民族時報 第846号(98.3.11)


 

 焦点

 

 旧日本軍が朝鮮人連行者1000人を虐殺

 

 日本帝国主義の植民地支配、侵略戦争の過程で行われた、旧日本軍による残虐な戦争犯罪を示す貴重な資料が最近相次いで見つかり、改めて日本の戦争犯罪の実態が浮き彫りになった。

 一つは、旧日本軍が当時、朝鮮人を中国の海南島に強制連行、強制徴用させ、そのうち約一千人を虐殺し、山のふもとに穴を掘って埋めたという事実が、海南省全国人民政治協商会議(政協)が発刊した資料によって初めて明らかになった(「朝鮮日報」三月二日付)。

 政協が発刊した日本帝国主義の侵略記録資料によれば、日本が無条件降伏した一九四五年八月十五日、海南島の崖県地域に取り残された日本軍部隊は同地域の朝鮮人徴用者約一千人を動員し、三亜市南丁村付近の山のふもとに穴を掘らせ、武器や軍需物資などを隠した。日本軍は作業に動員した朝鮮人に隠し場所の横にさらに穴を掘らせた後、銃弾を節約するため刀で無差別に惨殺、埋めたという。資料には、この場所が現在「南丁千人坑」と呼ばれていると記録されている。

 この資料は九五年、三亜市幹部や民間人のうち七十歳以上の老人約五十人の口述をもとに作成されたもので、当時虐殺された一千人はすべて朝鮮人徴用者だった、との三亜市政協が調査した状況調査票も収録されている。

 十九歳のときに四一年から四年間、海南島の鉄鉱山で強制労働を経験した地元の張達雄さん(七十六歳)は「約一千人の朝鮮人が採掘作業に強制動員され、脱出しようとしたものは処刑された」と、当時の状況を生々しく証言した。また、政協三亜市委員会が発行した「日軍侵略暴行実録」にも、南丁村の虐殺地域一帯が地元の人によって「朝鮮村」に改名されたと記録している。

 もう一つの貴重な資料は、朝鮮人強制連行が最も多かった一九四四年の都道府県別連行予定数を示した当時の閣議決定の添付資料である。民間団体の「朝鮮人強制連行真相調査団」のグループが国立公文書館で発見した。

 資料によると、連行先での労働の種類が四つに分類されている。「石炭山」が約十一万九千人、「金属山」が約三万九千人 、「土木建設」が約七万四千人、「工場その他」が約五万八千人となっており、全国で計二十九万人を連行する計画だったという。都道府県別の強制連行予定数は、北海道が約四万人で、福岡の約六万一千人、長崎の約一万八千人、福島の約一万四千人などが多い。

 調査団メンバーは「全都道府県で強制連行があったことがやっと確認されたといえる。炭坑などから土木建設へ連行先の変化も読み取れ、全容解明につなげたい」としている。 こうした歴史的事実を示す貴重な資料を前に、日本政府は過去に犯した戦争犯罪の実態を余すところなく解明し、応分の謝罪と補償を誠実に行うことが改めて求められている。


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