民族時報 第828号(97.8.11)

 

資料

 

真の活動家を待ちながら

徐 俊植(人権運動サランバン代表)

 

 P教授。

 数日前、道で偶然にある後輩と会いました。九一年に、慌ただしい明洞聖堂でハチマキをした彼を見たのが最後でしたから、六年ぶりでした。近況を訪ねるわたしに、彼はしばらくもじもじしていて、消えいりそうな声で司法試験の準備をしていると答えました。むだな質問をしたと思い話題を変えようとしたのですが、彼はこのようにつけ加えたのです。「先輩、いまや活動家生活には展望がないじゃないですか」。

九〇年代に入り、わが社会には活動家(社会運動家)の居場所が急に狭くなりました。これはもちろん、世界的規模で進む進歩運動の退潮と関係があるでしょう。すなわち、わが国でも運動のスローガンが「変革」から「改革」に変わりながら、社会運動は(社会の構造自体ではない)個別事案を「市民」の常識水準に合うよう「改革」するための運動という性格を持ちはじめ、これによって徐々に専門知識と技術を必要とする運動になってきたのです。最も悲惨な疎外の現場に献身的に身を投じながら、この社会の構造を正しく認識するための学習に夜を明かした若者らは、このような変化の波の中で「役立たず」になっていきました。そして運動の場には残っているが、専門知識を持つことができなかった活動家らは、時に専門知識人の陰で自己の停滞性を深刻に悩んでいます。

 

「機能」にとじ込められ

 P教授。

 専門知識人と活動家の結合が「力強い運動」を作る、と信じているあなたは、あなたなりの観点から、活動家がわが社会において貴重だと思っています。すなわち知識人の理論とアイデアだけでは「改革」されるものは何もなく、それらを実行に移すためには広報物を作り、街頭でピケをはり、パフォーマンスを繰り広げ、集会や行事を準備する活動家の動力は貴重だという、一定の分業論のせいです。

 しかし、これはわたしには不平等な分業体系のように感じられます。このような分業体系のなかで、活動家は決して活動家としての「展望」を持つことができません。「機能」を活動家の真の役割であるととらえることは、実は活動家の本分に対する危険な誤解です。しかもそれが「力強い運動」を生むだろうとの発想ほど、甚だしい誤解はないでしょう。

 わたしは、活動家の存在価値は、何よりも彼らがわが社会で最も疎外された部分と接している(あるいは接していなければならない)という点に、見いださねばならないと思います。活動家は、虐げられている大衆と献身的に接することを通して、自らの変革を経るのであり、そのような活動家と常にいっしょにいる大衆も、やはり覚醒と内部変革を経ることになることは、十分に推し量ることができます。このような過程を、あちこちで数多く経ながら、運動は大衆の覚醒を集め、ついにはゆがんだ社会の構図の変化まで展望できる「力強い運動」になります。大衆との接点を失くした活動家がどんなに仕事をこなしても、その仕事は自己満足の範囲を大きく抜け出ることはありません。活動家が「機能」の中に閉じ込められてしまう時、運動は結局、衰退の道をたどるしかありません。

 疎外された大衆とともに踏みつけられることで、活動家ははじめて活動家になります。それゆえに彼らの胸には、深い悲しみと、この現実を越えようとする切実な希望が植えつけられるのです。暴力と悪徳で満ちているこの世の中が、多少変わったとしても、この悲しみの原因が残っている以上、彼らは「変化した状況」にたやすく慣れるはずがありません。変革への希望は、決して非難を受けるような「時代錯誤」ではありません。かえってそれは、この忘却と変節の時代に、彼らだけがしまっておく大切な宝物にほかなりません。

「変革」を叫べなくなったこの時代に、わたしも彼らがさらに高い専門能力を身につけねばならないと思いますが、しかし知識や技術は結局、彼らだけが持っている可能性と希望に比して小さなものにすぎません。

 

「不法と危険」の中で

 P教授。

 わたしは、活動家は元来、合法と不法、安全と危険の境界線の上を行き来するしかない運命を持っていると思います。正しいことを正しいと力強く主張するためには、その正しさを体で守り体で叫ぶ物理的根拠が、わが社会に存在しなければなりません。このように「正しさ」の物理的根拠として機能することこそ活動家の大きな任務ですが、「実定法」は時にわれわれに対して、このような物理的根拠として機能することを許しません。このような時は、活動家はやむなく不法と危険の領域に入るほかないのです。これをできない活動家は厳密な意味で「実務者」であって、活動家と呼ぶことはできません。

 活動家の仕事は、単純な「機能」でもなく「実務」でもありません。彼らは現実と理想のはざまで、常に挫折と希望の間を行き来しながら、われわれの健康な未来のためにばく進する機関車のような、そんな存在なのです。わたしは、このような活動家らの「展望」を奪ってしまったこの時代の無気力の中でも、このような活動家の復権を切に待つのです。