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「わが祖国統一論」第5章

 第5章

第五章 二つの体制、一つの国家

 南北が接近し対話が順調に進めば、それは、おのずと統一につながることになる。それでは、具体的にどのような方式で統一をなし遂げるかが問題となる。

 今日、わが国で統一方案について論議する場合には、南北の相反する思想と理念、そしてその制度的表現である体制問題を考慮せざるをえない。南北に存在する体制上の違いを無視することになれば、それは客観的現実をみない主観主義であり、このような主観主義では正しい統一方案を見いだすことはできない。反対に、体制の違いを絶対化することは、寄観的現実の表面だけをみて、その深層に内在する本質的な要素を把握しようとしないもう一つの主観主義であり、こうした態度では、現実的に可能で合理的な統一方案を考え出すことはできない。韓半島に異なる二つの体制が存在するという現実を認めながらも、それを絶対化しない観点と態度だけが、統一の道を真摯に探求する科学的な態度であるといえる。

 第五章では、このような観点と立場にたって実際的な祖国統一方案を考えてみたい。

 第一節 祖国統一の基本原則

   自主の原則

 七・四共同声明は、わが国の南と北に二つの体制が客観的現実として固まった時点で、採択された公式文書である。それは体制の相克関係を互いに容認する関係に転換させ、統一を実現するための道を明示したものである。七・四共同声明が明らかにした自主・平和統一・民族大団結の三つの原則は、他国の方式ではなくわが国の方式で祖国統一を成就することのできる道を提示した命題である。

 「統一は外部勢力に依存したり、外部勢力の干渉を受けることなく、自主的に解決すべきである」。

 七・四共同声明が明らかにした自主の原則は、二つの意味を含んでいる。一つは「外部努力に依存しない」ということであり、もう一つは「外部勢力の干渉を受けない」ということである。前者が自主の主導的で外向的姿勢であるならば、後者は自主の内向的姿勢といえる。この二つの側面は密接に連関している。自ら、外部勢力との関係で、外部勢力に依存しない主導的で積極的な姿勢をとらなければ、外部からの干渉を遮断することができない。外部勢力の干渉を許さない姿勢を堅持してこそ、外部勢力に依存しない姿勢を貫くことができる。外部勢力に依存せず干渉を受けないという二つの側面が結合されるとき、自主性は確固として保証される。

 統一は、外部勢力に依存したり、外部勢力の干渉を受けることなく、自主的に解決しなければならないと宣言した七・四共同声明の原則は、きわめて当然で正しい原則であるといわなければならない。分断は外部勢力によって生じたもので、それは民族の自主性が踏みにじられたことを意味し、したがって分断の克服は自主性の回復によってのみ可能である。実際に、韓半鳥の分断体制は外部勢力の支配体制として南北の相克関係を前揚にしており、それを絶えず極限状況へと激化させている。外部勢力に依存したり外部勢力の干渉を許す状況のもとでは分断体制を打破できず、南北の二つの体制の相克関係を容認する関係へと転換できないことは自明である。

 では依存してもならず、干渉を受けてもならない外部勢力とは、具体的にはだれなのか。七・四共同声明が採択された直後から外部勢力についての解釈で混乱があり、今もそのような状況が続いているため、外部勢力についての理解を正確にする必要がある。

 一般に、外部勢力とは主体ではない非主体的な存在で、利害関係において民族の利害と衝突する勢力だといえる。もちろん非主体のなかには利害関係のうえで主体と衝突しない対象、例えば第三国などがある。しかし主体ではないという点では、第三国に依存することも主体性の喪失であり、自主性の放棄を意味する。

 われわれにとっては、米国が統一運動での基本的闘争対象となる外部勢力である。米国によってわが国土と民族の分断が始まり、分断体制が構築され、分断が持続されている。米国に依存せず、米国の干渉行為を排除する問題を離れて、自主の原則は実現されえない。といって、これは米国だけが統一を妨害している外部勢力というわけではない。外部勢力であるかどうかの問題も条件的で相対的な概念である。米国がもし韓半島政策を転換させて、わが祖国の南側に対する支配を放棄し、わが国の内政に干渉せずわが国の統一に善意を持ってあたるか、少なくとも妨害をしないときは、統一運動の闘争対象、外部勢力とならない。そして、周辺のある国がわれわれの統一運動に支障をきたす行動をとるときは、それは外部勢力となる。

 統一運動の主体はわが民族自身である。わが民族のほかにだれも、われわれに代わって統一をもたらしてくれることはないし、分断の苦痛をなめているわが民族ほどに統一を望むこともない。信じられるのはわが民族以外にない。これは最近、国際政治の舞台で列強が一段と自らの国益を中心に動いており、列強間の政治的駆け引きによって小国の運命が弄ばれる危険が依然としてつくりだされている現実を鑑みるとき、われわれが肝に報じなければならない命題だといえる。また、これまで米国と対立関係にあった共産圏諸国で変化がおこり、米国にこびながら米国の「二つの韓国」政策に同調している現実へは、われわれに自主の旗をさらに高く掲げ、自主の原則に基づいて統一問題を解決していくことを強く求めている。

   平和統一の原則

 「統一は互いに相手側に反対する武力行使によらず、平和的方法で実現すべきである」。

 七・四共同声明の二番日の原則は、「平和的方法で」と明示されているとおり、統一の方法を明らかにした原則である。この平和的方法には「武力行使によらず」という前提がある。これは武力を行使しないという決意を表現したものである。だれの決意なのか。もちろん七・四共同声明に合意した南北両当局が誓った決意といえる。しかし、これは当局者にかぎられたことではない。民衆の決意でもあり、全民族の意志でもある。分断半世紀の体験に基づいた、特に韓国戦争の悲劇を絶対に繰り返してはならないという固い意志なのである。この民族の意志に従うことが、まさしく統一の平和的方法である。

 平和は戦争と反対の概念ではあるが、広い意味では非暴力一般を意味する。言いかえれば、それは和解であり信頼であり愛である。人間が隣人との関係で力の作用を拒否し、互いに信じ、愛し、むつまじい関係を結ぶようになるとき、社会には平和が訪れ、平和な人間の営みが花開くことになる。集団のあいだの関係も同様である。われわれの統一問題が結局、南北の相互接近と対話を通じてなし遂げられる問題であれば、統一を実現する方法は互いに理解し、信頼し、和解する平和の方法によるしかない。対決は相互不信と憎悪、暴力と戦争に通じ、対話は信頼と和解、平和に結びつく。この論理に基づいて、統一問題は対話を通じて平和的方法で解決すべきだ、という七・四共同声明の原則が打ち出されたのである。

