民族時報 第843号(98.2.11)


 

 焦点

 

 ウトロ土地訴訟―京都地裁が立ち退き命令

 

 「ウトロの土地を奪うな」「在日の歴史的経緯を配慮せよ」――。日本帝国主義の朝鮮植民地支配によって、当時朝鮮人が強制労働を強いられ、そのまま住み続けた京都府宇治市伊勢田町のウトロ地区。土地所有権を持つ西日本殖産(本社・大阪市)が住民に立ち退きを求めた訴訟の初の判決が一月三十日、京都地裁であり、大出晃之裁判長は二世帯に立ち退きを命じた。

 ウトロ地区は戦時中、軍事飛行場建設に駆り出された当時の朝鮮人の宿舎跡地で、千三百人が住んでいた。現在は、韓国人約八十世帯三百八十人が暮らす。

 西日本殖産はそのうちの六十九世帯に立ち退きを求めており、京都地裁の五つの民事部で審理されてきた。これまでに四法廷で結審、三月末までに順次判決が出る予定だ。今回の判決は、そのうちの二世帯に対して。韓国人住民側は裁判闘争を通して、在日の歴史的経緯に配慮するよう求めていたが、民法の枠内で処理され、冷たく退けられた格好。住民側はこの判決に強く抗議し、「ウトロに住み続ける」として控訴する方針だ。二次、三次と続く判決も、厳しい内容が予想される。

 裁判は、「不法に占拠している」とする西日本殖産に対して、住民側は「五十年間、平穏に暮らしてきており、民法上の二十年の時効完成による取得が成立した」と反論し、居住権を主張、争点になっていた。

 所有者の西日本殖産は、軍事飛行場を建設していた国策会社から引き継いだ日産車体(本社・神奈川兼平塚市)から個人を経て、八七年に同地区を秘密裏に買収した。九六年三月に、殖産側が土地の測量にきたが、住民側は団結して、「ここはわてらの土地や、帰れ」と追い返したという。同地区の住環境は劣悪で、土地所有者が水道の敷設を拒否しているため、長い間井戸水による生活を続け、今も半数の世帯が水道の給水を受けられずにいる。それでも、住民側は民族共同体意識を持って、ともに助け合って暮らせることが何よりだという。

 一方、韓国ウトロ地域同胞後援会(共同代表・金勝勲、韓勝憲氏ら三人)は三十一日、ソウル市内のキリスト教会館で記者会見し、「最近の漁業協定の一方的な破棄とともに、日本政府の不道徳性をそのまま表した」ものと、判決を厳しく糾弾する一方、「控訴などを通して、居住権の回復のために最善を尽くす」ことを明らかにした。

 同後援会は、昨年五月に「韓国人権団体協議会」が調査団をウトロに派遣し、調査後、国内で支援運動を広げるために結成された。同後援会は日本の市民団体「地上げ反対!ウトロを守る会」とともに、ウトロ住民にとって力強い支援団体だ。

 ウトロ町内会の金教一会長(五十九歳)は判決後、「在日の歴史的経緯はまったく考慮されていない」と強く批判し、「私たちはウトロに住み続け、日本の戦後補償のあいまいさを問い続けたい」と訴えた。

 日本の戦後補償と企業責任を追及するウトロ住民の戦いはこれからだ。


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