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「わが祖国統一論」第6章

 第6章

第六章 統一祖国の未来像

 人間は到達すべき目標がはっきりしていて希望的であるとき、確信と勇気をもってその目標に向かい困難を乗り越え前進することになる。二つの体制を一つの国家に結合させる連邦制統一祖国の未来像を提示することは、現在、全国民的な次元で展開されている統一運動をさらに活性化させるのに役立つと思う。

 まだ生まれてもいない統一国家の青写真を描くのは困難なことである。しかし七・四共同声明の理念と原則を指針にして考えるならば、一定の輪郭を描き出せないこともない。

 もちろん統一された祖国、統一を達成したわが国の社会がどうあるへきかの問題は、統一運動の主体である七千万民族の合意によって選択されるべきことである。だが、統一祖国の未来像についての見解を提示することは、統一運動を促進させ、祖国統一の方途に関する全国民的な合意を導き出すことに一助になるという認識から、連邦制方式によって生まれてくる統一祖国の姿をいくつかの側面から描いてみたい。

 第一節 統一国家の性格

   国家の結合方式

 領土と住民を統治する主権の組織形態によって、国家は大きく二つの類型に区分される。単一国家と連邦制国家である。主権が単一な性格を帯びる場合を単一国家といい、主権が複数的な性格をもつと連邦国家という。主権の複数的性格とは、共同の利害関係と共同の国民感情などをもつ二つ以上の独立単位が統合して、永続性をもつ共同の目的のため共同の中央権力を組織し、一つの国家を形成する場合をいう。その意味で連邦国家を複合国家ともいう。

 連邦の形態をとる国家では、連邦を構成する各単位――支分国は国家としての性格は多かれ少なかれ保有しながらも、他方では独立国に固有な主権的権利、すなわち国家の統治権の一部分を中央政府に委譲するようになる。連邦国家は二つ以上の国家、または国家の性格を帯びた単位が結合された集合体でありながらも、それ自体が一つの国家だという点に特色がある。

 連邦は、一般にそれ自体が国家としての対外的な不可侵性と統治権を保有する。この点で、多数の国家の国際的組織である現在の「国際連合」や、第一次大戦後に存在した「国際連盟」のようなものとは本質的に性格を異にする。

 一方、連邦の構成単位としての支分国は単一国家の地方自治団体と同じものではない。

 しかし連邦制国家だからといって、中央政府と、支分国または地域政府とのあいだの権力配分が同じではない。そこには大きく中央集権化と地方分権化の二つの類型がある。前者は外交・国防をはじめとする統治権が中央政府に集中され、地域政府には限定された範囲内での内政権または内治権が与えられるが、国際法上の対象となりえない。これを称して「連合国家」という。アメリカ合衆国やドイツなど、今日の多くの連邦制国家がこの類型に属する。

 後者はすべての統治権が実質的に連邦に加入している支分国に集中し、中央政府の権力はほとんど象徴的な意味しかもたない。もちろんこの場合にも、中央と支分団との権力の配分関係にはさまざまな様態がある。この類型の連邦を「国家連合」という。独立戦争直後の米国と、十九世紀の第二帝国形成以前のドイツ連邦がこれに属する。一九三一年、ウェストミンスター憲章によって結成され、今日にいたっているイギリス連邦も国家連合の一種といえる。イギリス連邦は、大英帝国から独立した国ぐにがイギリス国王を共同の象徴的な国家元首にし、対等な関係で結合された自由連合体なのである。セネガル、ガボン、チャド、コンゴなど過去のフランスの植民地であった国ぐにが名目的に参加している「フランス共同体」は、それこそ名ばかりで国家連合とみるのは難しい。

 連邦を構成する前提あるいは基礎としては、地域別の利害関係、民族または宗教上の違いなどがある。民族別に連邦を形成した代表的な例は旧ソ連である。ソ連は今では消滅したが、それまで民族別に十五の加盟共和国、二十の自治共和国、八つの自治州、十の民族管区で構成されていた。米国は民族や人種が多様だが地域別連邦であり、ドイツは単一民族でありながらも地域別連邦を構成している。

 国家形態の発展のながれからみると、連邦制国家は近代社会の産物といえる。古代と中世における西ヨーロッパのローマや東洋の中国は領土内に異なる民族をかかえた帝国であったが、連邦制ではなかった。近代社会に入ってから、連邦制国家の概念が成立しはじめた。十八世紀にイギリスとドイツのハノーバーのあいだに結ばれた連合や、第一次大戦まで存続したオーストリア・ハンガリー二重帝国のような同君連合はあったが、近代的な意味での連邦の最初の出現はアメリカ合衆国である。米国はイギリスとの独立戦争後の一七七六年に独立を宣言し、一七八一年の連合規約によって社会的・政治的に独立し、発達した十三の州が連合して連邦を構成した。だが、それは象徴的な連邦にすぎなかった。

 十三の州が結合して連邦を構成して以来、米国で中心的に論議されてきた政治問題は、州と連邦政府とのあいだの権限の配分問題であった。ここで二つの相反する主張――州の権限保有を主張した州権論と、連邦政府の権限拡張を主張した連邦主義の二つの見解が対立した。この対立抗争は一八六一年~一八六五年の南北戦争によって州権論が克服されて連邦主義が勝利し、国家連合から連合国家への転換が行われた。これが今日のアメリカ合衆国である。

