民族時報 第834号(97.10.21)

 

論説

 

新しい政治を望む民衆と政権交代(上)

 

 解放後から今日までの韓国政治史を振り返ってみれば、二回の軍事政変と十四回の大統領選挙があり、五人が大統領になった。しかし、四一・九革命後に生まれて短命に終わった張勉政権を除けば、全員が旧政治勢力に属する人たちだったために、真の意味での政権交代ではなかったし、政治で意味のある変化は起こりようもなく、また起きなかった。

 今日、「韓国病」として固まってしまった不正・腐敗だけをみても、全員が根絶すると約束したが、後になってみれば、むしろ以前よりはもっと不正蓄財をして、国民の怒りを呼び起こしている。一方、道徳性を押し出して、権力の不正を辛らつに糾弾した野党の指導者だという人までも、わかってみれば裏で同じようなことを行っており、不正・腐敗がはびこるしかなかったのである。そのうえ信念も、志操も、原則もなく動きまわる既成政治の行動は、政治不信を大きくした。

 したがって、国民はいまや既成政治家をだれも信じようとせず、新しい人、新しい政治を待ち望んでいる。与党に属していながらも、「世代交代論」を持ち出して「三金清算」と「改革勢力の糾合」を主張する李仁済・前京畿道知事が、世論調査で二位になっているのは、与党支持層も新しい政治を望んでいることを見せてくれるものだ。

進歩勢力の登場が必要

 古くさい既成の政治勢力を追い出し、偽善の政治に終止符を打って、新しい政治を実現しようと思えば、これを実行する主体、新しい政治勢力が形成され出現しなければならない。

 これは今日の時代的な要求であり、当為である。このようななかで、長い間いばらの道をかき分けて、自主・民主・統一と、労働者、農民ら国民の生存権のために闘ってきた民主労総と全国連合、市民・社会団体などが中心になって、九月七日に「国民勝利21」という政治組織を発足させ、大統領候補として権永吉・民主労総委員長を公式に推戴した。権永吉委員長は候補受諾演説で、「持てるものの大統領ではなく、働く人々の大統領になるために、候補決定を受け入れる」とし、「分断と保守の風が強く吹く現実がどれほど困難であっても、労働者と農民、都市庶民が政治の主人になる道の礎石になる」と誓った。

 「国民勝利21」の出現と、勤労大衆の代表である権永吉候補の誕生は、韓国で新たな政治時代を切り開いていくうえで、画期的な意味を持っている。それは国民の実体である労働者、農民、都市庶民が、主体意識を持って政治の主人として立ち上がり、韓国政治の新たな地平を開く行進が始まったということである。

 新しい政治は望みだけでは絶対に実現されない。新たな政治に対する欲求が現実になるためには、それを望む人々、すなわち国の主人であり歴史と政治の主体である民衆が、主体意識を持ってひとつの政治勢力として結合し、政権を握るために命がけで闘争するときのみ可能である。これは歴史の道理だ。

 人類の発展史は古いものとの闘争の歴史であり、民主主義は封建専制と非人間的な身分制度との激烈な闘争の結果物である。

 時代と国民の要求にこたえて、「国民勝利21」が国民の絶対多数を占める労働者、農民、都市庶民が政治の主人になる新しい時代を開く先ぽう隊として、政治勢力として発足した以上、新しい政治を待ち望むすべての国民が、地域の利害を乗り越えて「国民勝利21」に合流し力を与え、権永吉委員長の当選のために全力を傾けなければならない。これが新しい政治を望む国民と民族民主勢力に課せられた任務である。

政権交代の正しい立場

 政権交代という言葉は、既成政治に食傷し嫌悪感を持っている国民に、非常に魅力のある言葉である。しかし、先に記したように、この半世紀の間に大統領が五人も代わり、政治形態としては民政から軍政に、軍政から再び民政へと交代したが、政治は変わらなかった。

 なぜそうなのか。文民と軍人との差と李氏、朴氏、全氏、盧氏、金氏など、名前は変わったが、彼らが育った政治的土壌は同じものであり、成分も同じだったからである。

 半世紀が過ぎた韓国の現代政治史で、つねに独裁政治に虐げられてきた国民は、与党は独裁をする政党であり、野党は民主主義を指向する政党だとみてきた。しかし、今日の野党は保守政党に変わってしまい、政治的指向と基本政策で与党との違いがほとんどなくなり、政治行動においても区別をつけにくくなった。

 制度圏政党が保守一色に変わったのは、制度圏の政治勢力として与野党があるだけで、彼らはひとつの保守政治勢力であることを意味する。このような状況で、与党から野党への政権交代は、同じ保守勢力の中で執権者だけ代えることになる。このような政権交代は、新しい政治を望む国民の意志とは食い違うものである。新しい政治のための政権交代とは、先に述べた保守勢力から保守勢力にではなく、民主進歩勢力への政権交代が行われなければならない。いま要求されている政権交代は、このような政権交代である。

 三十数年ぶりに誕生した「文民」政府が、改革を行うかのように見せかけておいて、完全に手を引いて盧泰愚政権と一体になったことと、全斗煥、盧泰愚らの秘密資金事件と韓宝不正事件を通して、既成政治家らの暗部がさらけ出されたのを見て、既成政治家に対する国民の不信と嫌悪感は、限りなく増幅されている。

 一時、「釜山港に、切り捨てた人間の手足がぷかぷか浮いていたそうだ」とか、「毎夜、望月洞の墓地では慟哭(どうこく)の声がおんおんと上がっている」などの話が伝わったのは、既成の政治家に対する国民の失望感と背信感を表したものである。わが国民は自分の指をもう一度切り、光州の英霊と、自主・民主・統一の祭壇に貴重な生命をささげた愛国烈士らを、悲しませる失敗をくりかえす愚を犯してはならない。

 (申貴正記者)

 (つづく)