民族時報 第1193号(10.11.15)


【読書案内】被害者同士のきずなを

     和田春樹/蓮池透ほか『拉致問題を考えなおす』

〈被害者が加害者になる〉その転換の悲劇性と、やりきれなさははかり知れず、それを知ったときに受ける打撃は果てしない。

 たとえば、ナチスによる絶滅作戦を経験したユダヤ人が、パレスチナ人の土地を奪ってイスラエルを建国し、膨大なパレスチナ難民を生みだした。そしていまも入植地を増やしている。一方でガザ地区を封鎖して、その「パレスチナ人ゲットー」にやりたい放題の軍事攻撃を加えて、多くの人びとを虐殺している。

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が八年前、特殊機関による日本人拉致を認めた。わたしたち在日韓国人は、植民地主義の被害者でありながら、一方で旧宗主国の「繁栄」のおこぼれを身に取りこみ、しかし差別と闘って尊厳を守り生きてきた。だから〈被害者が加害者でもあった〉ことに、ぼう然自失の状態に陥ったのだった。

 八月二十五日、拉致家族会の会長らは文部科学省と拉致対策本部に、朝鮮高校への無償化適用に反対する要望書を提出した。朝鮮高校の生徒たちへの明白な差別に加担する〈被害者〉の姿を、どう考えればいいのだろうか。

 拉致問題はいま、〈被害者が加害者になる〉負の連鎖に陥っている。これを断ち切り、どう問題を解決すべきか。本書はそれの現状分析と方法を、ある意味、日本社会で聖域となっている領域に踏み込んで、提示している。

 拉致問題の象徴的存在である横田めぐみさんの母・早紀江さんの「強硬姿勢」はどこからきているのか。和田春樹氏の「横田家三代女性たちの気持ち」、東海林勤氏の「キリスト者として拉致問題を問う」が、説得力をもって解明している。早紀江さんの「めぐみは犠牲になり、また使命をはたしたのではないかと私は信じています」「まだ生きていることを信じつづけて戦ってまいります」という言葉の根っこには、キリスト教信仰があり、「絶対悪」=悪魔の国・北朝鮮と戦うという使命に突き動かされている姿が浮かびあがってくる。早紀江さんの言葉は重い。しかし、絶対悪や絶対善は、この世界に存在しない。朝鮮高校の生徒たちは民族差別の被害者だ。被害者同士のいたわりが生まれてほしいと、願わざるをえない。

 ところで、被害者同士の敵対と断絶を助長しているのがマスコミだ。拉致被害者家族の蓮池透氏は、問題解決のために精力的な講演活動をしている。その成果が本書に収録された「拉致問題を考える――家族の視点から」だ。しかし、蓮池氏の活動は地方紙や中央紙の地方版で報道されても、本社版にその記事を見つけられない。だから、蓮池氏の「(北朝鮮と)話し合うしかないのではないですか。戦争できないのですから」との主張も、なきものにされている。

 この現状は逆説的に、蓮池氏の主張が中央マスコミに正しく反映されたとき、拉致問題解決に日本政府が動きだしたシグナルとなることを示している。本書は題名のとおり、「拉致問題を考えなおす」ための必読書だ。

 (青灯社・1500円+税)

 (黄英治)


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