 その後、連邦制を取り入れる国が増え、第二次大戦後新たに独立した国ぐにのなかで、連邦制を採用する国が多くなった。政治学者の一部には、連邦制を発展した社会に適応する国家結合方式だとみて、現在発展した資本主義国家で一般的に実施されている地方自治制をさらに発展させて、連邦制に移行していくのが望ましいと主張する人もいる。

 このように、連邦制をとる国の数が増え、連邦制に対する賛美主義まで現れている事実は、連邦制国家結合方式に合理的な側面があるからだといえる。南北の二つの体制を結合させた連邦制統一を実現しなければならないわれわれにとって、参考にすべき問題だと考える。

   連邦制統一国家の性格上の特徴

 先にみた連邦制の国家結合方式に照らしてみるとき、今後わが国で樹立される統一国家はどのような類型の連邦でなければならないのか。

 現在、論議されている連邦制統一の主張を大別すると、次の二つに分けられる。一つは国家連合の類型に近い連邦である。南北双方がそれぞれ外交・軍事・内治権をもち、中央政府は双方が協議し合意した事項を執行する連邦をつくるという構想である。そうして南北が統一同家という大きな枠の中に入るというものである。もう一つは連合国家の類型に近い連邦である。連邦政府が軍事・外交まで含む統治権をもち、南北二つの地域政府は連邦政府の指導のもとに主に内治権を行使するというものである。

 この二つの構想は、連邦制を形成して民族統一をかち取るという大きな線では同じだが、連邦の性格とその形成手順では相当な違いがある。この二つのうちどちらを選択すべきかの問題、言いかえれば初めから連合国家を樹立する方式で統一を実現するのか、それとも国家連合を形成する方式をとるのかの問題は、南北間の合意、全民族的な合意によって決定すべきことである。これを前提にしながら、連邦制統一についての国民的合意をつくりあげるのに役立つことを願い、上述の二つの方案を念頭において筆者の見解を述べてみることにする。

 われわれが連邦制統一を論議し、実際に連邦制による統一を実現するにあたっては、南北の再結合の本質的特性に対する認識と、その出発の前提に関して、次の二つの事柄を必ず考慮する必要があると考える。

 第一点は、われわれにとって統一国家の形成とは何を意味するのかということである。それは韓半島にすでに二つの主権国家が存在しているという認識に基づいて、その二つの国家を一つに結合させることではなく、本来一つであったものが一時的に二つに分かれて半々になったという認識にたって、それを再び完全な一つに結合させる作業を意味すると理解すべきだということである。「二つの国家」への永久分断を防ぎ、統一を達成するために連邦制方式で統一しようと論議しながら、すでに韓半島に二つの主権国家が存在するという前提を押し出すのは論理的に矛盾している。今は半分だが、それを完全な一つにするという前提から出発しなければならない。

 このような認識と前提から出発するとき、一つの連邦国家への結合は南北双方が同等な権利に基づいて結ぶ双務的協約を統一国家形成の根拠にしながらも、その協約は独自的な国家間で行われる国際法上の協約ではなく、一つの民族としての民族的団結と統一を実現する、民族的次元での政治的協約とならなければならない。これは最初から象徴的過ぎる統一、言うならば名目だけの連邦を形成しなければならない必要も理由もなく、相当、結合度が高い形態の連邦を構成しうる可能性を示唆してくれるものといえる。

 第二点は、われわれが樹立すべき統一国家は、その構成要素においてこれまでの連邦制国家と異なるということである。すでに論議されたことであるが、これまでの連邦制は地域別利害関係の特殊性、民族別または宗教上の違いなどに基づいて、それを一つの国家に結合させたものであり、社会体制では単一が一般である。しかし、われわれが実現しなければならない統一国家は、民族は一つだが、他律的な分断半世紀のあいだに、南北に根づいた異質な二つの体制を統合させるという特性をもっている。

 ところで、体制上の違いがこれまで南北の接近と和解を妨げてきた条件の一つであったことを考えれば、体制上の違いは今後も南北を結合させるうえで依然として一つの難点となる。これは初めから中央集権的な連合国家形式の連邦を構成するのは困難であろう、という問題を提示しているとみなければならない。

 以上で述べた二つの問題点は、求心作用と遠心作用の二つの側面である。統一国家の形成ではこの二つの側面をともに考慮しなければならず、そのうちどちらか一つに重きをおいてはならない。言いかえれば、「一つの民族」に「二つの体制」が存在するという現実から出発し、民族的な側面を重視しながらも、体制的な側面も必ず考慮に入れなければならないということである。

 このような前提から出発するならば、最初から完全に中央集権化された連邦制は避けるべきだが、だからといって象徴的すぎる名目上の連邦制も望ましくないと考える。したがって、初めは南北の二つの地域政府に権限をより多く付与しながらも、一つの統一国家としての枠を整えた連邦制からスタートして、条件が成熟するに伴って南北の二つの政府が合意したものを連邦政府に次第に権限を移し、中央集権化された連邦国家を完成させていくことが、連邦制統一で求心作用と遠心作用の二つの要求をともに満たす方案になるだろう。

 このような性格上の特徴をもつ連邦制統一国家で、主に問題となるのは最初の段階での権力配分に関する問題である。つまり南北の代表によって構成される連合機構、すなわち連邦政府と南北二つの地域政府間の権力配分をどのようにするのかの問題である。軍事と内政の分野の権力は最初は地域政府が行使し、次第にそれを連邦政府に移していけば特に問題はないが、難点は対外的な代表性に関する問題である。連邦制統一を宣言した後も、統一される以前のように南北両政府がそれぞれ外交権を行使し、連邦政府が対外的に統一国家を代表する権限をもちえないならば、国際関係では「二つの韓国」であって、一つに統一された国とはいえなくなる。

