民族時報 第1182号(10.06.01)


【読書案内】韓統連との深い因縁記す

     片山正彦著『ここに記者あり! 村岡博人の戦後取材史』岩波書店

〈記者=ジャーナリスト〉とはだれか。

 著者は、本書の主人公で、生涯一記者を貫く、元共同通信記者の村岡博人氏が画した「ジャーナリストの一線」を、次のように記した。

 「記事で言えば『国民の知る権利のための記事か、権力者の利権のための記事か』であり、記者活動で言えば、『権力チェックの立場か、権力行使(お先棒)の立場か』だ。言うまでもなく、いずれも前者を心掛けていた」

 本書は、〈ジャーナリスト・村岡〉の仕事を通して、あるべき記者像を示し、同時に、日本と朝鮮半島、在日韓国=朝鮮人の戦後政治・社会史をあざやかに浮き彫りにしている。

 村岡氏のライフワークは、日本政界の金権腐敗追及と並んで、朝鮮問題だ。この問題との最初の出会いは、一九五八年八月の小松川事件・李珍宇だった。当時、氏が属していたのは皇太子妃班。ところが村岡氏の母が、事件の被害者の担任だったという偶然が、他人事でなくした。「ミッチーブーム」と、在日少年の連続殺人。実に対照的な、しかし、これが日本社会の裏表をなす現実だった。「これは普通の殺しではない。在日朝鮮人問題として背景を書こうじゃないですか」とデスクに食い下がる同僚記者に、村岡氏は同感だったという。

 「朝鮮記者」への決定的な契機は、同年の帰国事業の取材であり、゙奉岩の進歩党事件だった。国家保安法違反で死刑判決を受けだ氏を救おうと、在日韓国人有志十数人が嘆願書づくりをしていた。村岡氏はこれを取材、朝鮮関係で書いた最初の記事となった。

 「大韓民国居留民団(民団)の幹部だった「東湖と初めて会ったのは、小石川後楽園のこの現場だった。「東湖は後に郭東儀と金大中を議長にかつぎ、韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統)を結成する在日の民主化運動の指導者で、村岡とは固い信頼関係が結ばれていく」

 本書には「東湖、金容元、鄭在俊、郭東儀先生ら、韓統連(韓民統)の歴代議長団らの名前とともに、在日韓国青年同盟の活動、在日韓国人政治犯救援運動の記述が多くのページを占める。村岡氏が「南北に分断された朝鮮との関係こそが、日本人が抱える最も重い、根深い問題」としたからだ。

 本書の末尾に再び「先生の名前が登場する。二〇〇九年十一月十三日、東京で開かれた金大中元大統領を追悼する集い。李姫鎬・元大統領夫人が、夫の救出に尽力した故人の名を列挙。「先生の名が呼ばれた。著者は、それを聞いた村岡氏の身体がピクンとし、目がうるんでいたと記す。そして、おそらく本邦初公開の、金大中氏と夫人、韓統連(韓民統)の指導者と村岡氏の深い因縁が明かされる。「自分の朝鮮取材は間違っていなかった」との村岡氏の実感と感動が胸を熱くする。実は筆者も、同じ会場にいて、目頭を熱くしていた。

 著者の、わかりやすくて、深い文章も魅力の本書を、ひとりでも多くの人に読んでもらいたい。

 (岩波書店・1900円+税)

 (黄英治)


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