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「わが祖国統一論」第4章

 第4章

第四章 再統一のための南北の接近と対話

 分断祖国の再統一は、わが民族史の流れのなかでみるとき、歴史的な当為性をもち可能な問題であるが、それが直ちに実現性を意味するものではない。当為的で可能なものが現実に転換されるためには、一定の条件がつくられなければならない。その条件をつくり成熟させていくのは人間である。当為性と可能性を確認し、それを現実に変える人間の主体的努力によって、当為的で可能な問題が生きた現実になる。

 われわれが祖国を統一しようとすれば、断絶状況にある南と北を互いに接近させ、対話をとおして一つに通じあう過程をへなければならない。これが統一の当為性と可能性を現実に転化させる必須の条件といえる。

 このような条件をつくりだす主体は、まさにわが民族自身である。ここでいう「南北の接近」とは、互いに背を向けている南北の政権当局が、向き直って歩み寄ることだけを意味するものではない。それは統一の主体である南北の同胞が主人となり、国土を断ち切っている壁を突き崩す作業であり、凍てついた心と心を溶かして心を一つにさせる作業である。当局者間の接近と対話はこのために必要であり、意味もある。

 一九九一年末、南北高位級会談で採択された「南北間の和解と不可侵および交流・協力に関する合意書」と「韓半島の非核化に関する共同宣言」は、南北関係を改善する転換的契機をつくったものといえるが、それが全民族に祖国の平和と自主的統一のための闘争へ、主人として主導的に参与しうる道を開いてくれるときのみ、意味があり価値があるといえる。かつて朴正煕政権が七・四共同声明に合意しておきながら、それを民衆の統一運動への弾圧と長期執権のための政略に悪用したような、背信行為が繰り返されてはならない。

 したがって第四章では、南北合意書と非核化宣言が採択された新たな状況下で、南北関係の再調整のためのいくつかの問題点について検討することにする。

 第一節 南北和解の障害物の除去

   政治的不信の解消

 分断から今日までの南北関係史を振り返ってみると、南北間に余りにも長いあいだ、政治的、思想的な面で互いに信じるよりは憎悪する感情が双方を支配してきた。これが南北の接近と和解を阻む重要な要因となってきたのである。信頼と不信は、社会的関係を相反する方向に向かわせる二つの概念である。個人と個人、集団と集団のあいだに互いの信頼関係が築かれれば双方の隔たりがなくなり、互いに胸襟を開いて接近し協力する関係がつくりだされるが、互いに不信しあうようになれば誠実な交際が成り立たない。

 信頼と不信という人間心理の二つの側面は、時間がたつとより積極的な方向へ進むようになる。信頼関係が続けば、愛という熱い感情に発展し、後には他人のために自分を捨てることさえいとわない犠牲精神に昇華する。逆に、不信関係が長く続くと、不信という消極的な心情から憎悪という積極的な激情に変わり、遂には相手を消滅させようとする敵意を抱くようになる。

 長い歴史をとおして一つの領土で共同の生活を営み、仲むつまじく暮らしてきたわが民族がおかれている今日の現実が、これをよく物語っている。南北に引き裂かれた半世紀のあいだ、休戦ラインをはさんで互いに不信感情だけを深め、その感情が今では敵意の段階を越え、それも敵国間にもまれな激しい憎悪心に変わってきている。いったい、世界の「国境線」のうちで韓半島の休戦ラインのように半世紀間も扉を閉じたまま、相手側に憎悪のまなざしを向けあっている境界線がどこにあろうか。国内においてだけでなく、外国に出て国際会議に参加する南北の代表が、世界の面前で互いにこきおろし、非難しあう行為を繰り返してきたことは、わが民族の悲劇であり恥だといわなければならない。

 南北関係で相互の接近と和解を阻んできた基本要因は、このように積み重ねられ増幅してきた政治的不信関係によるものである。

 このような不信関係が生じ悪化してきたのは、南北のイデオロギーと体制が異なるためであり、したがってこの不信の風潮は社会各界に普遍化した心理とみる見解がある。しかし、そうではない。問題をこのようにみるのは、民族の観点ではなく体制の観点、体制優位論にたっているがためである。このゆがんだ不信の心理は、分断体制のなかで利益を得ている特権勢力や執権勢力によって意図的に強調され、社会に広められているものである。