 この問題を解決するには、統一が宣言されると同時に、国連においてだけでも単一の議席をもった一つの会員国となるのが妥当である。場合によっては、暫定的に連邦政府が南北二つの地域政府とともに国連に二重に代表を派遣する方法も考えられる。前例として以前、旧ソ連と民族共和国であるウクライナと白ロシアが、国連に会員国として加入していたことがある。このほかにも、一つの統一国家として国際法上の実体となるための方法が、多角的に探求されなければならない。

 第二節 統一国家の政策方向

   統一国家の機能

 一般的に国家機能のなかには政治的機能・経済的機能・社会福祉機能などがある。

 政治的機能は国家の本来の機能であり、これには行政・立法・裁判・治安・刑罰などの機能が含まれ、このほかに外交や防衛も政治的機能に属する。前近代社会までの国家機能は主に政治的機能であったといえる。古代や中世では、国家の統活行為は君主や貴族などの特権階級が民衆を統治・支配する行為であって、国家機能は政治的な支配機能にほかならなかった。

 経済的機能は近代国家の発展とともに生じた機能である。封建のくびきから脱するための民衆の抵抗と闘争のなかから市民社会が出現して、近代国家が生まれた。資本主義の発展は近代国家に政治的機能とともに経済的機能をもたせた。資本主義の初期には、国家が遂行した経済的機能は主に「夜警機能」であった。夜間、泥棒や火災などがないよう夜警をするように、国家の基本任務は資本家の経営活動には干渉せず、個人の生命と財産の安全を保護することであった。

 資本主義の急速な発展とともに資本の蓄積と集中が、独占資本が形成されると、国家は「夜警国家」から「産業国家」の姿を整えるようになった。独占資本が国家権力と癒着し、国家権力が経済生活に直接介入して、独占資本の権益を擁護し実現させる働きをするようになった。こうして国家の経済的機能が確立する。

 しかし、国家権力の独占資本との癒着による労働者の搾取と収奪の強化は、労働者階級の抵抗を誘発し、労組運動、労働運動の強力な高揚をもたらすようになる。その結果、独占資本が一定の譲歩と妥協を余儀なくされ、「社会福祉政策」という新しい概念が生じて、国家のまた一つの機能、国民福祉機能が論議されるようになった。

 このような歴史的過程をたどって国家の政治的機能・経済的機能・社会福祉機能が確立し、現代国家ではこの三つの機能が大体共通のものと見なされており、社会主義国家の場合も同じだといえる。

 いずれにしても、政治的機能・経済的機能・社会福社機能は現代国家がもつことになる基本機能であり、したがってわが国で実現される連邦制統一国家もこの三つの機能を遂行することになろう。だが、ここに一つの問題が提起される。連邦制統一の最初の段階では、統治機能が主に南北の地域政府に属するので、連邦政府は政治的機能・繰済的機能・社会福祉機能を直接遂行するのではなく、南北間に提起される政治・経済・社会・文化など各分野の問題を調節し、民族生活の統一的発展を図る形で間接的に遂行することになるという点である。ここに連邦制統一国家が遂行することになる国家機能上の特異な点があり、この性格上の特徴に見合う国家の新たな基本機能を探求する必要がある。

 英国の学者G・D・H・コールは、近代国家の主な機能として政治的、経済的機能のほかに調整的機能を付け加え、調整機能のなかに他の団体を統制する作用を含めた。(1)コールが提起した調整的機能が、われわれの連邦制統一国家に完全に合致するとはいえないが、参考にすべき点が多々あると思う。

 国家の一般的機能に属する政治的機能と経済的機能、社会福祉機能を直接遂行せず、主に南北両地域間の関係調整を通じて間接的に遂行することになる連邦制統一国家の調整機能は、コールが提起した調整的機能と通じる点がある。

 一般に、連邦制のもとでは連邦政府に調整的機能が生じるとみることができる。連邦を形成した各構成単位間の関係で、調整しなければならない問題があるためである。しかしわが連邦制統一国家は、特に最初の段階ではその性格上の特徴から、この調整的機能が他の連邦の場合とは違って、非常に切実かつ重要な問題になるといわなければならない。互いに異なる二つのイデオロギーと体制を包括する連邦制統一国家は、その二つを超越した一つの民族という最大公約数に従って両者間の関係を正しく調節し、民族共同の利益を図ること以上に重要な機能はないといえる。

 体制の違いを乗り越えて民族共同の利益を図ること、これが連邦制統一国家が遂行することになる基本機能であり、この機能は七・四共同声明の理念と原則から生じる機能である。このような側面からも、七・四共同声明の理念と原則は統一を実現する過程での指針であるだけでなく、統一が実現された後、その初期はもちろんのこと、連邦制が完成された段階に達した後も、統一国家が国家機能を遂行するにあたって原理的な問題を明らかにしてくれている。

   統一国家の基本政策

 七・四共同声明の理念と原則が明らかにした基本機能に従って、連邦制統一国家は発展、完成の全過程にわたって、自主政策・平和政策・民族大団結政策を具体的に実施していかなければならない。

