民族時報 第1209号(11.09.01)


【決意表明】

8・15在日韓国人集会、韓青盟員の決意表明



 民族的に生きる道を再確認 チョウ・ファミ(韓青愛知県本部)

 八月一五日は、私たち韓青にいる青年にとってどんな意味を持つのかということを、改めて考えてみた。わが民族が日帝の植民地から解放された日だということはもちろんだが、この日を毎年毎年迎えることで、なぜ自分が韓青にいるのか、なぜ活動をするのか、ということについてもう一度振り返る日なのではないか、と思った。

 私たち韓青は常に、「民族的に生きる」というテーマと向き合っている。

 民族的に生きるということは、ただ単に本名を名乗れば良いわけではなく、ウリマルや歴史・文化の知識を身につければ良いというわけではないということを、現在の日本社会が見事に表してくれていると思う。

 北朝鮮が延坪島に砲撃したことを理由に、直ちに朝鮮高校の無償化手続きがストップし、一方では韓流ブームという、一見在日ももてはやされているような感覚に陥るこのいびつな現象のなかで、本当に在日同胞青年一人一人が、自分のルーツを正しく肯定し、この社会の中で生きていけるのかどうか、と心の底から不安になる。

 もしも祖国が統一していたら、延坪島での砲撃事態は起きず、朝鮮高校の無償化手続きもストップしなかっただろう。もしも祖国が統一していたら、日本と正しく過去の歴史清算をし、朝鮮半島と日本は平等な関係を築くことができただろう。もしも祖国が統一していたら、正しい歴史清算の後に、私たち在日同胞もこの社会でその存在を否定されることなく、まっすぐ生きていくことができただろう。

 祖国の統一を願い、それに向けて行動することが民族的に生きる唯一のすべであり、韓青活動そのものだと感じずにはいられない。たとえ自分が祖国の地にいなくても、民族の痛みを自分の痛みとしっかりと結びつけ、それを克服しようとする過程こそが祖国と自分をつなぎ、在日同胞の未来につながると信じている。

 先輩方から受け継いだ民族的に生きる道、人間らしく生きる道を、今度は私たち韓青が正しく伝えていくのだという思いを、この八・一五でもう一度強く確認し、実践していきたいと思う。

 選挙広報運動を全力で展開 カン・ファデ(韓青荒川支部)

 韓青に出会うまでのわたしは、本当に何も知りませんでした。分断状況や朝鮮戦争のことさえ何も知らずに生きてきた。

 そのころのわたしは大事な友達といればそれだけで十分だと思い込んでいた。差別があるなら、差別されない人間になれば良いと言い、米国がそんなに力を持っているなら世界がみな米国人になれば良いと言い放つような、今の差別構造に取り込まれ、自分のルーツと向き合えない虚無的な青年だったのだ。

 そんなわたしにも、韓青に集う人たちは優しく接してくれた。めんどうくさがるわたしをていねいに学習会に参加させ、祖国の近代史を教えてくれた。そこにはわたしのまったく知らなかった歴史があり、民衆の血と涙と生命を犠牲にしたうえで成り立つ韓国社会の民主化があった。とてもびっくりし、そして同時に怒りに胸が震え、自然と涙が出た。

 自分の中の何かが変わっていったのだ。セミナーで聞く先輩や同志の意見には、衝撃と感動がいつも混在していた。目の前に広がる世界はまったく違う風景に見え、初めて自分の立ち位置を思い知る日々だった。そして、他人事だった朝鮮半島は自分たちの切実な問題と背中合わせだと気付かされた。

 荒川支部の今後が何となく気になり始め、いつの間にか支部常任委員になる宣言をしたのが昨年九月十一日だ。支部を運営する立場になり、負担や責任を感じれば感じるほど、先輩たちのすごさが身にしみた。学習会の講師やサマーキャンプ、スノーキャンプで班長を担った時ほど、伝えることの難しさを感じた瞬間はない。でもだからこそ、自分が学ぶことを休んではいけないのだと感じた。学ばなければ活動ができない、活動していかなければ民族的に生きてはいけない。決意しつづける毎日だ。

 次はわたしが、荒川地域の同胞青年に歴史を語り、自分の立ち位置を教え、民族を取り戻す手助けをする番だ。二〇一二年の政治決戦に向けて、まずは選挙広報を全力で展開することを約束する。


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