 この点を念頭におくとき、南北間の政治的不信を解消し、それを信頼関係に転換させるにあたって、政権当局が負っている責仕は実に大きいといわなければならない。当局がこの責任を果たす道は、言うまでもなく南北合意書の南北和解に関する諸条項を誠実に履行することにある。

 何よりも重要なことは、南北合意書の前文に明らかにされている立場――南北関係を国と国との関係ではない、統一をめざす過程で暫定的に形成された特殊な関係として認める民族的立場、体制優位の観点ではなく民族優位の立場に立つことであるといわなければならない。これは南北間の政治的不信を解消し、信頼関係を構築する基本前提であり出発点となる。具体的に、南北合意書の南北和解に関する条項を履行するにあたって、次のようないくつかの措置が優先的にとられなければならない。

 第一に、体制が異なる相手の存在を否定する法律を再検討し、南北関係を改善する方向で修正または廃棄することである。

 相手側の体制を否定し、その存在を認めない法律を存続させたままで、和解や信頼関係の醸成を唱えるのは理にかなっていない。韓国の現憲法には、韓半島全体が「大韓民国の領土」(第三条)であり、「統一は自由民主主義的基本秩序に立脚する」(第四条)となっているが、これは北韓を「未回復地」とみて、今後、吸収統一あるいはその他の方法で失地回復するということを明文化したものである。また、北韓を「反国家団体」と規定した国家保安法については、なおさらいうまでもない。このような状態で、果たして北韓に向かって南韓当局に善意をもって対応するよう要求したり、またそれを期待することができるだろうか。したがって、憲法をはじめいっさいの反統一的な法律を改廃しなけばならない。他方、北側も南側の存在を否定する法律があれば、当然、改廃しなければならない。

 これとともに「反共国是」についても論議する必要がある。一般的に、どのイデオロギーを信奉し反対するかは、主に人間の思想や信仰生活に関する問題であるが、自分の信じるものが定立された後に、それと食い違う思想あるいは宗教などについて反対や批判を行うことができる。自分の信条は明確にしないまま、特定のイデオロギーに反対することが自分の信念だと強弁するなら、そのような人は実際は信念をもった人とはいえない。まして特定のイデオロギーに反対することを国家政策の基本――国是にするということは近代国家では話にもならない。この意味で「反共国是」には妥当性がないというべきである。

 反共国是は最近、盧泰愚政権の北方政策と関連して、その「反共」の意味が次第に縮小され、今では「反北」に限定されている。反共国是が反北国是に変わったわけである。これでは南北間の敵対感情の解消や和解について語ることができない。当然、反共国是を撤回して統一国是に代えるべきであり、それに伴って反共のためのいっさいの制度的装置を撤廃しなければならない。

 第二に、南北双方が互いの約束を無条件に徽底して守ることである。

 非難は、互いを理解せず信じないところから始まるものである。非難が続くと不信の感情が憎悪と敵意の段階に増幅され、次第に非難自体も単なる非難の次元を超え、威嚇と脅迫の性格を帯びるようになる。分断後、南北間にはあまりに長いあいだ非難合戦が続いてきた。その間、南北間の感情的な対立はさらに激化し、非難自体も一段と険しいものになった。この非難合戦は民族の和解と統一を願う民衆の心を傷つけ、南北間の溝をさらに広げただけで、南北関係の改善になんら役立たなかった。かつて七・四共同声明のなかで祖国統一三大原則を明らかにし、その履行のための最初の措置として、相手側を誹謗・中傷しないことを約束したのはそのためである。しかしこの合意は間もなく破られ、以前よりも一層険しい非難の応酬が繰り広げられた。

 今回、南北双方は南北合意書で誹誇・中傷の中止を再び約束した。しかし今後、南北間の接触や対話、交流が頻繁になるに伴って、いつどのような問題で感情が高ぶり怒声があがるかわからない。南北双方はこれからはどのようなことがあろうと、最後まで自制自重し、非難合戦に逆戻りすることがないようにしなければならない。

 ここで言論の役割が重要である。非難合戦で常に先頭に立ってきたのは、ほかならぬ言論である。南北関係で何かの問題が生じ非難の応酬が始まると、声を大にして怪気炎を上げるのは決まって言論であった。当局者はマスメディアを動員して相手側をけなしたり刺激したりしてはならない。特に相手の体制を誹謗することは慎まなければならない。当局が自重するだけではなく、言論自体が社会の木鐸としての本来の自主的な姿に立ち返るべきである。