 まず、自主政策を実施しなければならない。

 国家主権の概念を構成するのは対外的な不可侵性と独立性、そして対内的な最高性である。対外的に不可侵性が踏みにじられ独立性を失うと、主権国家とはいえなくなる。自らの決心によって独自に政策を決定する代わりに、他人の意志に左右されることになれば、たとえ国号や政府が存在していても真の独立国とはいえない。確固とした自主路線を貫徹するとき、名実ともに独立国となりうるのである。周辺のいかなる国の衛星国や保護国にもならず、外部勢力にも依存せず、名実ともに完全な自主独立国家の地位を保たなければならないということである。

 対外関係での自主性は非同盟中立路線によって示されることになる。非同盟中立路線は連邦制統一国家の性格的特徴から生じる志向であり、必須の政策となる。連邦制は南北二つの体制の均衡のとれた結合である。二つの体制のどちらにも偏らないという意味での均衡である。南と北のどちらにも偏らない統一国家の姿勢は、理念と体制の面で南北各自がそれぞれ通じる外部との関係にも、そのまま表現されなければならない。万一、連邦制統一国家がどちらかの側に偏れば、それは二つの体制を調和し統合させた連邦とはいえない。非同盟中立路線は、連邦制統一国家の構造的・機能的特性から出る必然的な帰結といえる。

 それでは、非同盟中立路線の具体的な内容は、どのようなものでなければならないのか。それは、何よりも政治分野で自主的立場を堅持することである。これはあらゆる外部努力の丁渉と依存に反対し、対内外活動で完全な自主権を行使し、すべての問題を民族共同の利益を中心に、独自的に処理するという意味である。周辺国の態度がどのように豹変しようともそれに影響されず、主導的に対応するのが自主的立場なのである。統一国家はこのような自主的立場にたって周辺国との関係で独自性を守り、すべての国と自主・平等・互恵の友好関係を結ぶ等距離外交を行わなければならない。

 次に、軍事分野で自主の原則を堅持することである。

 軍事的自主なくして自主的な非同盟中立路線はありえない。軍事的に他国に依存することは自主性を自ら放棄することになり、非同盟中立路線に反することになる。統一国家は軍事的独自性を守りながら、対外的にどのような双務的あるいは多務的軍事同盟や軍事ブロックにも加担せず、非同盟原則を貫かなければならない。

 自主的な非同盟中立路線は、民族の強力な主体的力量なくしては保障されない。主体的な力量とは政治力、経済力、軍事力などである。非同盟中立路線をとっている小国に強大国が介入して陰謀的方法で政府転覆をたくらんだり、公然と武力干渉も辞さない今日の国際政治の現実は、自主的な力量なくしては自主的な非同盟中立路線を守れないことを物語っている。統一国家は、予測される外部勢力の干渉行為と影響力の行使に主導的に対応するために、民族的団結を出り、強固な政治力を養い、自立的な民族経済の建設を通じて強い経済力を準備する一方、自らの手で国を守りうる軍事力と手段も備えなければならない。

 南北七千万すべての同胞が政治・経済・軍事などの各分野で力を合わせれば、だれもわれわれをあなどって介入するようなことはできなくなり、統一国家の非同盟中立路線は文字どおり自主路線としての力を発揮できることになろう。

 次に、統一国家は平和政策を実施しなければならない。

 平和志向は連邦制統一国家の基本理念といえる。この基本理念は、平和のなかに統一があり、統一されて初めて恒久的な平和が訪れるという、平和と統一の相互連関の論理によって規定されるものである。平和が保たれなければ連邦制統一国家が生まれてこないように、平和的環境が維持されなければ連邦制統一国家は存続することができない。

 統一国家の平和政策は自主政策と密接に連関されており、それを前提にしている。自主的な非同盟中立路線を貫徹する過程を通じて、平和のための基盤が築かれていくのである。特に軍事分野での自主政策は平和政策と直結している。したがって統一国家の平和政策は自主政策との連関のなかで策定され、貫徹されなければならないだろう。

 統一国家の平和政策は対内・対外の二つの側面で策定され、展開されなければならない。

 対内的には民族の和合と平和な生活を保障することである。分断半世紀にわたって生じた不和と緊張を克服し、一つになった統一国家でその後遺症をきれいに洗い流し、民族生活に永遠の平和が宿るようにすることは、非常に切実な課題だといえる。

 まず、政治的な意味での平和を定着させる作業を行わなければならない。南北が長い歳月にわたって、隔絶された状況下で生じた相互対立と不信が、一朝一夕に完全に解消されると期待するのは難しい。思想と理念、体制が異なるところから、統一が達成された後にも南北間には一定の期間、互いに呼吸がよく合わず、時には摩擦が生じる場合もありうるとみなければならない。したがって統一国家は、南北二つの地域間に不信と誤解が生し拡散される条件を取り除くことに努力する一方、民族和解の雰囲気をつくるために力を尽くさなければならない。

 次に、軍事的側面での平和問題を解決しなければならない。南北が相生不可侵を確約し、軍縮の断行のような平和的措置をとることが祖国統一の前提条件であるが、平和的に統一を達成した後も、軍事分野では恒久的な平和のためにしなければならないことが多いはずである。連邦制が完成されていくにつれて、南北の軍を統合することは民族の和解と平和を保障するための核心的な課題といわなければならない。これとともに休戦ライン一帯の軍事施設を徹去し、南北の民間軍事組織も解散して、軍事予算をきわめて低い水準に抑えなければならない。また南北の防衛産業を民需産業、平和産業に転換するなどの平和措置が取られなければならない。

