民族時報 第1019号(03.10.11)


【連載】

    韓統連結成30周年 韓日各界有識者が語るB

 金栄出(韓統連元統制委員長)

 (韓統連代表団の故国訪問、金大中前大統領との懇談を報じた民族時報を見ながら)このように韓民統を結成して初めて本国に行き、金大中前大統領に会ってきたんだね。おめでとう。いつかはこのような日が来ると思っていたが、本当に感激だ。わたしは金大中先生が(三十年前に)日本におられたとき、直接会ったことはなく演説を聞いただけだが、当時感じたことを言うと、すばらしい政治家で間違いなく大統領になる人だと思った。金大中先生がいっしょに朴正煕独裁政権に反対する運動をしようと言ったとき、本当に民族を救う人物だと感じた。

 金大中先生ら致事件が起きたとき、家にいてニュースを聞いたが、民団自主守護委員会から電話があって、事情を伝えてくれてよくわかった。それから、これは大変なことだ、何とか救出しなければならないと走り回った。あのとき救出運動を行ったのは、結成されたばかりの韓民統しかなかった。

 ら致されて生きているのかどうかわからないとき(八月十三日)に、韓民統を結成したが、あのときは緊張したね。議長になる人がら致されたのだから。民団中央などは自作自演説などを流して、憤慨したことを覚えている。金大中先生が生きて自宅に戻されたときは、本当にうれしかった。事件直後に、現場で同志が「中央情報部(KCIA)の犯行」だと断定して発表したのが利いたと思っている。

 韓民統結成後の運動もすばらしかったが、民団民主化運動の発端になった「録音問題」が非常に印象に残る闘いだった。KCIAが在日同胞の民主勢力をつぶそうとした事件だったからだ。韓民統ができたのも、このような民団民主化闘争があったからだと思う。

 わたしは結成から八九年まで十六年間、統制委員長をやったが、韓民統時代で一番心配したのは、金大中先生に死刑の判決が出たときだった。全斗煥という人は本当に金大中先生を死刑にすると思った。それを救ったのだから、やはり韓民統の運動はすばらしかった。

 わたしが群馬県にいながら韓民統運動ができたのは、金載華、「東湖、金容元先生、そしていまの議長の郭東儀同志らのおかげだ。とくに郭同志は、わたしが民団民主化闘争で民団中央から除名され、苦境に立たされたとき、わざわざ訪ねてきて激励してくれた。

 また金大中先生が金正日国防委員長といっしょに、七・四南北共同声明の精神を継いだ六・一五南北共同宣言を発表したときは、さすがだと思わず手をたたいた。七・四共同声明を支持していたときの苦労が報われたようだった。 最後になったが、韓統連結成三十周年おめでとう。韓民統時代が思い出されるし、亡くなられた方々の顔が思い浮かぶようだ。現役の方々にお礼を言いたい。 (金暢佑記者)


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