民族時報 第1075号(05.09.15)


【インタビュー】作歌通じ名前一つに/右傾化無関心のせい

    民族、在日を詠む歌人 李正子さん

  夏の盛り。名古屋から高速バスで一時間半。木曽三水系が形づくる河口デルタ地帯を横切り、鈴鹿山脈を越えて、三重県伊賀市に着いた。この街に住む歌人の李正子さんの仕事場であり、「職場」でもある喫茶駕洛(から)は、なだらかな丘を登る道のなかほどにあった。

 「はじめてのチョゴリ姿にいまだ見ぬ祖国知りたき唄くちずさむ」

 歌人にねだって朗誦してもらった。歌の魂が耳から心へすべりこんでくる。

 「朝日歌壇に、選者指定で近藤芳美先生あてにはじめて投稿した歌です。これが一席に入選しました。二十歳ぐらいのときで、香山正子(かやままさこ)で投稿したんです」

 「日本の学校の中学二年ぐらいの授業で初めて与謝野晶子、若山牧水、石川啄木ら近代歌人の短歌に出会って、何というか・・・・・・ときめくんですよ、短歌の授業は。でも図書館には短歌の本が一冊もない。ひとりでノートに写した歌を読んで、物思いにふける少女時代でした」

 「詠(うた)えるとは思っていなかったけれど、夜、韓国人としてどう生きるのかを苦しんだり、悩んだりする、そんなわたしの気持ちがだれかに伝わったらいいなと。それで無意識に指を折ってね。ですから、まったくの独学なんです」

 「朝日歌壇に投稿して入選するようになります。ある日、入選した歌を読んでいると、しみじみと、感動しないんですよ。なぜかなと考えてみると、名前が香山正子で、歌が民族的なものなんです。これは矛盾がある。人間の名前は二つじゃいけない、ひとつだということがわかって、ペンネームのつもりで李正子(りまさこ)とつけ、次第に李正子(イ・チョンジャ)になっていったんです」

 「外国人のカテゴリーになくzainichiと呼んでよばれて向かい風(マッパラム)の丘」

 最新歌集『マッパラムの丘』(作品社)の表題作だ。歌人にとって在日朝鮮人であることは、どんな意味をもつのだろうか。

 「かつて上野市にも朝鮮部落がありました。姉が嫁いだ先は京都の桂の近くの『アパッチ村』です。みんな低いところにあって、大雨が降ったら浸水する。日本人は、こんなところに住んでいるのが貧しくて、汚くて、野蛮で、悲惨で、かわいそうな、というイメージを持っている。でも実際には朝鮮部落はすごく明るい」

 「確かに環境的には恵まれていないから、奥さんを殴ったり蹴ったり、半殺しの目にあうようなことはよく見ました。だから、朝鮮人が大嫌いになる、絶対に日本人と結婚するといっていた在日二世がいました」

 「でもわたしはそうは思わなかった。なぜかというとアボジが絶対にそんなことしなかったから。上野に天神商店街というところがあります。戦後闇市だったんですが、そこはアボジが朝鮮人の失業対策のためにつくったのが始め。上野の民団もアボジつくりました。戦前は上野の飛行場建設に強制連行されてきた朝鮮人の現場監督でした。また滋賀県、下関、九州方面で賃金闘争の首謀者として逮捕されたりと、民族主義者だったんです。アボジの無意識の影響は、いま思えば大きいですね」

 「よくいじめられました。毎日石を投げられ、チョーセンジンとはやしたてられて。けど、いじめっ子の前では絶対に泣きませんでした。でも、オモニに会うと泣けるんですね。『明日から学校へ行かない』というと、オモニは『朝鮮人が朝鮮人っていわれて何も恥かしくない。なんで泣くことがある』というんです」

 「小学五年生ぐらいで『秀吉の朝鮮征伐』と習ったとき、腹が立って仕方がなかった。国と国との関係、歴史で『征伐』という言葉を使っていいのかと思った。当時から先生、ひいては学校教育は朝鮮を正しく教えないんだと思いました」

 「わたしはいじめられても、朝鮮人を否定したことは一度もなかった。多分、アボジやオモニがきちんとしていたからでしょうね。わたしは在日朝鮮人として生まれたことを幸せだなと思っています。なぜかというと、日本人だったら知らないで通り過ぎることを、わたしはいちいち考える時間と場所を与えられた。それは知らないで生きることより遥かに意味があって、豊かなことだから。そしてそれがわたしの歌になります」

 「戦争離散分断憎悪かなしみの重さは人のいのちの重さ」

 日本の右傾化、そして祖国の統一は・・・・・・。

 「右傾化は結局、政治に対して日本の若者があまりに無関心であることに原因があると思います。右傾・左傾の前に無関心ですね。その無関心のなかで、戦争ができる憲法に変える。それに北朝鮮を格好の材料として利用している。マスコミの『北朝鮮報道』のレベルの低さに本当にあきれます。レベルの低さと政治への無関心は底でつながっていると思います。関心があればこんな低レベルの報道がまかり通るはずがないでしょ」

 「わたしは、統一はまず連邦制にして三十八度線の戦争の危機をなくすこと。そうすると朝鮮半島に投資する国も増えてきますね。南北経済の均衡をはかる。そして最終的には国民投票で統一していくのが理想だな、と思います。時間をかけてやっていくことですね。朝鮮半島の平和的統一は、東アジアの平和と安全という大きな課題のなかに含まれます。日本の見方は、政府も国民もそうしたスケールがない。拉致問題しかないみたいですね」

 「『草津アリラン』詩いし人が姉の母すなわち父の妻でありしと」

 李正子さんは散文の名手でもある。植民地支配―在日―女性―ハンセン病を文学へと昇華させた作品をわたしたちに手渡してくれることを期待したい。

(高雄埴記者)


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