 対外関係では一貫して平和をめざす政策を実施することが重要である。この分野でも統一国家がしなければならないことは少なくない。そのうち重要と思われるいくつかの問題を挙げれば次のとおりである。

 第一に、統一されたわが国は、周辺国はいうまでもなく世界のどの国に対しても利益を侵かすような国になってはならない。

 第二に、統一されたわが国は、国際的にいかなる侵略打為にも加担や協力、または同調するようなことをいっさい行ってはならない。

 第三に、わが領土内に他国の軍隊の駐屯や軍事基地の設置を許さず、核兵器を所有も生産も搬入もせず、核の傘の下に入ることもしない非核原則を確固とした国家政策として堅持することである。

 第四に、必要な場合、関連国と中立条約または不可侵条約を締結し、わが国を含む北東アジアの集団的な安全保障体制を確立するために主導的役割を果たすことである。

 第五に、国際舞台で「力の政策」やそれに基づく「勢力均衡政策」を排徐し、国の大小や遠近にかかわりなく、すべての国との平和的な友好関係をつくりだすことに努力することである。

 統一国家はまた、民族の大団結を図る政策を実施しなければならない。

 一つの国家が国家としての存在を維持していこうとすれば、民族の団結を図らなければならないが、わが統一祖国では民族的団結は格別に重要な意味をもって提起される課題といえる。民族の団結を強化することなくして、相反する二つの体制を包括している連邦制統一国家は維持されえないし、発展することもできない。民族の大団結を不断に打ち固めていくことは、統一国家の性格的特徴と結びついた核心的政策課題といえる。

 統一国家の民族大団結の政策は、次のように具体化されなければならないと考える。

 第一に、南北の二つの地域にわたって完全な民主主義を実施することである。

 この民主主義は、社会生活の各領域で、南と北の全国民にどのような制限も留保条作もない自由を保障することを意味する。もう少し具体的にいえば、政党や社会団体の結成・活動の自由、信仰・良心の自由、言論・出版・集会・示威の自由を保障し、南北のすべての住民が全国を自由に往来しながら、どの地域においても政治や経済、学問と芸術活動を展開できる権利を保障するということである。

 この民主主義はまた、南北のどちらの地域にも偏らず、二つの地域、二つの体制と、それに基づく各階層の国民の利益を等しく擁護、保障する公平な政策を行うことを意味する。連邦政府は、統一国家の発展のために努力する南と北のどのような政党や団体、個人に対しても、統一以前の行動を不問に付し、どのような形の政治的報復や迫害も許してはならない。

 第二に、分断によって引き裂かれた国土を一つにつなぎ、互いに背を向けていた南北住民間の生活上の連係を回復させることである。

 そのためには休戦ラインを開放し、南北間で経済・文化・体育などの交流も行い、書侵の交換と人びとの往来の道も開き、離散家族の再会と再結合も大々的に斡旋しなければならない。また通信と鉄道を再び連結させ、海路を開き、ソウルとピョンヤン、満州島から白頭山にいたる空路も開拓しなければならない。

 第三に、一つの民族として共存共栄する先進祖国を建設するため、南北が協力し合作する事業を大々的に行うことである。

 一つの領土の上に一つの有機体を成して暮してきたわが民族にとって、人為的分断によって受けた損失は計りしれないはど大きい。南北は対立関係によってそれぞれ軍事その他の非生産的分野に莫大な力と財力を注ぎ込み、民族の精神的、物質的エネルギーを不必要に消耗させ、国民生活に甚大な害を及ぽしたことはいうまでもなく、分断されず一つでいたならば、すでに偉大な祖国を建設できたはずの民族の潜在力をろくに利用できなくしたのも、この上なく大きな損失であるといわざるをえない。

 南北の二つの経済体制が相互に補完し協力しあう関係を結び、南の広大な平野と北の豊富な地下資源、東西南三面に広がる水産資源、そして南北の資本と技術、人力など経済的潜作力を一つの目的――民族の繁栄と国民福祉の目的にかなうよう共同開発、共同利用すれば、わが国民は他国に劣らない豊かな生活を営むことになろう。

 民族語と歴史の共同研究など科学や技術、文化の分野での南北の協力は、わが民族文化を新たな高い次元に発展させることになろうし、国際競技への南北の共同出場や南北芸術人の共同巡回公演は、わが民族の才能と威力を世界に誇れるようにするだろう。

 対外的に民族共同の繁栄と発展のためにできること、しなければならないことも多くある。外国との貿易を南北全体の利益の見地から行うならば、大きな利益を得ることになろう。

 わが統一国家が行うであろう政策についての予測は、おおよそこのようなものである。これは現実離れの空想ではない。七・四共同声明の理念と原則にたって考え、論理を展開していけば、おのずとこのような構想にいたることになる。たとえ、このようなことが空想であってもよい。だが、祖国の統一を熱望する思いから統一された祖国の未来を描いてみることは、この国の民衆の権利であり、義務でもある。

 問題は、まだ輪郭しか描かれない統一祖国の目標に向かって、たゆみなく前進することである。われわれの統一運動が前進していけば、今はぼんやりとしている統一祖国の像が一層鮮明に浮かび上がってくるだろう。

