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「わが祖国統一論」むすび

 むすび

 むすび

 第二次大戦の終結から現存にいたる二十世紀後半の歴史は、解放を求めてきた民族が独立を達成し、分断された国が再統一するのは、だれも阻むことのできない時代の趨勢であることを示している。世界の政治地図の上で、昨日まで帝国主義の植民地であった多くの国が今では独立をかち取り、二つの国に完全に分立したとみられたドイツも再び統一をなし遂げた。外部勢力によって強要された分断の悲劇に呻吟しているのは、今やわが民族、わが祖国だけである。だか解放と統一が歴史の趨勢であるならば、わが民族が外部努力の支配体制、分断体制を打破して、解放と統一をなし遂げうるだろうことは疑う余地のない必然である。九〇年代統一の民族的念願は必ず実現されるだろう。

 それでは、わが祖国の統一が歴史においてどのような位置を占め、これからの歴史発展にどのような役割を果たすことになるのか。祖国統一論の著述を終わるにあたって、わが祖国の統一がもつ歴史的意味を考察することで結論に代えたい。

 九〇年代にわが祖国の統一が実現されれば、分断国家の中では一番遅れて統一することになるが、それだけ多くの国難をへて成就する統一であるがために、われわれにとってそれはこの上ない貴重で価値ある統一であり、その歴史的意味はきわめて大きいといわざるをえない。

 わが民族史の見地からみた場合、祖国統一の達成は、同よりも外部勢力と民族反逆者らによって汚された民族の精気を回復し、民族史をより高い段階で新しく前進させる転換点となるだろう。

 早くから北東アジアの一角に根を下ろし、自主・自尊の誇らしい歴史を創造してきたわが民族は、十九世紀末~二十世紀初め以来、外的には侵略勢力と、内的には外部勢力と結託した反逆者らによって国権の喪失とそれに続く国土分断という言い尽くせぬ災難を被ったまま、二十世紀末を目前にする今日にいたっている。この一世紀のあいだ、わが民族は無残に踏みにじられ、引き裂かれ、奪われるという汚辱と苦痛を経験しなければならなかった。五千年にわたる民族史の清流が中断され、汚されたのである。

 そのなかでも、民族の精気を大事に保ってきたこの国の民衆と、それを代表する良心勢力は、民族を悲連の淵から救い出すための抗争を一時も止めなかった。そして抗日独立運動の嵐のなかで八・一五を迎え、統一救国運動の怒濤を巻き起こしながら、統一の地平を見通せる時点にいたっている。わが祖国が統一されれば民族の受難史に終止符が打たれ、八・一五に統く第二の解放、真の解放の時代が開けるだろうし、自主・自尊の伝統を取り戻したわが民族史は、せきを切った激流のように力強く前進することになろう。

 わが国の統一はまた、偉大な祖国、先進祖国建設の道を開くことになるという点で、民族史的意味が大きいといわなければならない。

 人類社会が発生し国家が出現して以来、多くの学者や政治家が理想的な国家を希求して探究を重ね、さまざまな見解を述べて、それを現実に適用しようと試みた。「最善の国家」、「正義の国家」、「哲人政治」などが論議された古代から、「福祉国家」、「福祉の国家的責任」が強調される現代にいたるまでの多くの国家論が、そのことを物語っている。また多くの思想家が理想社会を追求し、果てしない思索を重ねてきた。わが国の実学派の学者、燕厳・朴趾源の「許生傳」がそのような理想を描いたものであり、トーマス・モアの「ユートピア」がまたそうである。

 しかし、今もなお人間は理想的な国、理想的な社会をさがし求めてさまよっている。

 「禍を転じて福をなす」ということわざがある。国権回復のための厳しい抗日闘争のなかで、また分断の民族的災難を払い除けて統一を成就するための困難な闘争のなかで、わが民族はまさにこの理想的な国、理想的な社会を祖国の大地に実現しうる力を培ってきたといえる。なぜかといえば、前例のない民族的災難にうち勝とうとする血みどろの努力のなかで、われわれの民族自主精神が高度に涵養され、七・四思想を創り出すにいたったためである。七・四共同声明の理念と原則に従って祖国が統一されれば、わが国は翼を力いっぱい広げて、新しい生括を創造する二十一世紀に向けて空高く飛び立つであろう。

 わが祖国の統一はまた、人類の前進と世界の進歩に大きく寄与するだろうという点で、その世界史的な意味もきわめて大きいといえる。

 一九九〇年十一月二十日に、「祖国統一汎民族連合」(汎民連)結成宣布のために開かれたベルリン三者会談の共同宣言文は次のように述べている。「われわれは東西冷戦秩序の部分的変化が、今なお帝国主義と戦争、分裂と弾圧の脅威のもとに苦しむ民族解放を追求する多くの国ぐにの苦悩に目を背けた流れだということを再認識し、今やわが国の平和的統一こそ、全人類に新しい文明を提示する解答になることを宣言する」。統一問題の性格を正しく把握するならば、だれもがこのような見解に到達するだろうと思う。