 対話を通じた平和的統一が不可能な場合は、統一を放棄して南北が平和的に共存するか、武力による統一の道しかないのではないかというかもしれない。このような論理の基礎には、北韓の共産主義者とは対話が不可能であり、したがって和解も不可能だという化石のように固まった観念が横たわっている。問題はまさに、南北に互いに異質なイデオロギーと体制が存在しているため対話がさらに必要であり、平和的方法で統一を追求しなければならないのである。

 たとえ統一という正当な目的のためであっても、軍事的方法を用いるならば、二つのイデオロギーと体制間の相克関係を激化させるだけで、目的を達成することは困難である。仮に武力によって国土を統合すれば、相手の体制を転覆することはできるかもしれないが、同民族間の不信と対決感情は解消されずかえって敵対的な憎悪感を深め、真の民族の和合と統一はなし遂げられなくなる。だからといって、統一を放棄し南北の平和共存を追求するようなことになってはならない。それは統一という全民族の意志に背く反逆であるだけでなく、つねに対決と衝突の火種を抱えたきわめて不安定な状況になるということを忘れてはならない。

 背を向けることも、避けることも、遅らすこともできない、統一という民族至上の目標を達成するためには、平和的方法だけが最善の方法である。平和は相手への理解と信頼、善意の表れである。したがって、この方法によってのみ同民族間の不信と誤解を解消し、二つの体制の相克関係を緩和させ、次第に互いに容認しあう関係へと転換させて、順調に統一に接近することができるのである。今日、われわれに与えられた現実の状況は、平和なくしては統一はなく、統一されてはじめてわが祖国に真の平和がもたらされるということを教えている。われわれにとって平和は統一であり、統一は平和である。

    民族大団結の原則

 「思想と理念、制度の違いを乗り越えて、まず一つの民族として民族大団結を図るべきである」。

 七・四共同声明の三番日の原則は、体制問題を集中的に取り上げている。ここにみられるように、民族大団結の原則には二つの意味が含まれている。一つは南北が互いに「思想と理念、体制の違いを乗り越え」るということであり、もう一つは「一つの民族としての相互関係を確認」するということである。この二つの問題について検討してみよう。

 まず、思想と理念、体制の違いを乗り越えるということは、どういう意味かということである。それは南と北が各自の思想と理念、体制を譲歩または放棄し、相手側に承服するという意味ではない。反対に各自が自らの信念と主義・主張をそのまま守り、社会体制を保存しながら相手の思想または体制との違いを強調したり絶対視せず、またその違いを問題視しないで、それにこだわらない姿勢を意味するものだといえる。さらに南は北の立場から、北は南の立場から相手を真摯に理解し、それぞれが相手側との共感を形成しようと努力する立場である。このようにすれば不信と憎悪の厚い壁が崩れ、体制の相克関係が次第に緩和、解消されて、一つの民族としての関係が再確認されることになる。

 次に、一つの民族としての相互関係を確認するということはどういう意味なのか。それは思想と体制の違いよりも民族的共通性を優位にすえることである。これは体制の違いに基づく相互反発作用――遠心作用に比べて、民族的共通性に基づく相互牽引作用――求心作用を発揮することだといえる。民族の共通性とは血筋と言語の共通性に基づいた運命の共通性である。言いかえれば、南北は思想と体制が違っていても同じ民族だという点では変わりはない、という民族のアイデンティティーを再確認することである。例えば、一つの家庭で夫婦または親子のあいだに宗教上の信仰や政治的見解に違いがあっても、同じ血肉の間柄という断ち切れない糸で結ばれた結合関係を否認できないのと同じ理である。

 民族大団結を図るということは、南北関係を以上のような二つの側面を包括する状態にもっていくことを意味すると理解するのが正しいだろう。

 元来、一つの民族が統一国家を形成して生きていこうとすれば、民族的団結を果たさなければ ならない。内部のさまざまな要因、例えば地域感情や宗教その他の要因で分裂し、対立と抗争を繰り返すようでは民族は統一を保つことが難しく、漁夫の利をねらう外部努力の侵略を受けて民族の独立まで失う危険にさらされることになる。したがって、団結と統一を民族の当為的な存在方式というのである。ところで、団結を図ることは容易なことではない。ましてや異質な思想と体制によって対立している民族の二つの部分の団結をなし遂げるということは、きわめて困難なことである。だから七・四共同声明では「大団結」と強調したものと思う。

 思想と理念、体制の違いを乗り越えた民族大団結は、高い次元の民主主義だといえる。民主主義の本質的な要求は、ひと言でいえば自由にして自主的に生きようとする人間の権利を擁護し、伸長させるところにある。自由と自主性は人間各自に等しく与えられた権利であり、ここで思想と信仰の自由、良心の自由はその根幹をなしている。特定の思想や信仰だけが認められ、ある思想が異端視されるのは民主主義の理念に反することであり、それはファシズムに通ずることになる。自分の信念や良心を守り主張するとともに、他人のそれをも尊重し、異なる個性や人格、思想や信念をもった人間の交互作用のなかで、社会的に均衡と調和を図ることが民主主義の優れた点である。もちろん、このようにすることは容易なことではない。しかし、そのために絶えず努力し、前進することが民主主義の真の姿ではないかと思う。

 思想と理念、体制の違いを乗り越え、一つの民族として大団結を図るべきだとした七・四共同声明の原則は、発展した民主主義理念の具現化であり、そのような民主主義に基づいて統一祖国を建設すべきだということは、全民族の厳粛な要請だといわなければならない。民族大団結の原則がもつ真理がまたここにある。

 ところが七・四共同声明の発表後、祖国統一の三大原則についての論難が起き、特に民族大団結の原則に反論が集中したことがある。言い方は多様であったが、その論旨は等しく「それはわかるが、できるはずがないではないか」というものであった。かつての韓国政界の元老・兪鎮午氏は、思想と理念、制度の違いは結局人生観や世界観の違いであるのに、同じ民族に属するということだけでは、その違いを簡単には乗り越えられないところに問題があると語った。(1)兪鎮午氏が語ったとおり、人生観や世界観の違いがそれほど問題になるものだとすれば、宗教人と非宗教人、つまり神を信じる者と信じない者とでは世界観で根本的な違いがあるため、その違いを乗り越えて一つの民族としての共同体意識を共有することができない、という結論に達することになる。しかし現実はそうではない。兪鎮午氏の主張は、民族大団結の原則をけなすための理屈にすぎなかった。

