民族時報 第1020号(03.10.21)


【主張】

    「白頭から漢拏まで」が実現ー民族平和祝典の開催に際して

 実りの秋を迎え、南北を結ぶ民族交流事業にも豊かな果実が実っている。開天節の民族共同行事(九月三十日―十月五日)と柳京・鄭周永体育館の開館式(十月六日―九日)に参加するために、三百人と一千百人の南側代表団がそれぞれ北を訪問したのに続いて、今月二十三日から二十七日まで開かれる済州民族統一平和体育文化祝典(民族平和祝典)に参加する体育人と芸術家ら四百余人の北側代表が済州道を訪問する。

  いまやわが民族は、南と北が日常的に往来して何のはばかりもなく会う時代、互いに喜んで抱き合い、踊り、歌う感激的な時代を迎えている。八〇年代の後半から統一運動の現場で粘り強く叫んできたスローガン、催涙弾とこん棒の洗礼を受けながらも最後までやめなかったあのスローガン、「白頭から漢拏まで祖国は一つだ」を、われわれはいま全身で実感しているのだ。

  今回の民族平和祝典は、分断半世紀で初めて開かれる民間主導の南北共同祝典である。四泊五日の日程で開かれる祝典は、対話を通して民族の団結がより固く拡大され、今後の南北協力交流事業の固い礎石になると確信する。これまで祝典の成功的開催のために、南北の組織委員会は心血をそそいで準備を急いできた。

  九月二十九日に、白頭山の将軍峰で三十人の南側代表と百余人の北側代表団が参加して、祝典聖火の共同採火式を行った。採火式で、北側の民族和解協議会のチュウ・ジング副会長は「白頭山でともされたこの聖火が、漢拏山の聖火といっしょに七千万同胞の熱烈な歓呼のなかで済州島の夜空を明るく照らし、対決と分裂を燃やして、民族統一の里程標である六・一五時代に統一愛国の炎として勢いよく燃え上がる歴史のたいまつになるだろう」と述べた。また南側を代表して組織委員会共同代表の金元雄議員が「この聖火は白頭から漢拏まで、朝鮮半島のすみずみに分断半世紀が残したすべての傷をいやし、済州島に向かうだろう」とこたえた。

  実に、済州民族平和祝典は六・一五共同宣言が生んだもう一つの誇らしい成果である。白頭山で採火された聖火は十月十七日に南側に引き継がれ、漢拏山で採火された聖火と二十三日の前夜祭で一つに合わされる。「わが民族が会いましょう」を大会スローガンに開催される民族平和祝典は、サッカーと卓球など体育競技、ブランコと相撲など民俗競技、テコンドー演武、美術と手工芸品の展示会など多様な内容で行われる。

南と北が大団結をなす歴史的な祝典の成功的開催のために、官と民、地域と中央の立場を越えて、一つの気持ちで全員が力を合わせなければならない。政府は今回の祝典が持つ民族史的な意義を勘案して、物的、人的支援を惜しんではならない。今回の祝典が、決して済州島民が中心になる単純な地域行事ではなく、今後の南北民間交流を飛躍的に拡大させる転換的な契機になる民族的な統一大祝典であるためだ。済州民族平和祝典の成功を心から願うものである。


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