民族時報 第952号(01.08.11)


【シリーズH】

 わい曲教科書検定合格 私たちの反論 / 笹川紀勝さん(国際基督教大学教授)

 ――「新しい歴史教科書をつくる会」(つくる会)のわい曲歴史教科書に対する韓国や中国などの再修正要求を日本政府は拒否したが、こうした姿勢をどう思うか。

 「今回の件で、韓国や中国はどこを問題にしているかといえば、日本政府はどういう歴史認識をもっているのか、ということだろう。実は、日本政府のそれはあいまいなものだから、ハッキリさせようとして再修正するよう求めているのだと思う。植民地、侵略戦争を起こしたのは、間違いなく過去の日本国家であり、当時の政府だ。その歴史的事実をあいまいにし、ぼやかしている。その姿勢がもっとも問われるべきだと思っている。したがって、日本政府はハッキリした歴史認識を打ち立てるべきであり、戦争責任を果たすべきだ」

 「『つくる会』がわい曲教科書を作るなど、公然と活動できる背景には、こうした日本政府の歴史認識に対するあいまいな姿勢がある。引き続き厳しく問う必要があろう」

 ――今のところ(八月三日現在)、各自治体教育委員会のなかで、わい曲教科書の採択を決めたところはまだ一つもないようだが、この状況をどう見るか。

 「各地方自治体が相次いで、『つくる会』の教科書を採択しなかったことを評価したい。とくに、栃木県下都賀地区の不採択の最終決定を高く評価したい。韓国政府も高く評価しているようだが、これは再修正要求に対する日本政府の拒否姿勢に住民が反発し、教育委員会に働きかけた結果だ。教育委員会も賢明な決定を下したと思っている。ただ、東京都が気になるところだ。とにかく、この教科書が採択されるのかどうかは、日本人の今後の方向性を決める極めて重要な事柄だと思っている」

 ――憲法学者の視点から、次の世代の子どもたちへの平和憲法に根ざした教育のあり方とは何か。

 「日本の平和のあり方について考えるとき、日本国憲法には第九条という世界に誇るべきものを持っており、さらに人権論の視点から言えば、憲法九十七条に『この憲法を保障する基本的人権は人類がかち取った成果であり、日本国民に信託されている』という条文がある。ここでいう基本的人権とは、連帯的なものであり、ともに生きようとする人間観である。憲法の中にありながら、それが今の日本では生かされていない」

 「したがって、教育で重要なことはともに生きようとする思想だ。次の子どもたちには、連帯的な人間観を育てることが必要だ。ともに生きるという教育、つまり共生教育が必要だ」

 ――教科書問題と同様、南北朝鮮や中国などから批判を受けている小泉首相の靖国神社参拝について、小泉首相はこの姿勢を崩していないが、どう考えるか。

 「靖国神社に対比するのが日本国憲法だ。国民をまとめられるのは、参拝という情緒ではなく、日本国憲法しかない。小泉首相は履き違えている。公人であれ、私人であれ、靖国に参拝することは、ともに生きようと願うアジア諸国民にとって非常に怖いことであり、断じて許されないだろう。信頼を損ねる行為だ」                                                               (李東洙記者)

 (このシリーズは今回で終了します)


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