 民族人団結の原則に対する非難が、反統一勢力によって提起されたことは当然なことといえる。彼らは自主の原則や平和統一の原則には正面から反対できず、また反対する名分を見つけ出すことも難しかったが、この民族大団結の原則については非難を浴びせられる一定の「論拠」をもっていたのである。

 民族大国桔の原則の実現は、すなわち統一が実現されていく過程であるといえる。それは南北の接近を妨げている障壁を一つひとつ取り除いていく過程となる。具体的にいえば、民族大団結の原則によって第一に南北間の政治的不信が解消されて軍事的対決も止揚され、第二に統一に反する法的、制度的装置が必要でなくなり、第三に外部勢力に依存したり外部勢力の支配と干渉を許す名分もなくなるということである。

 第二節 連邦制統一

   祖国統一三大原則と連邦制

 七・四共同声明の三大原則を論理的に展開すると、その延長線上には一つの体制をもった単一国家ではなく、二つの体制をもつ一つの祖国――連邦制統一国家が浮かび上がる。自生・平和・民族大団結の三大原則に基づいて祖国を統一しようとすれば、連邦制の道へと進まざるをえない。相反する二つの体制に分かれて数十年生きてきたわが民族において、連邦制統一は最善の選択であるだけでなく、唯一の選択だといわざるをえない。

 まず、外部勢力に依存したり外部勢力の干渉を受けることなく、自主的に統一しようとすれば、連邦制をおいてほかにない。

 一般に、ある国が国家の組織形式を連邦制にするか、それとも単一国家にするかは、その国の実情に応じて選択される民族自決に関する問題であって、どちらが自主的か非自主的であるかは、ここでは問題にならない。しかし、相反する二つの体制に分裂しているわが民族の場合には、自主的に統一しようとすれば、連邦制統一方式を選択することがもっとも合理的だといえる。これは次の根拠に基づいている。

 第一に、連邦制統一の道に進むことによって民族の団結を図ることができるし、したがって自主的に統一することができるということである。

 民族にとって自主性が生命であるというとき、その生命力は団結された民族の力、民族の団結力に基づいている。「団結は力である」という言葉どおり、団結できない民族は力を発掘できないし、また力がなくては民族が内外の政策で自主性を発揮できなくなるのは自明の理である。南北に相克的な体制が存在しているわが民族の現実においては、単一国家方式の統一、すなわち体制統一をめざすことになれば、それは一方が他方を抑えて吸収することを意味するため、南北間の対決が激化されて全民族の団結は不可能になり、したがって民族の団結に基づく自主統一をかち取ることはできなくなる。連邦制統一を志向するときにのみ、相克的な二つの体制が互いに容認しあう関係に転換され、民族の総意に基づいた自主統一が可能となる。

 第二に、周辺列強との関係においても連邦制統一か合理的な自主統一の道であるということである。

 わが国の現実では、南北どちらかの体制に基づいた統一を試みるならば、韓半島問題に利害関係が絡んでいる周辺国がこれを好ましく思わず、ブレーキをかけてくるだろう。仮に北の社会主義体制で統一しようとすれば、日本があくまで反対するだろうし、その逆の場合も同様である。歴史的にみるとき、外部勢力に依存したり外部勢力の干渉を許す統一論議は、体制統一を目標としたものであった。米国の軍事力を背景にした李承晩政権の北進統一論や、張勉政権の国連監視下の総選挙案がまさにそのようなものである。また朴正煕政権の先建設・後統一論も、言うならば米国と日本の力を借りて実力を培養した後、北を圧倒する立場で統一するというものであった。七・四共同声明が、外部勢力に依存したり外部勢力の干渉を受けることなく、自主的に統一しなければならないと鮮明にしたのは、まさにこうした体制統一が不当であることを確認したものとして理解されなければならないし、そうだとすれば連邦制統一方式を選択するほかないのである。

 第三に、統一を武力行使によらず平和的方法で解決するためには、連邦制方式を選択しなければならない。

 南北が二つの体制に対立しているわが国の現実において、武力統一は体制統一を意味し、平和統一は連邦制統一を意味するとみるべきである。もちろん総選挙による統一や、相手側に一方のイデオロギーを吹き込み内部から瓦解させた後に統合する吸収統一も、それが軍事的方法ではないという点では平和的方法といえるかもしれない。しかし、今日の時点では総選挙による統一や吸収統一は結局、政治的、思想的な方法で相手を抑えて併呑することを意味し、厳格な意味では南北間の和解と団結を図る平和的方法とはいえない。

「自らおのれの存在を否定する政治権力はない」といわれているが、持続性と永続性を志向する政権一般に固有の属性は、まさに社会体制の特性に基づいている。自らおのれの存在を否定する社会体制というのは存在しない。一定の階級または階層の利害関係、権利などを反映してつくられる社会体制は、持続性と永続性をめざすようになり、そのための政治的装置としてその体制に相応する政治権力をつくりだすのである。このようにしていったん形成された体制と体制擁護の制度的装置の枠組みを崩すことは、決して容易なことではない。

 われわれは、分断半世紀のあいだに南北に固まってしまった体制の存在を、ともに認めざるをえない状況におかれている。今になってどちらか一方を否定して統一することは、たとえ非軍事的な方法で実現されるとしても、厳格な意味で平和的統一とはいえない。七・四共同声明が明らかにした平和統一とは、南北の二つの体制をともに認めて一つの国家の枠内で併存できる統一、すなわち連邦制統一を意味するものと理解するのが正しい。

 思想と理念、体制の違いを乗り越え、まず一つの民族として民族大団結を図るということは、明らかに連邦制統一を指している。思想と理念、体制の違いを乗り越えることも、一つの民族として大団結を図ることも、南と北が互いに相手の体制を容認しあうことを意味し、したがってそれに基づく統一は連邦制統一にならざるをえない。

 今日、われわれの前には体制統一と民族的統一の二つの道がある。体制統一は体制を民族の優位におく統一である。したがって、それは思想と理念、体制の違いを乗り越えるものではなく、その違いをなくす統一であり、民族大団結ではなく民族の反目と対立を深める道である。他方、民族的統一は民族を体制の優位におく統一である。したがって、民族的統一は体制統一とは違い、南北の体制の違いを乗り越えた統一、民族大団結の統一を意味する。このような統一方式は南北の二つの体制を併存させる連邦制統一とならざるをえない。