 七〇年代の朴正煕政権時代に言論は立派にたたかった。当時、東亜日報や朝鮮日報が展開した自主言論守護闘争はまだ国民の記憶に新しい。ところが、八〇年代の初めに、全斗煥軍事独裁政権によって言論機関の統廃合と良心的記者の大量解雇措置が強行されて以来、自由言論の栄光は地に落ち、大部分の言論機関は制度言論のくつわをはめられてしまった。現在、若干の言論機関が七〇年代闘争の伝統を継いでいるだけで、大部分の言論は官権と金権の束縛から脱し切れないでいる。言論の自由、自主言論をたたかい取ることは、南北間の非難合戦を終息させて政治的不信を解消する近道である。

 国内だけではなく国の外においても、南北双方は対決と競争を止揚し協力を図らなければならない。国連などの国際機構や国際会議で、南北の代表がすぐには歩調を合わせ協力できないとしても、まず互いに非難し攻撃することだけは慎むべきである。

 第三に、南北間の交流を遮断する装置を取り除くことである。

 これは経済・文化・科学・言論や離散家族の再会など、国民生活の各領域にわたる交流と協力を明らかにした南北合意書の履行のために、当然、優先的に解決すべき問題である。

 意思の疎通は信頼とつながり、遮断は不信に通じる。互いに信じあう間柄には壁はありえない。心のなかに壁がなく、実際の生活でも垣根のない、自由な往来が実現されなければならない。信じあえないときには垣根を高くし、往来を絶って警戒の眼差しを向けるようになる。

 現在、韓半島には南北が通じあえないようにしている遮断装置が多い。積もりつもった政治的不信がそのような装置をつくりだしたが、これから南北が和解し、協力と交流を幅広く展開しようとしている今日、遮断装置をそのまま存続させる理由はない。

 まず、休戦ライン一帯の遮断装置を除去することである。休戦ラインの南側では万里の長城のようなコンクリートの壁が築かれ、北側には有刺鉄線が張りめぐらされている。この壁について、南側当局は対戦車遮断物と説明しているが、十メートルに及ぶ高さと、そして絶壁の上にまで構築されているのをみれば、戦車の進撃を防ぐための遮断物とはみられない。現代戦において有刺鉄線は大した意味を持たないのはもちろん、コンクリート壁も軍事的に大きな役割を果たせるものではない。だとすれば、有刺鉄線やコンクリート壁は南北断絶の象徴、政治的遮断物とみなさざるをえない。南北の開放と自由な交流を保証するためには、これらをすべて撤去しなければならない。

 これとともに、制度的な遮断装置を除去する問題も提起される。南北同胞の自主的な往来や接触、交流を犯罪視して拘束する法律や機構も除去すべきである。南と北の同胞が互いに会い行き来しあうのは、民族の良心と感情の自然な発露であるはずなのに、当局の承認を得れば処罰されず、当局の承認がなければ犯罪行為として罰せられる制度は、人間の良心までも権力で支配しようとするもので、それは政治というよりは暴力といわなければならない。こうした制度的な遮断装置は冷戦時代の遺物であるだけでなく、南北合意書の採択でその存在理由がなくなったといえる。

 このような点からも、制度的な遮断装置の代表格である国家保安法は直ちに廃棄すべきであり、接察、警察や情報機関も改編されなければならない。これとともに、実定法違反という罪で刑執行中の訪北人土らを釈放、復権させ、汎民連のような全民族的な統一運動機構を認めて、民間運動勢力との提携を図るのが当然である。

 南北の疎通を阻むすべての遮断装置が除去されれば、南から北へ、北から南へ行き来する同胞の心が一つになって、半世紀にわたって積もり重なった不信の溝を一気に埋めることができるだろう。

   軍事的対決の中止

 韓半島で南と北の接近と和解を阻んでいる重要な要因が何かといえば、まず頭に浮かぶのは軍事的対決関係だといえる。百五十五マイルの休戦ラインにわたって重武装した南と北の軍人、顔だちも同じく言葉も通じあう同一民族の若者たちが、銃をかまえて厳しい目付きでにらみ合っている状況は、南北関係を集約的に示している。

 文字どおり停戦を宣言したにすぎない休戦ラインである。韓国戦争の銃声がやんで四十年近くたったにもかかわらず、戦争でもなく平和でもない特異な状況が持続し、休戦ラインをはさんで今も厳しく対決している。この現実は、わが民族の悲劇のなかでも最大の悲劇である。

