民族時報 第1108号(07.03.01)


【読書案内】現実主義の立場で啓発

    『「北朝鮮核実験」に続くもの』

 吉田康彦著

 人間には、自身が経験したことがない事態をも想像する能力がある。しかし、経験したか、しないかの違いは、やはり無限大だといわざるをえない。核爆弾によるヒロシマ、ナガサキの惨禍を経験した日本人と朝鮮人、それを経験していない他民族の、核兵器と核に対する考え方、思いに、落差があるのは当然だ。それは、本書にも再三登場する「核アレルギー」の有無の差、核武装への敷居の高低の差となる。したがって、「全世界の人口比六〇%超の国々が核を保有し、日本など非保有国は少数派に転落した」としても、「核兵器は一般的に国際人道法に違反する」(国際司法裁判所、一九九六年)との立脚点は、人類の未来のために、決して放棄されてはならないのである。

 本書は、現実主義の立場から「『核』をめぐる最新の世界の現状を客観的に紹介し、今後も『核と共存せざるを得ない人類社会』のあり方を模索」した「啓発の書」だ。

 第一に、米国の核の二重基準が、核拡散の元凶であることがくり返し明らかにされる。つまり、自身は核兵器を保有していながら、それを削減も放棄もせずに、他国には開発も保有も認めないということ。また、米国の同盟国、あるいは地域覇権の先兵国家(イスラエル)や金もうけになる国(インド)の核保有は黙認するが、米国に従わない北朝鮮、イランなどの核保有は、先制攻撃さえも視野に入れて阻止するというやり方。

 したがって、第二に、核保有が対米カードになるという矛盾が生まれる。北朝鮮の核保有は結局、米国の核の二重基準と対北敵視政策がもたらしたものだったことが、明らかになる。

 第三に、日本の核武装論の虚構と現実―日本が核武装したくても絶対にできない仕組みが明らかにされる。日本は核拡散防止条約(NPT)にがっちり組み込まれており、そのなかでのみ平和利用が許されている実態が、それを許さないのだ。

 しかし、安倍首相を担ぐ勢力が、ヒロシマとナガサキの経験の風化をよいことに、無制限の核拡散時代ともいえる現状を逆手にとって、核武装の野心を実現しようとしていることを、「それはできないようになっている」とは楽観はできないように思える。確信犯は何でもやってのけるし、在日朝鮮人への政治弾圧を歓迎するかのような日本世論の排外主義的傾向が危険水位に達しているからだ。

 本書はむすびで、「大事なことは、指導者と国民が核問題に駆り立てられる動機(モチベーション)の芽を摘むことである」と指摘している。これの始まりは、まず米国に求めなければならないだろう。同時に、「核保有」を誇るのではなく、「核廃絶、非核化」を国是、民族の理想と掲げる運動を、粘り強く展開する必要性も、本書から学ぶことができる。

(英)

(発行 第三書館、定価千二百円) 


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