 分断ではなく統一をしようとする立場に立ち、七・四共同声明の理念と原則から出発すれば連邦制を考えるようになり、連邦制統一を主張するようになるのは自然なことだといえる。

 七・四共同声明の発表後に連邦制統一論が広く語られはじめた事実が、七・四共同声明による統一の道は連邦制による統一にならざるをえないことを物語っている。史学家・千寛宇氏の「複合国家論」がそうであり、金大中氏が「緩やかな連邦制」、言うならば共和国連邦案を提起したのもこの時期であった。八〇年代になって一時期、統一に前向きの姿勢をみせながらも、後になって後退した元ソウル大教授金学俊氏の「南北共栄制論」も注目に値するものであった。(2)海外同胞のなかで、七・四共同声明の三大原則に基づいた統一は連邦制統一であるべきだ、という主張が広く提起されたことについてはいうまでもない。北韓が以前から連邦制統一方案を提案していることも周知のとおりである。

 今日、連邦制統一への志向は民族民主運動勢力のなかで一つの趨勢となっている。学生運動圏はいうまでもなく在野運動圏でも、内容の違いは若干あっても、連邦制をもっとも合作的な統一方式だと主張する声が高まっており、政界の一角でもこれに同調する動きが出ている。統一問題に関する全民連の見解を代弁して、李海学牧師は次のように述べている。「統一は、南北の一方が他方を吸収・併合したり、あるいは圧倒したり圧倒されたりする方法でではなく、共存共生の原則で平和的になされなければならない。このような意味で、連邦制という概念は南北がともに受け入れられる合理的で現実的な方案である」。(3)

 連邦制統一方案は外国においても支持を受けている。日本の国際政治学者・関寛治教授は、わが国の連邦制統一論に強い関心を示しながら、日本が連邦制に気づかないとすれば、日本の政治の文明のレベルの質は、ひどく低いということになろう、と述べた。興味深いのは、米国政府の一角でも一時、南北連邦制による韓半島統一に関心を表明したことである。一九八三年五月、当時の米国務省北東アジア担当次官補オルドリッチは、記者会見で「クロス承認ではない新たな接近方式が接討されている」と語ったが、この新たな接近方法とは連邦制であると解釈された。(5)

 これらの事実は、連邦制統一方案がもつ妥当性と現実性が国内外で広く認められており、連邦制方式で祖国統一を実現しようとすることが大勢になっていることを物語っている。

   連邦制批判に対する反論

 連邦制統一方案は七・四共同声明の三大原則を具現した公正で合理的な方案であり、統一運動が深化、発展する過程を通じてその妥当性が確認されている。しかしそれが論じられて以来、韓国の歴代政権の猛烈な非難と攻撃を受けてきた。朴正煕政権以来、当局者と彼にへつらう一部知識層は、「三段階統一方案」、「民族和合民主統一法案」、「韓民族共同体統一方案」など表現は異なるが、本質においてはみな同じである体制統一論を対立させながら、連邦制統一方案に極力反対してきた。

 ここでいくつかの連邦制非難論を取りあげ、その不当性を指摘することにする。

 連邦制統一論に対する批判論の中には、歴史に前例がないがため不可能だというものがある。国家類型論の見地に立った反対論である。これまで世界に存在してきた連邦制を含むすべての国家は、すべて単一の社会体制に基づいたもので、異質な二つの体制を結合させた国家か、一体成立できるのかということである。理念と体制が異なる二つの国家を永続させる形態は完全な統一とはいえない、とした盧泰愚氏の見解も、「二つの国家を永続させる」という表現自体が不正確ではあるが、いずれにしても、歴史上そのような国家は存在したためしがないことを理由にした、連邦制統一反対論である。(6)

 もちろん、われわれが論議している連邦制統一国家は、相異なる二つの体制を結合させるという点で、歴史に前例のない類型の国家である。歴史に前例がないために、それが実現不可能なことだというならば、連邦制批判論者に反問したい。歴史とは何かと。歴史は単なる時間の流れではない。より自由で自主的な生き方を志向する人間が、より良きもの、より新しいものを求めて自然を征服し、社会を発展させてきた過程、それがまさに歴史というものである。人間が過去の体験と既成の知識のみにとらわれて前例のない新しい体験を避け、新しい知識を創造しようとしないならば、人間社会は沼のように停滞し前進は止まってしまうだろう。「必要は創造の母」という言葉があるように、今われわれは半世紀にわたる分断を克服し、統一をなし遂げなければならない民族最大の課題に直面して、南北連邦制という歴史に類型のない国家を創造しようというのである。連邦制批判論者はまさにこの歴史の要請を理解できずにおり、したがって歴史そのものを十分理解していないといわなければならない。

 次に、わが民族の現実からみて、連邦制統一は不可能な空論にすぎないという主張がある。まったく異なる理念と体制をもつ二つの異質化された社会を、一つの民族国家に統合しようとすれば、まず異質化を解消しなくてはならないのだが、それをおいたままどうして連邦制統一国家を形成できるのかというのである。だから段階的過程をへて、南北間の異質性を一つひとつ解消することが先決課題だという。わが民族がおかれた現実から、二つの体制の併存に基づいた連邦制統一が不可能な空論だとするならば、体制単一化に基づく統一はもっと望みのない主張だといわなければならない。南北双方が各自の体制を放棄しようとしない条件のもとで、一体いつになったら体制の単一化ができるのか、先の見えない遠い話である。

 ある論者はまた、国家を形成するにあたっては求心点がなくてはならないのだが、何を求心点にして連邦国家を形成しようというのか、まったく理解できないことであり、この点からも連邦制方案は観念的だと主張している。言いかえれば、国家形成の求心点は単一な社会体制に基づくものであって、異質な体制間には求心点がありえないという主張である。

 人びとを一つの国家に凝結させる求心点とは何か。領土と人民と、それを治める統治権力で成り立つものが国家だと理解するとき、統治権力は同一地域で共同の生活を営む人びとの共同の利害関係を代表し、それを実現し伸長させる委任を受けて成立するものである。住民の共同の権益がまさに国家を形成する求心点といえる。われわれのように単一民族として一つの国家を形成し暮している場合には、国家を構成する住民は民族と区別されない。住民共同の利益はすなわち民族共同の利益である。一つの国家の中で多様な思想と信仰をもつ人間が暮しているのと国じように、たとえ体制は違っていても同じ民族という運命一体意識を基礎にして、共同の利益のために一つの国家をつくりだそうというのが連邦制統一方案である。