 軍事的対決が軍備拡張へ走らせるのは避けられないことである。半世紀の軍事的対決が続くあいだ、南北には絶えず武力増強と兵器の更新、拡大が行われ、南側には外国の核兵器まで貯蔵されるという恐るべき状況にいたった。これまで、一触即発の危機がつくりだされたことも一度や二度ではなかった。

 軍事は政治と密接に結びついている。戦争は政治の延長であり、政治の一手段だという命題があるが、軍事的対決が政治的不信の延長であり、結果であることには間違いない。他方、軍事的対決の持続は政治に反作用し、政治的不信と憎悪感を増幅させることになる。このように、政治的不信と軍事的対決が相乗作用を起こすなかで、南北関係が解決しがたい相克関係へと押しやられてきた。それが韓半島の現実である。したがって南北が和解しようとすれば、政治的不信を解消すると同時に、軍事的対決を中止することが当然の課題となる。

 軍事的対決を解消し緊張を緩和しようとすれば、南北が相互不可侵を確認する必要がある。双方が互いに先制攻撃をしない、戦争をしかけないという保証を与え、これを七千万民族の前で確認して世界に宣言しなければならない。南北間の軍事的対決の背景には、互いに相手側が侵略してくるだろうという危惧の念がある。南側当局が歴史的に北の「南侵脅威」を強調し、それに基づいて安保優先の論理にたち、すべての政策、統一政策までも安保の論理に従属させていることは広く知られている。他方、北側は彼らなりに南の「北侵脅域」について危惧の念を抱き、それに対応する措置をとっている。

 客観的にみれば、南侵か北侵かは相討的な意味をもつ問題といえる。軍事的な原理と実践では、攻撃と防御のあいだに絶対的な境界線はない。攻撃から防御へ、防御から攻撃へ転換するのは軍事行動でよくみかけることである。攻撃は最大の防御であり、防御は攻撃の最も低い水準だともいえる。だとすれば、軍事的に対立している南北間に、どちらか一方の侵略の可能性だけが存在し、その逆はありえないとはいえないのである。

 このように、南侵か北侵かという問題が相対的な意味をもつものだとすれば、相互不可侵宣言は南北双方が受け入れることのできる最善の信頼回復措置といえる。相手側が攻めてくると強調しながら、いざ不可侵の確約問題が具体化すると顔を背けるようでは、それは向こうから攻めてくるというよりも、こちらから攻めていく意図を秘めているとみなされてもしかたがない。

 わが国で南北不可侵についての論議は早くからあったが、なかなか妥結にいたらなかった。それが今度、南北高位級会談で劇的な転換をみせ、最終合意に達した。実に不可侵に関する合意は南北関係史に一つの転換点をつくり、全民族に平和統一への明るい希望を抱かせてくれる快挙といえる。曲折と陣痛をへてやっと実現されたこの貴重な合意を無にしてはならない。

 そのためには、南北不可侵合意を履行するにあたって、軍縮と軍事的信頼構築という二つの問題を同時に議論し、解決することが何よりも重要である。この問題が解決されないと、不可侵合意が空約束に終ってしまう危険性が大きい。不可侵合意を誠実に履行しようとすれば、信頼醸成措置と軍縮を互いに密接に連関した問題とみて、同時的に推進しなければならない。軍事的信頼醸成段階と軍縮段階を人為的に切り離して、信頼醸成措置だけを一面的に強調しながら、それが先行されなければ軍縮はできないという立場を取ってはならない。

 実際に、不可侵合意をもっとも確実なものにするのは軍縮である。不可侵を約束しながら双方が膨大な武力をそのままもっていれば、その約束はきわめて不安定なものになってしまう。互いに先制攻撃をしないとの善意を示したからには、その善意を相手側が確認できる可視的な措置がまさしく軍縮である。善意が偽りではなく真実であることをわからせるためには、武器を捨てなければならない。刀を振りかざしたまま仲良くしようというのは理に合わない。

 もちろん、大規様な兵力移動や軍事演習の通報、軍人の交流と情報交換などの「軍事的信頼醸成」措置が、一定の効果をもたらすことはある。しかし、それは軍縮を前提とするときにおいてのみ意味がある。軍事的信頼醸成それ自体についていえば、軍縮以上に軍事的信頼を与える措置はないといわなければならない。このように重要な軍縮を後回しにし、現存の武力を維持したまま、軍事情報の交換や軍事演習の参観程度のことをもってしては、「南侵」または「北侵」に対する疑いと不信感を実際に解消することはできない。

