十年続いた南北の和解・協力時代は、李明博政権の対決政策で一時停滞している。〇九年五月の盧武鉉前大統領の葬儀について、金元大統領はこう記している。

 「(前略)妻といっしょに出席した。日差しがとても熱かった。私のすべてを壊すかのように太陽光線が降り注いだ。怖いほどだった。(盧前大統領夫人の)権良淑女史を見て、涙が出た。泣くしかなかった」

 わたしたちは、テレビやインターネットで、だれはばかることなく号泣する金元大統領を目撃した。その三か月後、本人も後世へと旅立った。そうだ、金元大統領は笑って去って行ったのではない。大きな本を閉じながら、その涙は、つまり民族の大きな課題の象徴であることを思い、めい目した。

 (岩波書店・1、2ともに3900円+税)

 (黄英治)



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