 体制が違えば統一国家形成の求心点はありえないという主張こそ、民族より体制を優先させて民族の統一を拒否するものにほかならない。

 連邦制統一方案に反対するもう一つの主な論拠は、北韓がそれを主張しているためだという。北韓が主張する「高麗連邦制」は、「赤化統一の底意が秘められているきわめて危険な戦術的方案だというのである。「言葉によって人を捨てず、人によって言葉を捨てるな」という格言がある。だれが主張したかにこだわらず、事実求是の立場で正しいものは正しいと判断し、間違ったことは間違っていると判断せよという意味である。北韓が連邦制統一を主張していることは事実である。しかし、北韓の主張だからといって頭から拒否することは、一種のアレルギー症状、言うならば「反共アレルギー」の表現であって、民族の運命がかかっている統一問題に対してとるべき態度ではない。特に連邦制統一方案は体制の単一化に反対し、南北の二つの体制が一つの国家のなかで共存を図ろうということであるのに、それかどうして「赤化統一」をねらうものだといえるのか、かえって連邦制に反対して体制統一を主張する人たちこそ、北韓の体制を制圧し吸収して「勝共統一」をしようとするものではないか、という疑問が起きる。

 連邦制は北韓でだけ主張しているものではない。南韓でも連邦制統一を主張する声は高く、海外同胞社会でも広く提唱されている。連邦制と聞くと、無条件に北韓の統一方案だと決めつけて異端視するのは、非理性的な思考の表現であるといわざるをえない。

 以上のように、連邦制批判論には肯定的な論拠がないといえる。

 ここで、連邦制批判論を批判している韓国の良心の声をいくつか紹介しよう。崇実大の李三悦教授は次のように指摘している。「われわれは、高麗民主連邦共和国方案がなぜ危険であり、南側の民族和合民主統一法案がどの点でもっと優れているのか、理解できない」。(7)

 ソウル・郷隣教会の洪根洙牧師はもっと強い語調で、北韓の連邦制統一方案を頭から異端視する当局の立場を非難した。「盧泰愚大統領の七・七宣言も、基本論理は両体制の承認を前提にしている。一方、北韓が主張する統一論も、南北韓の現体制の維持と、それに基づく自律的な生活を前提とし、そのうえに統一連邦政府を別に構成して、軍事・外交・民族問題などを協議していこうということである。それにもかかわらず、これを受け入れられない理由がどこにあるのか」。(8)洪牧師は八八年九月初め、KBSの深夜討論でこのように主張した。ところが、それから二年半が過ぎた九一年二月、洪牧師はその深夜討論の内容が国家保安法に違反するとして逮捕された。

 結局、連邦制統一に反対するのは、統一を放棄して分断されたまま暮らそうという主張以外のなにものでもない。連邦制による統一方案は、分断半世紀を生きてきたわが民族の良心が見出した最善の統一方案であり、現時点においては唯一の選択であるといえる。これさえもだめだというならば、統一は止めようという主張に等しい。わが民族が進むべき道は、ただ一つ連邦制による統一をたたかい取る道のみである。

 第三節 連邦制と中立化

  国際関係からみた韓半島の統一問題

 わが国がおかれている現状では、連邦制による統一は国際関係において中立の立場をとらざるをえないし、連邦制は中立化と結びつかざるをえない。中立化によって連邦制統一はより確実なものになり、統一された連邦国家は堅固な基盤のうえに立つことができる。連邦制と中立化のこのような相関関係を確認するために、まず国際政治の視角から韓半島の統一問題を検討してみることにする。

 わが祖国の統一問題は民族内部の問題、民族自決に属する問題であるけれども、それは国際政治とまったく関係がないということではなく、密接に連結されている。それは分断が外部勢力によって始まり、分断の深まりが外部勢力によって促進され、分断を克服し統一を達成するうえで外部勢力の干渉と支配が最大の障害になっているという意味での話である。

 統一問題を解くうえで、基本は民族内部の分断された二つの部分の相互関係を主体的に再調整することであるが、外部に目を向け国際政治との関連関係を考慮しないならば、問題を順調に解決することができない。統一問題において国際的側面――列強の影響力だけを重視し、民族の内的側面を軽視することはもちろん誤った事大主義的視角であるが、反対に統一問題と連結されている国際政治の側面――周辺諸国との関係問題をまったく度外視することも誤った態度である。わが祖国の統一問題の民族内的な側面を重視しながら、これとともに国際政治の視角から韓半島がおかれている特殊な状況を透視し、国際情勢の変化に主導的に対応する立場に立たなければ、複雑に絡んでいる統一問題解決の端緒をつかむことかできない。

 国際関係のなかで韓半島の統一問題を考察するにあたっては、まず韓半島が占めている地政学的位置の特殊性から考えてみる必要がある。北東アジア大陸の東北部にあって大洋に向かって突き出ている韓半島は、海洋から大陸に上陸するうえでも、大陸から海洋に進山するうえでも格好の足場の位置にある。韓半島を指して「アジアののどくび」と呼んだのも誇張された表現ではない。このような韓半島の周辺にある国はそろって大国である。中国やロシア、日本がそうであり、米国は太平洋のかなたにありながらも、歴史的に韓半島問題に深くかかわり介入してきた大国である。

 米国と旧ソ連がわが民族の意思を無視し、彼ら同士でわが国を分断したのは、このような韓半島の地政学的位置と関連している。資料によれば、一九四五年七月、連合国は韓半島の位置からみてどの国も韓半島で主導権を独占的に掌握することが難しく、またそうしてはならないという前提のもとで、旧ソ連の対日参戦と戦後処理問題などを討議するため、ポツダム会談(9)を開いたという。三八度線による韓半島の分断は、このように列強間の勢力均衡を図るという合意に基づくものであった。こうして分断が始まった韓半島は、東西冷戦の始まりとともに「冷戦の最前線地域」にされてしまった。

 では、東西冷戦が終わったといわれる今日の国際情勢下で、韓半島にも当然、和解と平和が訪ずれてしかるべきだが、現実はそうではない。南北の対峙関係はそのまま持続され、かえって増幅されている。韓半島は雪解けのないまま唯一の「冷戦の孤島」として残っているのだ。その理由は何だろうか。この問いへの答えは冷戦体制終結の実相に求めなければならない。