 もともと武力と平和、武力と和解は両立しえない概念である。そのため、武力を暴力のもっとも極端なものとみなし、警察や監獄ようなものとともに、軍というものを人類の生活からなくすべきだという主張もある。これに対して、あまりにも現実ばなれの理想主義という反論もあるが、それはともかくとして、武力と平和が相反する概念であることは事実である。ところが他方では、相当水準の武力を保有してこそ平和が保障されるという主張もある。これは武装平和論である。武装平和論は国際関係で力の優位を背景に他国を支配し、服従させようとする帝国主義、支配主義の論理にほかならない。武装平和論の極端な哀れが、米国やイギリスなど核大国の支配層が主張する核兵器による抑止論である。

 今後、南北不可侵合意を履行するにあたって、信頼醸成を軍縮と切り離し、軍事的信頼醸成に重点をおくことになれば、それは同一民族間の関係を武装平和論の見地から取り扱おうとするものになる。そうなれば、南北関係を国家間の関係ではない暫定的な特殊関係と規定した南北合意書の精神を踏みにじる行為として、批判を受けることになろう。当然のことながら、軍事的信頼醸成を軍縮と同時に推進させ、軍縮に服従させなければならない。段階的な軍縮を通じて、双方の兵力数や軍事装備で相手側への攻撃能力が取り除かれたと確認されたとき、南北関係は信頼と和解の関係へ転換し、韓半島に平和が訪れることになろう。

 南北間の軍事的対決を止揚し、平和統一の前提条件をつくりだすにあたって、優先的に解決されなければならない問題は核兵器の問題である。核兵器の問題は、一般的に軍事的対決の解消とか平和という意味をはるかに超えて、わが民族の生存と関連するきわめて深刻な問題として提起されてきた。冷戦構造が崩れ、ソ連が消滅した結果、南北に分断されたわが民族が大国の核の人質となり、いつ米ソの核対決の犠牲にされるかわからないような恐るべき状況は去ったとはいえ、核惨禍の危険から完全に脱したわけではない。

 米国が韓国から核兵器の撤去を宣言し、それに基づいて南北当局間で「韓半島の非核化に関する共同宣言」が採択されたことは実に幸いなことである。非核化宣言の採択は、その間わが民族が展開してきた反戦・反核運動の成果である。南北双方は誠意をもって非核化宣言を着実に履行しなければならないことはいうまでもない。

 非核化宣言の採択は、わが民族を核戦争の危険から守る前進的な措置ではあるが、問題の完全な解決とはいえない。非核化宣言は主に南北双方が履行すべき義務を規定しているだけで、周辺核保有国との関係で守るべき立場は指摘されていない。例えば、核兵器を積載またはその疑いのある国の航空機や艦船の着陸・寄港と、領空・領海の通過を禁止することや、他国の核の傘の庇護を受けないなどの問題である。このような問題が解決されなくては、わが民族は核戦争の危険から最終的に逃れられない。言うならば、韓半島を非核地帯にすることである。南北双方は非核化宣言の各条項を誠実に履行しながら、周辺核保有国との関係を調整し、今後は、韓半島非核地帯化に関する共同宣言の採択に向けて進まなければならない。

   駐韓米軍の問題

 南北が和解し統一の道に進むにあたって、必ず解決しなければならない問題は駐韓米軍の問題である。南北合意書が採択されたからには、駐韓米軍問題は当然、論議されるべきである。

 駐韓米軍の問題は、太平洋戦争で日本が敗北し、解放された韓半島の南側を米軍が占領したことによって始まった。しかし、駐韓米軍の問題は単純に軍事のみにかぎられた問題ではない。駐韓米軍の存在は、政治・経済・軍事・文化の各分野にわたる韓半島の南側に対する米国の支配の象徴であり、支配の物理的力になっている。

