民族時報 第993号(02.12.11)


【寄稿】

    日朝平壌宣言の精神に戻れ    (吉田康彦・大阪経済法科大学教授)

――拉致問題ばかり騒ぎ立てる日本のメディアは異常

 拉(ら)致問題をめぐるメディア・クラッシュ(集中報道)は異常である。日朝関係には拉致問題しか存在しないかのようだ。それこそが拉致家族を背後で操る組織、つまり「拉致議連」や「現代コリア」グループの思惑で、まさに彼らの思うつぼとなっている。

 拉致をめぐる政治家や学者の過去の言動をめぐっても「魔女狩り」が続いている。つまり拉致に対して否定的、懐疑的な発言していた人間を片っ端からやり玉に挙げて、「責任を取れ」と批判し、影響力をそごうという企みである。わたしは、産経新聞、文芸春秋などで「一貫して北朝鮮を弁護してきた学者の代表」にされ、それ以来電話が殺到し、「売国奴」「国賊」「北鮮のイヌ」などという罵(ば)声と怒号が浴びせられている。

 わたしは「拉致はねつ造」「でっちあげ」とは言っていない。拉致はあったと思ってはいたが、「状況証拠と亡命工作員の証言だけでは断定できない」という立場だった。当然ではないか。拉致はあったにせよ、北朝鮮当局がそれだけを一方的に認めるはずがない。だから「過去の清算」(日本の植民地支配の謝罪と補償)なくして拉致解明なしと主張してきたのだ。

 結果はそのとおりになった。日朝共同宣言で、日本側が謝罪し、補償に代わる経済協力に応じたからこそ、金正日総書記が拉致の事実を認め、謝罪したのだ。「特殊機関の盲動主義・英雄主義」のせいにしているにせよ、北朝鮮の最高権力者が謝罪した意味は大きい。

 日朝両国首脳は共同宣言で、「国交正常化を早期に実現するため、あらゆる努力を傾注することとし、・・・・・・両国間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明」しているのだ。「八人死亡」の通告、その後明らかにされた死亡時期と死因は確かに信ぴょう性を疑わせるものがあるが、これらの真相究明が正常化交渉と並行して行われるべきことは、共同宣言の文言からして自明である。日本政府みずから宣言に違反していることになる。

 現在、帰国中の拉致生存者五人を北朝鮮に戻さず、置いてきている子どもたちを一方的に日本に呼び寄せるというのが「拉致被害者家族会」の決定で、政府もこれを追認したが、これがこれから国交正常化しようという相手の国に対する態度であろうか。国交正常化とは人的交流の自由化であり、自由往来が認められるなかで、子どもたちが将来の進路と生活を選択すればいいのだ。それが国交正常化でなくて何なのか。

 「拉致は北の国家犯罪である以上、犯人のもとに被害者を返すべきではない」という「家族会」の説明は支離滅裂で、「いったんは北に戻す」という国家間の約束を踏みにじったばかりではなく、親子のきずなを断ち、北に「子どもカード」という駆け引きの材料を与えてしまった結果になっている。北に対する憎悪をぶつけているだけの幼稚な対応だ。拉致家族を背後で動かしているのは金正日体制打倒を叫ぶ政治組織だ。家族は彼らに利用されているという構図を見落としてはならない。

 金正日体制が西欧的概念でいう「非民主的政権」との指摘もあるが、統治の形態や指導者の選択は朝鮮人民みずからが決すべきものだ。分断国家の一方の韓国国民の意向もくむべきである。韓国国民は二年前の南北首脳会談を経て、平和統一に向けての和解と協力を選択したのだ。それゆえにこそ、小泉首相も「地域の平和と安定を目指して」訪朝し、日朝国交正常化の早期実現のための共同宣言に署名したのではないか。この原点を忘れてはならない。

 拉致問題の被害者とその家族はわれわれと同世代の人びとであり、その悲嘆は他人事ではない。しかし対象はせいぜい数件、多くても十数件である。拉致という行為は正当化できないが、日朝両国が事実上の敵対関係にあったなかで発生したもので、日本人が南北分断の悲劇の巻き添えを食った不幸な出来事だ。

 それ以前に、累計数百万の朝鮮人民が、日本軍や官憲当局に拉致され、強制労働に追いやられ、娘たちは日本軍兵士の性奴隷とされたという歴史的事実が存在する。彼らの大半は非業の生涯を終えているが、今も「在日」として日本国内に残る彼らの子どもや孫たちは数十万にのぼる。拉致報道の嵐のなかで息を潜めて毎日をすごしている「在日」も被害者なのだ。

 私たちは「拉致は犯罪だが、植民地支配は合法だった。植民地の住民はみな日本国民であり、日本国民は当時みな『徴用』されたのだ」などという奇弁をろうする人びとに同調してはならない。小泉首相が日朝共同宣言で「過去の植民地支配に……痛切な反省とおわびの気持ちを表明した」ことを忘れてはならない。


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