 まず、東西冷戦秩序の変化が主にヨーロッパを中心にして起こり、世界の他の地域ではそうした変化過程がきわめて緩慢か、あるいはこれといった変化が起きていない事実に留意する必要がある。かえって新たな衝突と戦争の危険が高まっている地域もある。韓半島はこのような地域の一つに属する。

 次に、冷戦体制の解消が東西両陣営の均衛のとれた相互調整によってではなく、主にソ連と東ヨーロッパの体制変化によってなされた事実に注目する必要がある。言うならば、ソ連共産圏の崩壊によって東西間の対決関係がなくなったのである。これは国際関係での力の均衡が崩れたことを意味する。このような政治的力学関係の急激な変化は、第二次大戦後、一貫して世界支配戦略を追求してきた米国を国際舞台でますますごう慢にさせている。

 韓半島に雪解けが訪ずれず、民族解放の課題、統一問題解法の糸口をなかなか見いだせていない理由がここにある。具体的にいえば、早くから「二つの韓国」路線を追求してきた米国は、ヨーロッパで冷戦体制が解消された新たな情勢下で、韓半島の統一勢力を抑えつけて北韓に対する対決を強化し、どのようにしてでも分断の合法化を実現しようとしており、この戦略の先頭に韓国執権勢力を立たせているのである。これが「冷戦の孤島」として残されている韓半島の実態である。

 歴史は繰り返されるという言葉があるが、二十一世紀を目前にしている今日、わが民族がおかれている危機的状況は、まさに百年前、十九世紀が終わり二十世紀に入ろうとしていた時期とよく似ている。当時、韓半島の支配権をねらっていた周辺列強の勢力争いと、その前で右往左往していた封建支配層の事大主義的な対外屈辱行為によって、民族の命運は風前のともしびのように揺れていた。

 当時の状況について、姜萬吉教授は「大韓帝国が直面した四つの道」という論文のなかでこう指摘した。すなわち政治、軍事、経済面で周辺国よりも立ち遅れていた大韓帝国が、韓半島をとり巻く国際関係のなかでとりうる道は、第一に大陸勢力と緊密な関係をもちながら制約された主権を維持するか、第二に大陸侵略の野望に燃えていた日本と、それを後押ししたイギリスや米国など海洋勢力の影響力下に入るか、第三に大陸勢力と海洋勢力との協商によって南北に分割されるか、第四に韓半島をとり巻く列強の利害関係を逆用して、緩衝地帯化、中立地帯化することによって独立した主権を維持するか、の四つの道が考えられたという。そして被は、大韓帝国はその中で最悪の道の一つである海洋勢力による植民地化の道を歩み、その植民地から解放されながらも、韓半島はもう一つのよくない道である大陸勢力と海洋勢力の影響によって分断をもたらしたと強調し、大韓帝国が直面した四つの道は、決して大韓帝国期だけの道ではなかったと主張している。(10)

 姜萬吉教授の見解によれば、当時与えられた四つの道のなかでもっとも望ましい道は、韓半島を緩衝地帯化、中立地帯化にする道であった。彼は同じ論文で一八八五年、当時の朝鮮駐在ドイツ副領事ブッドラーが韓半島の中立化論を朝鮮政府に建議したことがあり、同年、米国留学から帰ってきた兪吉濬氏が、やはり「中立だけがわが国を守る方策」になるとして中立化論を提唱した事実を強調している。しかし自主性が欠けていた政府は、主導的な外交政策で中立化、独立をかち取るほどの力がなく、国の運命は急激に傾いていった。

 それから百年が過ぎた今日、わが祖国、わが民族の前には大きく二つの道が与えられている。一つは分断体制を維持し国定させ、二つに引き裂かれた姿のまま次の世紀を迎える道であり、もう一つは統一を達成し、再び一つになって二十一世紀に移っていく道である。分断を合法化する道は、民族解放の意志を放棄し外部勢力の支配と干渉をそのまま許す道である。統一の道だけがわれわれが選択すべき道、われわれが進むべき栄光の道であるということはいうまでもない。周辺列強との関係のなかで、特に外部から分断固定化をねらう力が強く働いている状況下で、統一の道を模索するとき、中立化問題を考えざるをえなくなる。

   中立化論、昨日と今日

 韓半島の中立化構想はことさら目新しいものではなく、わが祖国が分断された当時から取りあげられてきた問題である。解放直後の四五年九月に、金在俊牧帥は「キリスト教の建国理念、国家構成の最高理想とその現実性」という主題の講演のなかで、「わが国は真の意味での永世中立国でなければならない」と述べた。(11)まだ民族の分断が確固とした現実になっていなかった時期であったが、何か危険を予感して提示した見解ではなかったかと思う。

 その後、五〇年代になって在日の金三奎氏、在米の金龍中氏らが中立化論を提唱し、四月革命直後には社会大衆党や社会党など、革新系の主要人士の中から中立化統一を主張する声が高まった。分断祖国の南と北にそれぞれ異なる体制が定着して根を下ろし、外部からは東西冷戦の風が強く吹きよせていた時期であった。

 六〇年代に入って南北の二つの体制が厳然とした現実となり、冷戦の対決様相がさらに先鋭化されていた時期に、米上院議員のマンスフィールドが韓半島の中立化統一論を提唱した。彼が六七年一月二十三日に提案した中立化統一論の骨子は、五五年に達成したオーストリア統一にならって、米・ソ・中の三国によって保障される中立を土台にし、南北を統一させようというものであった。七〇年代をへて八〇年代にいたると、中立化統一論が国内外の同胞と外国人のなかで広く起きるようになったが、これは内外の世論が中立化が韓半島統一のもっとも合理的で可能な道である、と肯定する方向に向いていることを示している。

 このような中立化統一論は、かつて韓半島で冷戦対決が厳しい時期に提案されたものであって、冷戦体制が解消されたという今日では、それがどのような意味をもつのかという疑問をもつ人もいるだろう。その疑問については、冷戦時代の終結に伴って、ヨーロッパで中立の概念を再検討しなければならないという主張が起きているので、まずそれを検討し、韓半島の中立化問題を論議することにする。

