民族時報 第967号(01.02.21)


【解説】

     不審死事件を再検証するA

 ー「スージー・金氏事件」の場合

 北朝鮮工作員の妻の拉(ら)致から脱出した「反共の勇士」が、実は妻を殺害した殺人容疑者であるにもかかわらず、国家安全企画部(安企部・当時)が事件を利用して反共意識をあおり、事件が発覚しそうになると警察にもみ消しを要請していたことが、検察の捜査で明らかになった。容疑者が政権を巻き込んだ四大疑獄の一つ「尹泰植疑獄」の本人だったため、容疑者と安企部の関係にも関心が集まっている

スパイ事件のねつ造

 スージー・金(本名・金玉分)さんは八七年、S通商香港駐在員の夫・尹泰植氏と香港に居住していた。同年一月三日、夫婦げんかで金さんを殺害した尹氏は、二日後にシンガポール駐在北朝鮮大使館を訪れ、北朝鮮への亡命を申し出た。しかし北朝鮮大使館が積極的な姿勢をみせなかったので、尹氏は米大使館に行った。米大使館は尹氏を韓国大使館に引き渡した。尹氏は韓国大使館で「北朝鮮が、総連系の工作員で香港に住む同胞の妻(スージー・金)を使ってわたしを北朝鮮大使館に拉(ら)致したが、脱出してきた。妻は偽装結婚したスパイだった」と主張した。

 安企部の張世東部長は、現地大使館などの疑問提示にもかかわらず、「拉致未遂事件」として同月八日にタイのバンコクで、九日に金浦空港で記者会見をさせた。

 一方、シンガポールの北朝鮮大使館は「尹氏は自ら北朝鮮行きを望んで大使館に来たのであり、拉致未遂ではない」との声明を発表したが、韓国大使館は本国の訓令で「拉致未遂だ」との反論声明を出した。

 香港警察は事件直後、尹氏のアパートで首を切られて死んでいるスージー・金さんを発見し、殺人事件として安企部に捜査協力を要請したが、安企部は拒否した。

 事件から十三年経過した二〇〇〇年一月に週刊「東亜」が、二月にはソウル放送がテレビ番組『それが知りたい』でスージー・金さん殺害事件を取り上げ、問題を投げかけた。警察は捜査を開始し、尹氏を二回にわたって取り調べ、国家情報院(国情院)に捜査記録を要請した。

 捜査開始を知った国情院の厳翼駿第二次長(当時・のち死亡)は二月、「事実が明らかになれば国際的にも、北朝鮮からも追及される」として、金承一対共捜査局長に李茂永警察庁長に会って事件を説明し、公開しないよう伝えることを指示した。李庁長は了承し、事件を担当していた外事管理官に捜査を中断して事件を国情院に移すよう指示した。

 メディアがスージー・金さん事件を取り上げたことを知った金さんの家族は三月、彼女が尹氏に殺害されたとしてソウル地検に告訴した。

 検察は二〇〇一年十月に尹氏を逮捕し、金局長と李庁長を調査して二人を事件隠ぺいの容疑で逮捕、十二月中旬に「スージー・金殺害隠ぺい事件」の捜査結果を発表した。

だれも処罰できない?

 安企部は事件直後に疑問を持ちながらも、記者会見させ、一月十日には尹氏が「妻殺害の処罰を恐れて亡命しようとした」と自白したが、これを秘密にして釈放するなど、この事件を徹底して利用した。

 検察は昨年末、張部長を調査したが、すでに時効が成立しているため、張部長を含めて安企部の責任は問えないという。一連の関連者としては事件を隠ぺいしようとした金局長と李庁長の二人にとどまりそうだ。

 これに対して、スージー・金さんの家族は「国家情報機関が殺害被害者を、混迷した政権の糊塗用に利用した」など、「二度、三度殺された」と激しく抗議し、安企部長らの責任を追及する署名運動も辞さないとの構えだ。民主社会のための弁護士の集いなどは張部長を告発し、特別法の制定や国家犯罪の時効取り消しを求めている。

 スージー・金さんは当時放映されていた反共ドラマ「南十字星」に実名を使われた。一部のメディアは最近、情報部の発表をそのまま報道したことへの「反省の弁」を載せたが、「スパイの家族」が受けた致命的な被害は取り返しがつかない。

この事件のもう一つの疑問は、「殺人犯」尹氏が十三年間にベンチャー企業「パス21」を立ち上げ、大統領や青瓦台(大統領府)をはじめ政界深く食い込んだことだ。これについては、情報部が資金を出すなど「管理」してきたといわれている。「尹泰植疑惑」を含めて徹底した捜査と関連者の処罰が望まれる。                                                                       (梁珠賢記者)


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