民族時報 第988号(02.10.21)


【主張】

    南北和解と協力の活性化を

  九月二十九日から釜山で開かれていた第十四回アジア競技大会は、マラソン競技で男子は李鳳柱選手、女子はハム・ボンシル選手がそれぞれ金メダルに輝くなど多くの成果を収め、十六日間の幕を閉じた。アジア競技大会は、わが民族の底力を発揮した歴史的な場であった。またアジア競技大会は、わが民族が一つであることを確認し、和解と団結を強化して統一機運を高めるのに大きく寄与した民族のマダンであった。

 これは、競技場でくり広げられた南北応援団の感動的な姿がよく物語っている。南側応援団が「ウリヌン(われわれは)」と叫ぶと、北側の応援団が「ハナダ(一つだ)」とこたえた。十五日に行われた歓送式場では、会場に入れなかった数千人の釜山市民が少しでも近くで見送ろうと、警察の阻止線を突破して会場の目の前まで近寄った。北の応援団が乗船する時は、北側応援団が「チョグック(祖国)」と叫べば、数千人の歓送客が「トンイル(統一)」と答えた。そこには南も北もなく、「あなた」も「わたし」もなかった。「われわれ」だけが存在していた。

 このように南北が会えば遠くにいる家族と出会ったかのように喜び、別れるときはさびしくて涙を流す。このような感情が自然とわいてくるのは、世界で唯一、分断民族として残されている痛みと鼓動する熱い同胞愛の表出なのだ。世界の人びとは朝鮮半島の南北を往来しているのに、われわれだけが南も北も自由に行き来できない分断のために、統一を胸を焦がす思いで待ち望んでいる。

 統一を喜ばない分裂主義勢力でなくとも、素朴な国民の中には北朝鮮を冷戦思考で見る人がいるのも事実である。これは、南側で一貫して推進されてきた反共教育と一部保守メディアの反北扇動のためであり、いまなお南北の交流が自由でないところからきている。したがって統一のためにはわれわれは常に会わなければならない。出会いをくり返していけば、誤解も解け不信も解消するだろう。

 六・一五共同宣言の発表以来、南北間の和解と協力が飛躍的に発展している。十三、十四日には金剛山で分断史上初めて開かれた南・北・海外青年学生統一大会、十六、十七日には南・北・海外女性統一大会の再開、十九日にはピョンヤンでの第八回南北閣僚級会談の開催、そして京義線と東海線の鉄道と道路の復旧事業も真っ盛りである。共同宣言の発表以前には想像もできなかったほど、和解と協力事業は目ざましく進行している。

 しかし、このような動きを阻害する勢力と装置が存在するのも事実である。南・北・海外の青年学生統一大会と女性統一大会に参加しようとした一部の代表らに当局は訪北を許可しなかった。アジア競技大会のときも、北朝鮮の選手を応援しようと競技場に大型の単一旗を掲げようとしたが、当局の不許可で掲揚できなかった。これは和解雰囲気を棄損する不当なことである。

 和解雰囲気を棄損する行為は外勢を喜ばすだけで、わが民族には何の得にもならない。朝鮮半島を取り巻く情勢がいくら厳しくとも、朝鮮半島内部では対決と不信を解消して和解と協力の時代を大きく開いて行かなければならない。そうするためには、すべての政策と法制度を和解と協力の時代に見合うよう変えて行かなければならない。

 南北間の和解と協力事業にブレーキをかけながら、統一するというのは欺まんである。当局主導の協力事業について、社会の一角では高費用と問題視する現象も見られる。和解と協力の時代を迎えて、われわれは「分断費用」について深く考える必要がある。「分断費用」は非生産的であるが、反面「協力費用」は統一を切り開いていく費用である。さらに発展させれば南も北も経済的な利益を得られ、民族全体が繁栄と光復を満喫することができる。


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