 ヨーロッパで冷戦を終息させた変化の波によって、スイスは中立を守るという栄誉ある伝統が崩れはじめ、自己の位相を再検討していると外信は伝えている。ヨーロッパで東西の区分がなくなり、ヨーロッパの統合過程が促進されている状況下で、中立は考えられないことだというのである。このような動きはスウェーデンをはじめヨーロッパの他の中立国にも現れている。政治的、経済的に統合されたヨーロッパ連邦が論議されており、そのヨーロッパの中央に位置しながら局外者として残って中立を守るということは、孤独で疎外感をもつだろうという点で一応うなずけることである。しかし、そこには深く掘り下げて検討すべき問題点がある。

 第一に、中立という国際法上の概念は、地球上に共産主義陣営が形成され、資本主義世界との対立が生じる以前に生まれたものである。近代的な国民国家が生まれ、国家と国家が対決するという厳しい状況が形成されるに伴って、中立という問題が必要になったのである。一八一五年、スイスが独立とともに永世中立の地位を獲得することができたのは、ナポレオンによる戦争の苦痛を凄惨なまでに体験した後になされた、国際的合意に基づいて可能だったのである。東西対決が解消されたからといって、今後、国際政治で国家間の対決状況が絶対に起きないだろうと断言できない。

 第二に、ヨーロッパ統合に関する構想が、果たして強大国の力の政治が完全に排除され、すべての国家の自主権が確保された基礎のうえでなされる、国際主義的なものであるのかということである。ヨーロッパ共同体(EC)の創設と発展過程が示しているように、ヨーロッパの統合とは、西ヨーロッパが米国および日本と対抗して経済的利益を共同で図ろうとするところに基本目的があり、現在でもそうだとみるのが正しい。ヨーロッパ共同体の経済的基礎はあくまでも多国籍企業である。より多くの利潤追求を生理とする独占資本が存在するかぎり、真の意味での国際主義は成り立たない。

 このような二つの問題点に基づいて判断するとき、今日の国際政治で中立という概念が無意味になったとするのは速断といわなければならない。政治的、軍事的中立が必要でなくなる世界は、まだ遠い未来のことであろう。すべての民族、すべての国民の自主性が絶対的に保障される国際関係が樹立され、国際社会が完全に民主化されるとき、世界には国家間の対決がなくなり、支配と隷属もなくなることだろうし、そのときになって中立も非同盟も必要でなくなるだろう。覇権を追求し、支配をねらう強大国が存在するかぎり、中立も必要であり非同盟運動もより一層活性化しなければならない。中立と関連した国際関係は、このようにみるべきであろう。ましてや韓半島のような特殊地域で中立化問題は意味がないとみる根拠はない。

 今日、韓半島をとり巻く周辺諸国の動向をみるとき、過去に比べ大きな変化が起きたことだけは事実である。かつて互いに同盟関係にあり、北韓とそれぞれ相互援助条約を結んでいた中国とソ連が一時、対立関係に変わったが、最近和解したとはいえ、もとの同盟関係には戻っていない。米国と相いれない関係にあった中国が、七〇年代に米国と友好協力関係を結び、韓国とも段階的に接近する様相をみせている。米国との対決を終わらせて同伴者関係に移っていったソ連は、その流れのなかで韓国と修好関係を結ぶことになった。他方、米国と日本は今なお国盟関係にあるとはいえ、日本が米国を脅かす経済大国に成長し、今では政治大国として国際社会に進出するようになった。

 これまでみてきたように、韓半島周辺大国のイデオロギー対決は緩和されたといえるが、韓半島問題に臨むこれらの国の態度は微妙であり、その利害関係は依然として複雑に交錯している。韓半島問題を中心に自国の国家利益を追求する周辺諸国の態度と立場、動きは決して一様ではありえない。こうした状況のもとで韓半島の統一を達成する道は、周辺諸国の政治的力学関係を聡明に主導的にとらえて、中立化を実現することだといえる。中立化は、韓半島の分断固定化をねらって起こりえる国際的取り引きと陰謀を打ち砕く道であり、統一の基本障害である米国の韓国に対する政治的、軍事的支配と干渉を取り除く道となるであろう。

   連邦制統一と中立化の関連性

 わが国で中立化が望ましい統一の道とするならば、最真の統一方式である連邦制と中立化は一定の連関があるとみることができる。

 実際にこれまで提起されてきた連邦制統一に関する主張は、多くの場合、統一された連邦国家が国際関係で中立であるべきだとする立場と結びついていた。

 それでは、連邦制統一と中立化を互いに結びつける共通点は何なのか。それは両者の根底にある理念の共通性に求めなければならない。連邦制は七・四共同声明の三大原則を具現している統一方案である。したがって自主・平和・民族大団結の三大原則と中立化構想の相互関係を明らかにすれば、連邦制統一と中立化との相関性もおのずと明白になろう。

 まず、自主統一の原則が中立の概念と通じているとみることができる。われわれが統一をするということは、民族解放の課題を実現し、民族の自主権を回復することを意味するので、統一された祖国は自主的な国にならざるをえない。統一祖国が自主性を堅持していくには、韓半島問題で利害関係が絡みあっている周辺列強との関係でどちらにも偏らず、どの国の衛星国にもならない厳正中立の国にならなければならない。

 また、平和的に統一しようとすれば、中立化の方向に進まざるをえない。統一された祖国が中立の地位を保ち、緩衝的な役割を果たすという前提にたってこそ、南北双方が和解し、接近して平和的に統一することができる。周辺列強との関係でどちらか一方に偏る政策を実施すれば、たとえ統一しても紛争が起きて平和を維持できなくなり、さらには統一を保つことが難しくなる状況が生じることもある。中立の道だけが確実に平和統一を実現させえるし、統一後も平和を保障する道なのである。

 民族大団結の原則が中立と通ずるということはいうまでもない。中立を守り緩衝的役割を果たす前提のもとで、南と北が思想と体制の違いを乗り越え、また民族大団結を図ることができる。統一祖国が中立を守らず周辺のどちらかの国に偏れば、体制対立が再現され民族の団結が崩れることになる。

 七・四共同声明の三大原則は、このように中立化統一と連結されている。韓半島の中立化構想が三大原則と互いに通ずるので、この三大原則を具現している連邦制統一と中立化構想は互いに不可分の関係にあるといえる。

