民族時報 第843号(98.2.11)


 

 資料

 

 南北が手を握り、世界経済大戦に勝利しよう(上)

 

 都チンスン(昌原大教授)

 

 新年を迎えるわれわれは今、絶体絶命のがけふちに立っている。新大統領に対する希望とフランス・ワールドカップに対する期待も、深えんの見えない経済危機の前には、ただ無力である。瞬時の地殻変動で隆起した巨大な山脈――ウォン貨の暴落、国家の信任度墜落、低成長・高失業・高税金などの経済的試練――を見るならば、ぼう然自失し、一寸先も見通す余裕がない。しかし新年を迎えて、より長い目で、山脈の断面を切ってみて、われわれの位置を確認することも必要なことだ。

 昨今の経済危機は、「韓国戦争以来、もっとも大きい挑戦」といえる。この問題の核心は何なのか。その間、わが経済の核心概念は「冷戦の最前線の歩哨所という地政学的利点を背景に、韓米間の特殊な血盟関係の土台の上に、国家主導下の財閥中心の開発モデル」であった。これは、米国のケネディー政権のロストウが主唱した開発支援戦略と朴正煕政権の経済開発戦略が適時に結合したことからはじまり、過去三十年間、非常に有用なモデルとして経済成長をなし遂げた。

開発戦略の悽惨な終末

 しかし最近の十年間、このような開発戦略は自らの矛盾を累積し、何よりも米ソ冷戦体制の解体過程とともにその有効性が消滅している。

 米国が国際通貨基金(IMF)という多者間の枠を押し出したことも、「ウォールストリート・ジャーナル」など米国のマスコミが、財閥の放漫な運営と族閥的な承継、政経癒着による官治金融と金融独占、不正腐敗構造など財閥主導開発モデルの根本矛盾を暴くのも、ひいては行政改革と軍縮まで指摘するのも、いまや韓米関係は冷戦的特殊関係より経済一般の原則に立ち戻ることを示している。

 このように、わが国の経済の問題は客車に乗った一般国民ではなく、機関車である政府と財閥にある。

 ある一つのモデルが生命力を維持するのに、三十年は決して短い期間ではなく、新たな全般的な構造調整には十年程度の時間が必要だとするとき、冷戦体制が解体されていった十年は、われわれに大変貴重な時期であった。しかし、まさにその時期、われわれは冷戦思考の延長線上で、その余勢のような心の迷いから覚めなかった。まだそのような夢は進行中である。

 金泳三政府の混乱と無能については、これ以上の言及はやめよう。「朴正煕郷愁」「金融実名制留保」「韓米・韓日間の個別支援」などに執着する大統領候補らの対処案も、米国とIMFの意図をまったく読み取ることはできなかった。脱冷戦の十数年間、知識人の議論もまた、分断体制の基礎概念がもつ生命力と時効性を真摯(し)に判断せず、従来の冷戦的土台の延長線上で、李承晩・朴正煕の礼賛論、植民地近代化論、東アジア論などに埋没していた。

 現在、われわれに必要なことは李承晩や朴正煕に対する郷愁や非難ではなく、そのモデルの生命力と現在的的確性である。植民地近代化論では、植民地あるいは分断体制の外部動力による近代化の弱点に対する省察は落ちている。東アジア議論も、ヨーロッパ的一般主義の弊害と、その垂直構造的概念体系に対する反論として有効な面が少なくないが、東洋的価値を世界的・文明的指導概念として誇張する傾向が少なくない。儒教と伝統に対する注目も、やはり主体性を高めるのに一助にはなったが、財閥の族閥体制などその核心的誤謬(びゅう)に対しては放棄した。

 このような論議が分断体制に対するむとんちゃくな楽観論に基づいており、その物的土台を享有したという事実は否定できないであろう。今や、ウォン貨のバブルがはじけたように、このような議論がはじけるときだ。

 われわれが真に見なければならないのは、新たな世紀にもわれわれに依然として残っている分断の束縛である。北韓は世界体制から離脱した封鎖体制、世界超強国・米国との休戦体制、自然災害などで破局に直面した。北韓がむちゃくちゃになったと勝利をおう歌していた南韓も、やはり経済的破局に直面した。これがわれわれの現実だ。

 (つづく)


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