民族時報 第1062号(05.04.11)


【投稿】同志愛と期待/連帯の飛躍へ

    国内韓青代議員総会に参加して

高銖春(韓青中央本部副委員長)

 どれほど多くの先輩・同志らがこの場面を夢見ただろうか。どれほど多くの先輩・同志たちがこの場に立つことを待ち望んだろうか。

 ついに、在日韓国青年同盟(韓青)は韓国青年団体協議会(国内韓青)第五期定期代議員総会と出帆式に参加した。国家保安法によって両韓青の出会いが妨げられてきた歴史を振り返ると、今回の参加は数十年にわたる長い闘争がかちとった成果として歴史の一ページに刻み込まれると確信する。

 三月二十五日から二十九日の日程で、わたしは李俊一・兵庫県本部副委員長と金麻紀・大阪府本部文教次長とともに南部祖国へ向かった。

 崇実大学で行われた第五期代議員総会は、開会予定の午後九時を大きく過ぎた十時に始まった。それでも席についた代議員は、全国各地に配定された代議員数の半分ほどしかいなかった。韓国では週休二日制が普及しておらず、とくに失業率の高い青年層は劣悪な労働環境を余儀なくされているため、いくら仕事を早く終えてソウルに集まろうとしても時間どおりにはいかないらしい。代議員総会が始まる前から、国内の青年らがどんな環境で活動しているのかを垣間みた瞬間だった。

 代議員総会は三時間あまりの熱気ある討論の末、「祖国光復六十周年、六・一五共同宣言発表五周年の二〇〇五年を民族共助、民族自主の旗のもと自主統一、駐韓米軍撤収の元年として迎えよう」「団結と革新の旗を高く掲げ、韓青を強化して青年運動の統一団結と大衆化の突破口を切り開こう」との全体スローガンに基づいて事業計画が確定された。ウリマルと日本語という差はありながらも、わたし自身もその討議に加わっているような錯覚も起こすほど、討議する姿が韓青と似ていた。

 総会終了後、会場近くの居酒屋で二次会が行われたが、当然(?)朝日が昇るまで緑色の焼酎びんと格闘していたことは言うまでもない。後日、耳にした話だが二次会への参加者数、焼酎の消費量が例年に比べてかなり多かったそうで、韓青を歓迎する気持ち、そして共同事業に対する期待感、さらに今年度の運動を成果的に展開していこうとの決意がそうさせたと聞いた。

 翌二十七日の出帆式は会場を建国大に移して行われた。わたしは汎民連南側本部の李奎宰議長、統一広場のイム・パンギュ先生に続いて祝辞を述べることになった。前日の総会では簡単に話しただけだったが、数百人の国内韓青会員が参加している場なので、十分に時間をとってくれた。司会からの紹介を受けて鳴りやまない拍手のなか、わたしたち韓青代表団三人は舞台へとあがった。拍手が一段落して話そうとするが言葉よりも先に目から涙があふれそうになった。

 「ここまで来るのに、どれほど多くの先輩や同志、そして後輩が血と汗と涙を流しただろうか」という気持ちとともに、先生、先輩、同志と後輩の顔が次々と浮かび上がり、感極まってしまったからだ。

 「ついにわたしたちはこの場に立つことができました。韓青全国盟員の総意を込め、熱烈な同志的あいさつを送ります」と口にした瞬間、わたしたち三人を温かく包み込む拍手がわき起こった。それからは無我夢中であいさつをし、在日同胞のこと、韓青のこと、韓青に集う常任と盟員のこと、今年にかける韓青の決意などを伝えた。後で聞くと二十分もあいさつをしていたという。

 出帆式では各地域協議会が準備した文化発表や年末のハンスト団を紹介するなど、多彩に進行されたが、始終一貫して深い同志愛を感じられるものだった。とくにこの出帆式を機に青年運動を卒業する釜山民青の朴彰洪前副議長や、三月初旬に事務室の改築工事中に事故にあった光州地域の会員は、映像を駆使して紹介された。また司会や全相奉議長の言葉、そして映像のコメント、すべてに深い同志愛が込められていた。これが、昨年末の国民ハンスト闘争団を陰にひなたに主導してきた国内韓青の力の源泉だと実感することができた。

 今回の訪問期間中も国内韓青の同志と数え切れぬほど酒をくみ交わし、たくさんの話をした。わたしたち三人に注いでくれた愛情は、そのままわたしたちに対する期待のあらわれだ。わが民族にとって大きな節目となる今年、国内韓青が韓青にかける期待は計り知れないほど大きい。今年を自主統一の大きな転機とするため、青年らしい大胆さで時代の突破口を切り拓く韓青になるため、さらなる努力を注がなければならないと決意した五日間だった。


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