 第三節 統一国家の思想・理念・体制問題

   統一国家の理念

 これから生まれてくる統一国家で、国家存在の礎となり支柱となる理念が何なのかについて論ずることは、たやすいことではない。なぜならば、この統一国家は相反する二つのイデオロギーと二つの社会体制をもつ連邦制国家だからである。しかし二つのイデオロギー、二つの体制が一つに結合されるのだから、そこには共通点がなくてはならない。

 祖国の自主的平和統一を主張し、その実現の可能性を見通している統一運動の推進勢力のなかでは、南北の二つの統治イデオロギーを止揚する高次元の第三のイデオロギーが、統一祖国のイデオロギーになるべきだという論調が提起されている。ある人は統一国家の理念として「民主社会主義」を唱え(2)、またある人は「民族的民主主義理念」が統一された祖国が志向すべき第三の統一理念であるべきだと主張しており(3)、「自主・民主・統一」が統一国家の理念になるべきだとする見解もある。(4)これらは統一祖国を支えるイデオロギーがあるはずであり、また、なければならないということを物語るものといえる。

 このような現実的な論議の推移を参考に、筆者の見解を述べてみたい。

 統一祖国の理念を考えるにあたっては、相反する二つの思想と理念、二つの体制に分かれた分断状況から、それを克服し南北連邦制が形成されていく過程をもう一度振り返ってみる必要がある。それは七・四共同声明の理念と原則が具現されていく過程だといえる。七・四共同声明の理念と原則があるため南北の接近と和解が可能であり、南北対話が順調に展開され、統一という共同目標に到達して、連邦制統一国家が形成されることになる。七・四共同声明の精神こそは統一祖国を生み出す創造の理念であり、統一祖国を支える思想的支柱だといえる。

 七・四共同声明の理念と原則は何よりも民族自主思想である。

 いかなる力にも屈せず、どのようなドグマにも縛られず、だれにもすがらず、自らの力で自己の生活を営もうとする独立不羈の民族精神である。それはあらゆる種類のくびきや拘束から解き放たれ、自己の運命の主人となり、自由で自主的に自らの未来を開拓しようとする人間主体の理念を、民族の生活実践に具現した解放思想である。

 反外部勢力民族自主こそは民族解放の論理であり、統一の先決条件、統一論議と統一対語の出発的前提である。外部勢力依存と外部勢力の干渉を排撃し、自主の道に従って前進するとき、統一国家――南北連邦制が成立する。民族自主思想は、相反する二つのイデオロギー対決を克服し、南北の二つの体制を一つに結合させる思想的、理念的支柱だといえる。

 七・四共同声明の理念と原則はまた、平和思想である。

 人間を指して「理性的存在」だというならば、平和は人間の理性から生まれる志向であり、人間の社会的集団である民族の創造的エネルギーを自由に発散させ、精神的、物質的に価値ある豊かな生活を築いていけるようにする場だといえる。平和思想は、早くから内憂外患の曲折のなかで五千年の民族史を守りながら民衆の信念となり、二十世紀後半に入って同民族相殺の悲劇を骨身にしみて体験しなければならなかったこの国の国民の、信念として固まった民族思想の一つである。互いに相手方に反対する武力行使によらない平和的方法でなくては、南北が互いに信頼を回復して和解と団結をもたらすことができないし、南北連邦制を実現できない。平和思想は、南北が思想と理念、体制の違いにもかかわらず、ともに共感し手を握れる共同イデオロギーの一つである。

 七・四共同声明の理念と原則はまた、民族大団結の思想である。

 思想と理念、体制の違いを乗り越え、一つの民族として民族大団結を図るという七・四共同声明の原則には、きわめて重要な二つの思想が含まれている。

 一つは、人間の自由権をもっとも幅広く尊重し、保障する民主主義思想である。思想と良心の自由、信仰の自由を、人間のもっとも重要な基本権として認める基礎の上に立ってこそ、自分の思想を主張しながら他人の思想の自由を容認し、すべての人の思想の自由を尊重する民主主義が確立される。思想と体制の違いを乗り越え、一つの民族として大団結を図るということは、南と北が互いに相手方の思想と体制を容認する、高度に発展した民主主義である。この民主主義を共同の理念的な基盤にして、南北が思想と体制の違いにもかかわらず一つに結合できるのである。

 もう一つは、人間の平等権を実質的に保障する国民福祉思想である。思想と体制の違いを乗り越え、一つの民族として大団結を図るということは、階級と階層を超越した民族成員すべての生きる権利を保護し伸長させ、全体として民族の発展と繁栄を図ることを意味する。連邦制による統一国家は、南側の資本主義体制とともに北側の社会主義体制を包括しているその特性から、富裕な階層とともに中産層や労働者、農民、漁民、都市貧民など基層民衆の生存権をすべて等しく保障し、生活の質を高めることに力を傾けるようになる。「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」という矛盾した現象は、制度的にありえなくなる。このような福祉政策は、民族の統一的発展が遂げられるのに伴って、さらに発達することになるだろう。

 このように発達した民主主義の理念と国民福祉思想、自由と平等の理念を盛り込んでいる民族大団結思想は、統一祖国を支えるイデオロギーとならざるをえない。

 このようにみたとき、統一されたわが祖国の共同イデオロギーが何なのかは、十分に判断できると思う。それは前に述べた三つの思想としてまとめることができる。民族自主、平和、そして民族大団結は、それぞれ槻念は違っていても一 つにつながっている。民族自主は平和と通じる思想である。民族が自由であってこそ平和があり、平和な生活がある。平和はまた民族大団結と通じる。平和は敵対ではなく和解、団結と通じる概念であるからである。

