民族時報 第946号(01.06.01)


【コラム】

  「朴正熙評価」で二分 価値観転倒の原因

 五月十六日は朴正煕が軍事クーデターを起こして四十年になる日だ。この日、ソウルでは朴正煕をめぐるふたつの行事があった。ひとつは金鍾泌の率いる五・一六勢力が行った「五・一六民族賞授賞式」で、金鍾泌が「五・一六(クーデター)は人間らしく生きようと立ち上がった国民精神の一大ほう起」だったと演説した。

 もうひとつは朴正煕記念館反対国民連帯の独立軍慰霊塔建設宣布式だ。朴正煕記念館の建設に反対する人びとは、日本軍の将校として抗日独立運動家と戦った朴正煕のために国民の税金を使ってはならないとし、むしろ独立軍と義兵をたたえる記念館を建てるよう訴えた。これが今、「朴正煕評価」をめぐって韓国社会が両分している現実の姿なのだ。

 朴正煕に対する評価が、どうして決まっていないのか。それは政治優先の「価値観の転倒」にある。金大中大統領は大統領選挙の公約に朴正煕記念館の建設を打ち出し、金鍾泌の率いる自民連と連立を組んで勝利した。そして就任後、朴正煕記念館建設推進委員会の名誉委員長に就任し、建設資金として国庫から二百億ウォン支出すると決定した。そこから混乱が生じている。

 朴正煕は七九年、民主化の前進のなかで部下に射殺された。この時点で厳しい総括が必要だった。しかし、朴正煕が育てた全斗煥ら新軍部が、再びクーデターを起こして政権を強奪した。

 だが、少なくとも、金泳三氏が全斗煥と盧泰愚を反乱罪で拘束したとき、一連のクーデターに対する徹底した清算が行われるべきだった。しかし、金大中大統領は全斗煥、盧泰愚を赦免し、軍の政治介入をうやむやにしてしまった。

 最近、解放直後に親日分子の清算を行わなかったことへの反省が出ている。そのとき朴正煕ら親日分子を清算していれば、親日勢力が親米勢力に化けて分断を固定化し、民主主義を破壊する歴史は変わっていたはずだ。「もしも」を繰り返さないために、誤った価値観を放置してはならない。 (洙)


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