 ここで、わが祖国の統一がもつ世界史的意味をより鮮明にするために、他の分断国家の統一の意味をまず考えてみなければならない。

 一番最初に統一を実現したオーストリアは、東西冷戦体制が樹立しはじめた時期に、東西間の均衡を保証する中立化の方法で平和的統一をなし遂げた。そして統一後は東西間の対決と衝突を緩衝させる役割を果たしてきた。ここにオーストリアの統一がもつ歴史的な意味がある。

 次に、ベトナムはフランスと米国の植民主義、支配主義に抵抗する民族解放闘争を通じて統一を実現した。その意味で、ベトナムの統一はアジア・アフリカ隷属民族の解放連動を鼓舞する役割をした。ベトナムの統一は武力による社会主義体制下の統一であった。したがって、それは東南アジアで東西間の力の均衡関係に変化を起こさせたのであり、統一されたベトナムがインドシナで覇権を追求するカンボジア事態を引き起こす結果をもたらした。

 ドイツの統一は、ヨーロッパで「冷戦構造の解体」という特異な歴史的環境のなかで、平和的に資本主義の西ドイツが社会主義の東ドイツを収束統合する方法で成された。九〇年九日、ドイツ統一問題が最終的に妥結されたとき、フランスのAFP記者が「ヨーロッパの冷戦の残滓は、ごみ箱の中に投げ込まれた」と評したとおり、ドイツの統一は冷戦の終息と平和時代の到来を告げるものであった。しかし、この「冷戦の残浮」の清算は、東西間の力の均衡の破壊によるものであり、これによってヨーロッパに恒久的な平和と安定が根づくことになるかは、時間をおいてみなければならない問題だが、それがヨーロッパにかぎられているという点を見落してはならない。ヨーロッパでの冷戦秩序の変化は、汎民連ベルリン三者会談の共同宣言が指摘しているように、解放を追求する諸民族の苦悩に顔を背けた側面をもっている。

 今後、わが祖国が統一されれば、それは外部勢力による分断体制を打ち崩す民族解放の課題を完成するという点で、ドイツはいうまでもなく、厳格な意味で植民地ではなかったオーストリアの統一とも性格が異なる。また分断国家のなかで、初めて体制統一でない二つの体制を併存させる連邦制統一という点で、ベトナムとも異なるといわなければならない。

 二十世紀を決算する九〇年代に入った今日、世界では急激な変化が引き続き起きている。激動する歴史の波が、今後どのような方向に流れるかは、まだ正確に予測することができない。しかし、民族解放と体制共存という特性をもつわが国の統一が、激動し続ける歴史に一定の方向を示す役割を果たすことになるだろう。

 第一に、わが祖国の統一は民族解放の新しいモデルになり、国際関係の民主化、自主化過程を促進することになるだろう。

 わが国土の分断は強大国の世界支配戦略の産物であり、わが民族はその犠牲者、受難者となっている。わが民族が統一をなし遂げ民族解放を達成すれば、今なお新値民地主義のくびきにつながれている第三世界の多くの国ぐにを鼓舞し、新国際経済秩序の確立など自主化運動、非同盟運動を高揚させ、先進国に対する発展途上国の問題、南北問題解決の新たな局面を開くようになろう。そして、われわれの祖国統一は民族間の支配と隷属のない新しい世界をつくりだすことに大きく寄与することになろう。

 第二に、わが祖国の統一は新しい政治文化を創造し、国際平和秩序の確立に寄与することになるだろう。

 これまで、国際関係で常に緊張と不安をつくりだす重要な要因であったのは東西冷戦体制であり、この冷戦体制は「資本主義か、社会主義か」という二分法の白黒論理に基づいている。この二分法の冷戦イデオロギーが作用するかぎり、真の国際平和はありえない。

 東西冷戦体制が解消されたといわれている今日の世界の現実についていうならば、米国をはじめ西側では反共イデオロギーが少しも衰えていないのに、ソ連をはじめ東ヨーロッパ圏では「全人類的価値」に階級的価値を従属させる新思考によって、一方的に脱イデオロギーの方向に進むことで、東西対決の冷戦構造が崩れただけのことである。こうした状況下では、今後、情勢の変化によっては新たな緊張と不安が生じないという絶対的な保証はなく、すでにそのような兆しが見えはじめている。

 二分法の白黒論議に従えば、新たな第三の可能性は初めから排除されることになる。こうした時期に、資本主義と社会主義を共存させる連邦制方式に基づいて実現されるわが国の統一は、二分法を克服した第三の道を切り開き、まったく新しい政治文化を創造することになる。一民族の内部問題の解決方式がそのまま国際関係に適用されるものではないが、関連がないことでもない。こうした見地からみるとき、わが祖国の統一は国際政治に作用し、人類に新しい文明を提示することになるだろうと、その現代的意味を評価することができる。