 このように三つの思想が一つにつながっているのはなぜだろうか。それは自主にも、平和にも、民族大団結にも、その根底に人間尊重の原理、人間解放の理念が貫かれているからである。民族の自主性を守ることも民族を構成する各成員、人間のためのものであり、平和と民主主義、万人福祉も人間のためのものであることはいうまでもない。したがって価値体系で人間の自由、人間の自主性を優位におき、すべてを人間から出発し人間に帰着させる立場と観点にたって、民族の未来を自主的に開拓し、民衆の自由な生活を保障して、すべての束縛から人間の完全解政をめざす人間主体の理念、人間尊重の思想が、わが統一祖国を支えるイデオロギーといえるだろう。統一祖国のこのイデオロギーを何と呼ぶか、今のところ七・四精神、七・四思想だと呼ぶしかないだろう。

 自主・民主・統一を目標とする現段階の韓国社会の変革運動を民族民主運動として把握し、この連動に参加している力量を総称して民族民主勢力というのは周知のとおりである。民族民主勢力は七・四共同声明の精神に従って統一の未来を見通し、民族統一を推進させる韓国の基本力量となっている。民族民主運動を牽引する理念は七・四思想と合致する。したがって、統一祖国のイデオロギーを民族民主思想だということもできるだろう。しかし、今のところそれを七・四思想だとしておくのが妥当であろう。

 筆者は第一章で、民族統合の理念として、分断時代に新たに定立された韓国民族主義を論じた。分断時代の韓国民族主義が民族の団結と統一を促進させる作用をするものであれば、それが統一された祖国を支える作用もすることになるだろうというかも知れない。しかし、分断特代の韓国民族主義がもっている民族統合の理念的構図は、七・四共同声明に鮮明に具現されている。このような意味からでも、統一祖国のイデオロギーを七・四思想だというのがよいと考える。

   真の人間らしき社会

 七・四共同声明の三大原則に基づいて実現され、七・四思想を指針にする統一祖国の未来社会は、どのような社会であろうか。

 統一祖国の未来社会は、二つの思想と二つの体制が併存する社会、言うならば複合社会である。一つの体制だけが存在する単一な社会ではない。しかし二つの体制が機械的に併存するのではなく、有機的に結合され共存共栄を図る社会、南北がそれぞれの性格を保ちながらも、二つの体制が高い次元で調和を成している社会であろう。

 それは、あたかも一つの民族内部で宗教や信仰が違っても、一つの民族として緊密な紐帯関係を結び、また民族が異なっても、一つの連邦制内に国家的統一を成すにあたって支障がないのとあまり変わりのない社会であろう。ただそのような類型の社会が今日までなかっただけのことである。違った宗教の信徒を一つの民族に結束させるものが血筋と言語の共通性であり、異なる民族を一つの連邦制国家に結合させるものが、政治的あるいは経済的・文化的な面での利害関係の共通性であるならば、わが国で二つの体制を一つの統一された社会に連結させるのは、民族的共通性と、二つに別れては生きることができないという強い志向が具現された七・四共同声明の理念である。

 したがって、統一祖国の社会は七・四思想が具現された社会である。この社会では、二つの体制が互いに対立する次元から、一つの国の枠内での結合という新しい次元に昇華し、互いに調和のとれた関係のなかに入るようになる。この社会の基本特徴は、ひと言でいえば自由と平等の理想が高い次元で実現される社会、そして人間の尊厳と価値が最大限に尊重される社会だといえるだろう。

 これと関連して、統一運動圏の中でも類似した見解が提起されている。南北のイデオロギー闘争を終息させ、融合と調和の関係へと導くわが民族の統一は、「自由と平等の統一」を成就することだとみる見解がそれである。しかしこのような見解を提起した論者の主張のなかには、一部理解しがたい問題点もある。それは自由と平等の二つの概念を、「自由なき平等」と「平等なき自由」とに分離させて考えている点である。それによれば、市民民主主義は自由のために平等を犠牲にし、人民民主主義は平等のために自由を犠牲にしたが、われわれの民族統一は自由はあっても平等のない市民社会の資本主義と、平等はあっても自由のない社会主義を等距離で批判的にみながら、自由と平等が総合されたイデオロギーに合致する新しい社会をつくりだすというのである。

 論理的にも歴史的にも、ここには全的に肯定しがたい問題がある。

 もともと自由と平等は互いに切り離せない概念である。自由は平等であり、平等は自由であると理解するのが正しい。自由のない平等は真の平等ではなく、平等のない自由もまた真の自由ではない。人間が自由でありながら平等権を行使できず、差別される状況とはどのような状況なのか。また人間が互いに平等でありながら自由がないとは、具体的にどのような状況を意味するのか。他に隷属していながら、平等権を主張し行使できるだろうか。また、差別と侮蔑を受ける不平等な立場で、自由がありうるのかということである。これを民族にあてはめて考えてみると、さらにその非論理性が明らかになる。外部勢力に隷属して支配される民族は、他の民族との関係で絶対に平等ではありえない。同じように、平等権を喪失して差別される民族は、自由ではありえないのである。自由と平等は必ず一つに結びつけて理解しなければならない。

