民族時報 第1160号(09.06.01)


【読書案内】

    『韓国ワーキングプア 88万ウォン世代』

 禹皙熏/朴権一著

 金友子/金聖一/朴昌明訳

 韓統連の国内研修会で韓国へ出張したとき、読み始めていた本書を持参した。孫亨根議長への国家情報院の不当な強制捜索など、多事多難の日程をこなさなければならず、結局この本は、リュックの底に眠っていた。だが、韓国で一度だけ本書が開かれたことがある。それは税関で、わたしにも強要された、徹底的な荷物検査のときだった。

 二十代に見える女性の空港職員が本書を取り出して「この本は?」と聞く。「『八八万ウォン世代』最近、日本で翻訳されてね。知ってる?」「ええ、知っていますよ。そうなんですか」と感心したようにうなずいた。「あなたも読んだの?」「いいえ、でも話題になった本です」険悪だった雰囲気が、ちょっとだけやわらいだ。

 本書は韓国で〇七年八月に刊行、〇八年の人文系書籍のベストセラー(約十万部)だったことを、こんな形で確認するとは思わなかった。

 八十八万ウォンとは、本書の凡例にしたがえば八万八千円。韓国の二十代非正規職労働者の平均賃金のことだ。韓国では非正規職労働者の割合が五〇%を超えている。ソウル市内の家賃は最低でも四十万ウォン。これでは、自立して生きていくことができない。しかし企業はこの世代を、マーケティングの対象としてのみ取り扱う。彼/彼女らがこれから、社会を担い、未来の既成世代となるための援助は一切しない。

 本書で明らかにされる韓国の十代・二十代の現実は、暗たんたるものがある。一握りの勝者がすべてをえる体制。そこではまず、「同世代内」の競争が行われ、次には前の世代、その前の世代との「世代間競争」が待っている。

 この社会の分断と不幸な競争の契機になったのは、一九九八年のIMF経済危機であり、それによって新自由主義グローバリズムが韓国の社会と経済を席巻した。そして、「生きられる者だけがまず生きてみよう」という地獄的な社会に転落したのだった。いつでも首切りができ、低賃金で、従順な労働者が、企業主にとって「最高の労働者」だ。しかし、そんな企業しか存在しない、それが野放しにされた社会に生きなければならない若者と、すべての人びとは、限りなく不幸である。本書が若者に受け入れられたのは、「希望による拷問」ではなく、〈冷静な絶望のため〉(山口泉)からだったといえよう。

 本書に描かれた韓国の若者の状況は、同じグローバリズムのもとで生きざるをえない、日本の若者の状況でもある。では、「どうするのか?」「どうすべきなのか?」は、本書には明示されていない。「『一人で豊かになるために生きるのではなく、共に豊かに生きる』という何らかの美しきバランスのための倫理的な叫び」をもう一度胸に抱いて、始める力を信じよう、ということだ。

 (明石書店・2000円+税)

 (黄英治)


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