 米国は駐韓米軍をたてにして、自分たちの同意なしには祖国統一問題をはじめ内外の重要問題について独自的に動けないよう、韓国政権に圧力を加えている。数年前、ソウルのある大学教授は、米国が韓国政権の統一政策樹立と推進を牽制する「韓米合意議事録」の存在を明らかにした。(1)結局、駐韓米軍は韓半島の南側に入っている米国であり、駐韓米軍の問題はまさに米国の韓国支配に関する問題だといえる。だから、駐韓米軍問題を論ずるにあたっては、米国の対韓半島政策との関連で、南側に対する米国の支配体制に視角を合わせてみなければならない。しかし、ここでは複雑に絡んでいるさまざまな問題をすべて取りあげるのではなく、主に南北の接近と和解を妨害するために果たしている駐韓米軍の後割、すなわち米国の役割に限定して重点的に述べることにする。

 一般に、外国軍の駐屯は大国と小国との関係で行われる現象であり、それは大義名分がどうあれ主権の侵害を意味する。

 仮に、ある小国が米国やイギリスへ軍隊を派遣し、支配権を行使する状況を想像できるだろうか。国力がほぼ等しい国同士でも、武力を派道した一方は武力を受け入れた他方に対して政治的に優位に立つようになる。第二次大戦後、日本に占領軍として進駐してきた米軍は、後に同盟軍へと変わったが、経済的に日本の国力が米国を追い越した今日でも、日本は政治的側面では依然として米国の顔色をうかがわなければならない立場から脱し切れていない。したがって小さい韓半島を両断し、その南側を占領している超大国、米国の武力の存在が、何を意味するのかは明白である。それは、分断された一方を掌握し、他方に対して政治的、軍事的な対決をあおる投割を果たしているのである。

 まず、軍事的側面についてみることにする。駐韓米軍は韓半島に駐屯している唯一の外国軍である。韓国軍の作戦指揮権は駐韓米軍司令官が掌握している。米国は韓国戦争の際、北韓当局と休戦協定を締結した当事者であり、現在も板門店の軍事休戦委員会の会議場で北側の人民軍代表と対座しているのは、南側の軍人ではなく米軍の将軍である。これだけをみても駐韓米軍――米国は南北間の軍事的対決に大きな責任があることがわかる。

 これについてもう少し具体的にみると、第一に、米国は休戦協定の持続に国執することで、南北間の軍事的対決の基本条件をつくっている。

 戦争で戦闘行為が停止されれば、交戦双方が講和条約や平和条約を締結して和解関係に入るのが通例である。韓国休戦協定にも、すべての外国軍隊の撤収と韓半島問題の平和的解決のための措置を講ずるとの条項が明記されていむる。(2)しかし、この条項は戦争が終って四十年余が過ぎた今日まで履行されていない。その責任は主に米国側にある。

 周知のとおり、北韓は一九七四年、休戦協定の締結当事者間で会談を持ち、休戦協定を平和協定に替えることを米国に提案し、その後も数回にわたって同様の提案をしている。しかし米国はその提案を今日まで黙殺している。これは米国が韓半島の完全な平和を望まず、休戦という不安定な状況を維持しながら、南北間の軍事的対決の持続を願っていることを示すものである。

 第二に、米国は絶えず韓国軍の軍事装備を現代化し、戦力を増強させている。

 韓国軍は創設以来、全的に米国の訓練と教育、支援によって、今日のような膨大な兵力と近代的な装備を持つようになった。米国は八〇年代に入ってからは、韓国にNATOのAグループと同じような武器販売上の特恵を与え、九〇年代の今日では韓国軍の現代化をいっそう強力に支援している。

 軍隊とは本来、戦うために作られたものだが、伝統的に反共・ファッショ型の将校集団が支配してきた韓国軍の場合、その戦力が増大されれば、民族対決と分断を支える物理的力としての側面が一層強くなっていくことになる。米国はこれをねらっているのである。

 第三に、米国は北韓を仮想敵とする攻撃計画を立て、「チーム・スピリット」韓米合同軍事演習など、さまざまな規模の軍事演習を年中行っている。

 米国は駐韓米軍を中核に日本など太平洋地域に展開している陸海空軍を韓半島に投入して、単独、または韓国軍と合同で軍事演習を行ってきている。軍事演習が行われるたびに、南北間の緊張はさらに高まるのである。

 結論的にいえば、駐韓米軍を盾にして韓国を支配している米国は、ある在米同胞学者が指摘したように、韓国を一つの重要な「戦略的不動産」とみなして、米国自身が直接、軍事的に北韓と対決しているだけでなく、南韓執権勢力を北との対決にあおりたてている張本人といえる。(3)

