民族時報 第1099号(06.10.01)


【読書案内】新たな視角の原爆文学

    『長詩 リトルボーイ』

高炯烈著、韓成禮訳

 「リトルボーイ」は一九四五年八月六日、広島に投下された原子爆弾のコードネームである。ここから明らかなように、本書は、「ニンゲン」の人間に対する最大最悪の犯罪として永遠に記録される広島(そして長崎)への原爆投下を描き切った、七千九百行を超える一大叙事詩作品だ。

 詩人は、秀吉の日本にはじまり、〈天皇制大日本帝国〉の過酷な植民地支配に呻吟(しんぎん)する朝鮮民族、生きんがために日本へと流浪してきた無名のアボジとオモニの苦痛、この支配を転覆しようとする民族革命家・李玉長、同化と差別に引き裂かれる亡国の民の子ども・金中輝らの視点で、軍都・被爆地―広島を叙述する。この位置からの充実した表現は、恐らく原爆文学で初めてのものだろう。また、詩的想像力を高く飛翔させ、「リトルボーイ」自身にも語らせる。そして、さらに、完成までに八年を要したという、長い長い忍苦と努力による圧倒的な詩的写実力で、五十年の時を超えて(韓国語版は九五年六月刊行)、風化し続ける広島の地獄を確固として現出させた。まさしく画期的な作品だといえよう。

 「朝鮮は日本が苦しめ、その日本を今は/アメリカが苦しめている時/朝鮮はどんな苦しみの中にあったか。//巨大な車輪が転がって行く道、/その巨大な苦痛の下に敷かれている朝鮮/今その巨大な苦しみが始まろうとしている。/惨劇中の惨劇を誰が知るのか。」

 広島の詩人で医師の御庄博実(みしょうひろみ)氏によると、当時広島市の人口は三十五万人で、そのうち十万人が直爆死した。朝鮮人は五万人住んでおり、そのうち三万人が直爆死だという。軍需産業に強制動員され、差別ゆえに集住していた朝鮮人の、日本人に倍する死亡率の高さにりつ然とする。

 「リトルボーイ」は叫ぶ。

 「私を作った父たちよ。/どうして私を使うことができるのか。」

 しかし、彼は広島の空に投げ出され「(略)恐ろしい光速で/すべての有情無情の物体を通りすぎた。私たちの思い出と彼らの虚偽と歴史を/ぶち壊して/大日本帝国の罪悪を/あっけなく隠してしまった。」

 そして終焉(えん)。「その仕業は日本とアメリカがやったという事実を。/アメリカも日本も責任を負わなかった。」

 その瞬間の広島の描写は、詩句の断片の引用を許さない。それは全体である。読んでもらうしかない。

 「一九四五年八月六日は去っていかない。/(略)その日は過去ではない今日だった」

 「リトルボーイ」の弟たち、皆殺し爆弾は、アフガニスタン、イラク、パレスチナ・ガザ、レバノンでさく裂し続けている。いずれ朝鮮でも・・・・・・。

 著者は日本語版序文で『長詩 リトルボーイ』を「誰も認めなかった」と書いている。発刊当時の韓国詩壇と社会は、まだこの作品の意義を理解し、受容できなかったのだろう。それから十年。韓日の詩人の共同努力で本作は第二の誕生を果たした。朝鮮半島での核戦争の脅威が高まっているいま、『長詩 リトルボーイ』が韓国、北朝鮮、日本で広く読まれることを切に願う。真の朝鮮民族と日本民族の和解のためにも。

(英)

(発行 コールサック社=電話〇三―五九四四―三二五八・定価二千円)


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