民族時報 第989号(02.11.01)


【読書案内】

    集団自衛権と日本国憲法 (浅井基文著、集英社新書、700円+税)

「いま人類に差し迫った危機は、ブッシュ政権によるイラクへの先制攻撃だ」

本書の第二章「自衛権の歴史」を一読すると、あらためてこれに気づかされる。

近代に入ってから人類は、戦争がもたらす惨禍から人類を守るために、「戦争を違法にする」努力を重ねてきた。その具体例が「国連憲章」の「加盟国は武力行使をつつしまなければならない」という表現だ。ところが一方で、国家を中心とした国際社会で、国家のうえに立つものが出てこないかぎり、国家が自らを守る唯一の道である「自衛権」を放棄できないとする主張がなされ、「集団的自衛権」に基づいて実際に戦争が行われてきた。

本章はこうした相反する流れをわかりやすく解説する。そのうえで、「国家に自衛権があるのは当然」などと思い込んではならないと釘(くぎ)をさす。「国際社会がさらに人道的な考慮を重視する世の中になれば、あるいは国家間の紛争を処理する国際的な仕組みができるようになれば、自衛権についての考え方も変わる可能性は大いにある」と。

ここで整理されているように、国家の自衛権行使は「@急迫不正な侵害があること、Aその侵害を排除するうえでほかに手段がないこと、B排除するための実力行使は必要最小限であること」が要件とされてきた。しかし、ブッシュ大統領は「自衛権の行使」を無制限に拡大して、核を含む「先制攻撃をする」と公言している。彼のイラク攻撃は、この三要件にまったく当てはまらない。つまり、侵略戦争である。しかし、彼はこれをドクトリンと宣言している。したがって、いまはイラクで手いっぱいだが、それが片付けば、次は北朝鮮、次はイラン、次は中国、次は……日本となる。それは人類の危機ではないか。

本書の第一章「なぜいま集団的自衛権なのか」を読むと、こうしたブッシュ政権の「無限戦争」の危険性が決して空論ではなく、彼らがそれを真剣に考えていることが、現状に照らして鮮明になるはずだ。これに対して、「国際社会のあるべき姿についてしっかりしたビジョンと展望をもたなければ、現実をあるがままに受けいれてしまうことになりかねません」との著者の指摘は重要である。

日本とかかわる第四・五章は、日米安保関係の歴史と現実をあつかっているが、冷戦後―湾岸戦争から現在にいたる流れの節目ごとに、朝鮮半島問題が浮上していることがわかる。

イラクへの先制攻撃は秒読み段階にはいった。ブッシュ氏の「わがままな戦争」で、またどれほどの多くの人が死ぬかわからない。戦争はごめんだ。本書はブッシュ氏の途方もない「論理と行動」への反撃の武器になるだろう。(英)


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