 一般に、連邦制と中立のあいだには必然的な連関があるのではない。中立は国際法上または国際政治上の概念であって、国際関係の側面から提起される問題であり、国内的に国家の組織形式と連関して提起される問題ではないという意味である。そのために中立の様相もまちまちであるが、国家の組織形式もさまざまである。オーストリアとスウェーデンは中立国でありながら国連に加盟しているが、スイスは同じ中立国でありながら国連には加盟していない。またスイスとオーストリアは永世中立を宣言しているが、スウェーデンはそうではない。特に、国家の組織形式でみると、スイスとオーストリアは連邦国家であるが、スウェーデンはそうではない。中立国でありながら連邦国家であるスイスとオーストリアについていえば、その連邦制が中立化のためのものではなく、宗教上の違い、地域的な伝統など内部的な要因によるものである。

 しかし今日のわが国の現実では、連邦制と中立は互いに密接に連関しているといえる。中立化統一をしようとすれば連邦制を形成しなければならず、連邦制が実現されれば中立政策をとらざるをえないのである。中立をとらなければ連邦制が実現できないように、連邦制に向かわなければ中立化統一は難しい。われわれにとって連邦制統一と中立は、互いに切り離せない関係にある。連邦制統一は即中立化であり、中立化は即連邦制統一といえる。

 連邦制統一と中立がこのように互いに密接な関係をもつようになるのは、わが国の中立が周辺列強との関係という国際的側面の要求を反映しているだけではなく、南北関係という民族南部の要求も反映しているためである。統一されたわが国が周辺列強との関係で中立を守ろうとすれば、南北の二つの体制を併存させる連邦制をとるのが合理的である。そうではなく、どちらか一方の体制を否定するようになれば、周辺国家との関係で厳正中止の地位を保てなくなる。また二つの体制を併存させる連邦制を形成すれば、この統一国家は中立の立場をとらざるをえなくなる。中立路線から逸脱して周辺列強のある国に偏れば、連邦に包括されている二つの体制の結合は崩れることになる。南北の二つの体制が共存する中立化されたわれわれの統一国家は、これまで知られたどの中立よりもはるかに堅固な基礎をもつ中立国としての地位を守ることになろう。

 このように、連邦制と密接に結びついている韓半島の中立化は、次の点で従来の中立とは一定の異なる特徴をもっている。

 第一に、韓半島の中立は民族自主精神の発現だということである。われわれが中立化統一をめざすのは、一つの統一国家を形成する道が塞がれて、やむをえず受動的に選択する道ではない。この道は厳しい国際政治の場で周辺列強との関係を主体的立場から調整し、民族の自主性を確立しょうとする決心に基づいて主導的に選択する道である。したがって、われわれの中立は国際的な保障を絶対的な前提条件としたものではない。もちろん中立は国際政治上の概念であるだけに、国際的な保障が必要である。問題は、われわれの中立が従来の中立のように列強の合意によって外部から押し付けられたものではなく、われわれ自らが外部に向かって主体的にたたかい取る中立だという特徴がある。われわれの中立は、大国にはさまれて圧迫感を感じ、周りの顔色をうかがいながら均衡を図る綱渡り式の不安定で不自由な生き方をするのではなく、堂々と胸を張って生きていく立場であり姿勢である。

 第二に、われわれの中立は、強大国の支配政策の一つの方便でもある勢力均衡政策とは無関係であり、むしろそれを排除するという点で従来の中立とは違う。強大国の勢力均衡政策に基づく中立は、力の均衛に変動が生じるにしたがってその地位と機能がたやすく侵され、破られてしまうことは、これまでの国際関係でよくみられたことである。われわれの中立は民族の自主性に基づいたものであるため、列強間の勢力均衡にどのような変化が起きてもその影響を受けず、積極的で自主的な中立と緩衝機能によって列強の力の政策に反作用し、それを調整、抑制するまったく新しい均衡作用を果たすことができる。

 第三に、われわれの中立は確実で恒久的な国際平和に寄与する中立であり、均衡だという点に特色があるといえる。勢力均衡による平和が、甚だ不確実で不安定な一時的なものでしかないことについては、早くから批判されてきた。強大国間の勢力均衡は絶えず変動するものである。今日、世界の各地域で起きている地域紛争も、つきつめるとそこには勢力均衡政策に示される強大国の力の政策が作用しているのである。勢力均衡政策を排除するわれわれの中立と緩衝の機能は、韓半島を確固とした平和地帯に変え、さらには北東アジアと世界の恒久的な平和秩序の確立に寄与することができる。

 結論的にいえば、七・四共同声明の三大原則に従って、南北の二つの体制をそのまま保ちながら中立化された連邦国家が誕生すれば、韓半島は資本主義と社会主義間の緩衝的な中立地帯となるだろう。そうなれば、わが国は周辺のどの国にも脅域を与えず、むしろ均衛のとれた善隣友好関係を結び、平和に暮していく国として国際社会の称賛を受けるようになるだろう。

 注

(1)兪鎮午(憲法学者・新民党党首)「何が統一を遅らせているのか」(『新東亜』一九七二年九月号)

(2)金学俊(前ソウル大学教授)「民族統一運動の転換期」(『新東亜』一九八〇年一月号)

(3)李海学(前全民連祖国統一委員長代行・牧師)「統一論争の現況に対する所見」(全民連級国統一委員長代行として統一政策に関する国会公聴会で行った陳述『政党・社会団体の統一論議』国会統一政策特別委員会発行・一九八九年十月)

(4)関寛治「非同盟再建のニューリーダー」(『エコノミスト』一九八〇年八月十九日号)

(5)在米同胞誌『アジア・アフリカニュース』(一九八三年五月二十五日付)

(6)「韓民族共同体統一法案」と関連して、盧泰愚大統語が一九八九年九月十一日、国会本会議で行った特別演説要旨(『朝鮮日報』一九八九年九月十二日付)。この演説から必要な部分を引用すると――「統一された国は単一国家でなければならず、これがわが民族の願望である。理念と体制が異なる二つの国を永続させる形態は完全な統一とはいえない」

(7)李三悦(崇実大学教授)「統一問題を優先課題にせよ」(『月刊朝鮮』一九八八年二」月号)

(8)洪根洙牧師の会見記事(『ハンギョレ新聞』一九八八年九月二十二日付)

(9)『統一白書』(韓国国会国土統一研究特別委員会報告・一九六七年)

(川)姜萬吉(歴史学者・高麗大学教授)「大韓帝国が直面した四つの道」(『韓国民族運動史論』ハンギル社・一九八五年発行)

(H)金敬宰「分断時代のキリスト教と民族運動」へ『民族主義とキリスト教』民衆社発行・一九八一年)金在俊牧師の韓半島中立化に関する構想は、金敬宰教授が上記の論文で紹介したものを引用した。