民族時報 第940号(01.03.21)


【読書案内】

 「過ぎ去らない人びとー難民の世紀の墓碑銘」

徐京植 影書房(2200円+税」)

 二十世紀とは、どんな世紀だったのか。著者の徐京植氏は、それを、ハンナ・アーレントの思索から、「難民の世紀」と定義する。難民とは、「自らの故郷から引き剥(は)がされ、帰属すべき共同体を奪い取られた人々」である。こうした人びとが、大量に産み出されたのは、二十世紀が「戦争と革命の変質の時代」(埴谷雄高)でもあったからだ。

 本書で徐京植氏は、二十世紀が産み出した難民たちから四十七人を選び出し、その大部分を占める、「刑死、戦死、暗殺死、客死、自殺」による「くっきりした〈死〉」、すなわち、「この時代に抗って自己の『正体性』を主張した」、《くっきりとした〈生〉》の肖像を描き出している。

 著者の人選は意識的だ。彼らは、理想に生き、死んだ者たちであり、死に臨んで人間的品性を失わず、また、それを獲得していった人々だ。

 例えば、フランツ・ファノン、チェ・ゲバラに代表される人間たち。あるいは、詩人、画家、同性愛者、歌手、無名の兵士、そして市井の人。彼らを通して著者は、彼らが夢み、抱きつづけ、実現しようとした、「他者、他民族の搾取、支配を拒否し、他者、他民族との共生を原理とする人間」(ファノン)の理想は、「もはや無効になったのだろうか」と、繰り返し問いかけている。

 この問いかけは、著者の同族十四人において、彼らに直接連なる後輩、同時代者、肉親として、さらに切実さを帯びる。

 例えば、李珍宇。彼が死刑執行を前に記した手紙、「ここに来ては、いつも希望を最小に制限しておかねばならない。それなのに死を前にして朝鮮語の一歩をやりはじめるというのだ。それを活用する望みもほとんどないというのに」を、書き写す苦痛は、あえて甘受しなければならない。

 なぜなら、二十世紀に人類が経験した苦痛と、いったんは挫折した理想が、いま、現在を支配する雰囲気〈冷笑〉によって、忘れ去られ、消し去られようとしているからだ。

 本書は、〈冷笑による忘却〉に対して、「過ぎ去らない人々」がいることを、凛(りん)として主張する。冷笑への安住は、結局、「歴史修正主義―自虐史観」への道であり、無知への安住でしかない。

 本書には、各人に関する入手可能な参考文献が付してある。本書を手引きに、実現されなかった理想、いやされなかった苦痛へと、接近することができる。

 それは未来へ向けて、理想をもち、苦痛をいやし、連帯を深める糧となるだろう。

(英)


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