 歴史的にみても、中世封建社会では厳しい身分制度によって社会の大多数の民衆は自由でありえなかったし、平等でもなかった。近代市民社会は封建的身分制度を徹廃し、自由と平等の理想を実現するうえで一歩前進した社会であった。しかし市民社会の自由と平等は、本質的に資本の蓄積と利潤のための「選択と競争の自由」、「機会の均等」であった。そのために、資本主義が発展するに伴って貧富の差が深まり、富者が享受する自由・平等と貧者が享受する自由・平等のあいだには、大きな格差が生じるようになった。資本主義社会は決して自由だけがあって、平等がまったくない社会ではない。同様に社会主義社会を人間の平等、とりわけ経済的平等の実現だけを目的にして自由を無視する社会だと理解するのも、一面的な判断といわなければならない。

 七・四共同声明の理念は、このような認識に基づいて自由と平等を統一的な概念として把握し、それを総合的に実現しようとするものである。七・四共同声明の理念と原則に基づいて統一を実現させ、七・四共同声明の理念と原則を社会生活に具現化させていくわが祖国には、自由と平等が総合的に実現され、人間の人間らしい生活が繰り広げられるものと予測できる。

 その社会の姿の輪郭を描いてみると、まず新しい人間関係について述べることができる。すべての人が自己の信念と良心に従って考え、語り、行動するが、それが二つの体制によってつくられた社会的統一に反せず、民族の利益、人類の進歩という共同の基準に基づいて、友愛と協調の精神で互いに結合する人間関係が形成されるだろう。

 次に、われわれの統一された社会は福祉社会のモデルとなるであろう。対内外的な不和の根源がなくなり、戦争の危険が消えさった平和な環境のなかで、国家と社会のすべての物質的、精神的エネルギーが全面的に国民の福祉向上に使われるだろう。

 また、確固とした民族自主性に基づいて、国の大小や遠近を問わずすべての国と平等、互恵な友好関係を結び、民族間に支配と隷属がなく、戦争の火種がなくなった新しい世界の創造に参加し、人類の進歩に寄与することになろう。

   連邦制統一国家の未来

 万物は流動し変化する。この世に永遠に変化しないものはない。永遠なものは万物が不断に変化するという真理だけである。国家も歴史の前進とともに変化し発展する。同じく社会体制も歴史的な範疇である。より自由で自主的な生活のための人間の創造的活動が強化されるにつれて、人間がつくりだす国家や社会体制が不断に変化発展するのは当然のことである。

 古代国家と中世国家とでは主権の所在と権力構造に違いがあり、中世国家と近代国家もまたこの面で互いに異なり、原始社会から奴隷制社会、封建制社会をへて現代社会にいたった社会発展過程が、このような変化の法則を示している。

 南北の二つの体制を併存させる形態で結合させた連邦制の形成は、われわれの民族統一を実現する歴史的な壮挙となる。したがって、拙著もこの段階で終えてもさしつかえないだろう。だが連邦制による祖国統一を論議しているので、最後に連邦制統一国家の未来を展望してみることにする。

 二つの体制を結合させて誕生する連邦制統一国家は、相当な期間にわたって存続されなければならないし、またそうなると予測される。しかし、わが民族がおかれている歴史的条件の変化に伴って、また二つの体制の変化、発展に従って、この統一国家の存在様式にも変化が起こりうるとみなければならない。すなわち統一国家を構成している二つの体制が単一化されて、一つの体制に基づく国家になりうるということである。

 この場合、連邦制から単一国家へと移行することもできるし、連邦構成単位がさらに細分化され、発展した連邦国家の形態をとることもありうるだろう。例えば南北の二つの地域ではなく、各道(県)を独立単位として連邦を形成するような場合である。

 しかし、このような展望は文字どおり予測であり、統一祖国の未来に対する推測にすぎない。われわれの世代の任務は、どのようにしてでも今世紀内に二つの体制に基づく民族的統一、祖国統一をなし遂げることである。その後に、体制を単一化し単一国家に変化発展させるのか、あるいは連邦制をさらに発展させるのかどうかの事業は、次の世紀、二十一世紀に生きるわれわれの子孫が引き受け、遂行する課題となろう。

  注

(1)G・D・H・コール(一八八九年-一九五九年)は英国の社会主義連動研究家であり、経済学者で、国家論に関する著書など研究は多方面にわたっている。彼は一九五一年に朝鮮戦中に介入した国連軍の行動を非難する論文を発表し、波紋をおこした平和主義者でもある。

(2)金存俊「韓国キリスト教はなぜ立ち上がったか」(月刊誌『世界』一九七五年十一月号。金牧師はこの文章で「統一韓国は、今日の共産主義と資本主義を志向する民主社会主義の方向に沿って、模索を継続すべきではないかと考える」と書いた。

(3)金敬宰「分断時代のキリスト教と民族連動」(『民族主義とキリスト教』民衆社二九八一年)。金教授はこの論文のなかで、南北韓の民衆が共主し参加できる政治・経済・社会の第三の統一理念は、「南北韓の今日の両極体制が、同時にそして漸進的に自身の現実を否定、克服し、志向する真の民族的民主主義理念」だと語った。

(4)李在五「統一同家の思想・理念・文化」(季刊誌『選択と批判』一九八八年秋・冬合併号)。李在五(当時ソウル民衆連合議長、民衆党事務総長歴任)氏は「分断構造を打ち崩す理念がまさに統一国家の理念であり、その理念は自主・民主・統一でなければならないと考える。これは統一後の国家でも同じだろうとみる」と記した。