 また政治的側面でも、米国は南北間の政治的不信を増幅させる役割を果している。外部勢力の支配と干渉があるところに平和的な生活はありえず、民主主義の実現も民族の団結もなし遂げることはできない。七九年にサンディニスタが執権するや、米国がソモサの残党であるコントラを支援して、十年近く内乱が続いたニカラグアと、最近まで米国の干渉によって内乱が続いたエルサルバドルが、その端的な例である。

 分断された韓半島の南側に居座っている駐韓米軍――米国が、南北間の政治的不和と対決を助長するうえで果たしている役割は、他の国とは次元が異なっている。

 まず、米国は韓国の執権勢力に反共イデオロギーを吹き込み、彼らを反北対決に駆り立てている。

 八・一五後に韓国執権層の固定観念になってしまった反共主義は、親日分子らが新たに権力に接近しながら広めたものを、米国が東西冷戦という戦後の対決構造のなかで韓国を反共の前線基地に位置づけ、拡大再生産させたものである。米国は親米反共政権をつくり、彼らを反共、反北の尖兵としてたたせるため、反共を絶対の真理、政治哲学として信じ込ませるのに力を注いできた。こうして、反共は韓国政権の体質となっている。

 反共主義は民族より体制を上位に置く体制優位論をつくりだすことになった。イデオロギーと体制が同じだという名分で米国に屈従し、イデオロギーと体制が異なるという理由で北韓の同民族を不信、敵視するようにさせるのは、反共主義と体制優位論によるものである。南北をおおう不信の根底には、このように米国が遂行してきたイデオロギー工作がある。

 また、米国は北韓に討する非難と攻撃を猛烈に展開し、南北間の政治的不信を助長してきた。

 もともと自分に服従しない国に対して、誹謗と攻撃を加えるのは米国の行動様式だが、米国が北韓に浴びせている誹謗と非難は特別なものである。それは北韓が韓国戦争で米国と戦ったあなどれない交戦相手であり、六八年のプエプロ号事件、七六年の板門店ポプラ事件などが示しているとおり、小国であっても絶対に米国に屈しない存在であるためかもしれない。ともあれ、米国が北韓に示している過剰な敵対感情がそのまま韓国支配層に移植され、南北関係を極度の政治的不信と憎悪の関係にしていることは事実である。

 特に、南北間に接触と対話の動きがあるたびに、米国は公式的には歓迎するとしながらも、他方では北韓の「南侵の脅域」を一層騒ぎたてるのである。これは南北間の政治的不信の解消ではなく、敵対感情をあおりたてるためであることは明白である。これらをみても、南北間の政治的不信と軍事的対決の根源は米国であると結論づけられる。

 南北の民族同士が対決する不幸な事態を終わらせ、相互接近と和解を実質的になし遂げようとすれば、駐韓米軍の徹収問題や米国が韓半島から手を引く問題が当然、持ち上がってくる。南北合意書で、双方が現在の休戦状態を堅固な平和状態に転換させるために、共同で努力するとした事項は、米国が休戦協定を平和協定に替え、韓半島から出て行く方向で進めるのが正しい。

 歴史は、解決が成熟の段階に達している問題のみを提起するという。駐韓米軍の撤収問題が叫ばれたのはずいぶん前からのことである。八〇年代の初め、韓国の大学生のあいだで「ヤンキー・ゴーホーム」が叫ばれたとき、米国は最初のうちには「甘ったれたガキども」の振る舞いだとの反応を示した。しかし八〇年代末になって、米国も韓国で拡散していく反米感情を認めざるをえなくなっている。例えば、米国の言論界は以前、韓国では「ヤンキー・ゴーホーム」のスローガンをまったく聞くことかなかったが、今日では事情が異なり、多くの半生らが米軍駐留が韓半島分断継続の主要原因であるとみなしていることを認め、そしてそのような反米感情は今や大学の範囲を超えて、一般国民の中にまで広まっているという論調を掲げるようになった。(5)

 九〇年代に入って、ペンタゴンで駐韓米軍の削減を論議するようになったことは、駐韓米軍の徹収がもはや避けられない問題になったことを物語っている。しかし、現在論議されているのはごく象徴的な削減にすぎず、そのスケジュールもはっきりしていない。米国は二十一世紀になっても駐韓米軍の兵力を相当な水準で維持する、という米国防総省高官のコメントもある。(6)九二年の初めに韓国を訪問したブッシュ米大統領は、韓国の国民が望むかぎり駐韓米軍は撤収しないと再び公言した。これは間違った考えである。米国は今こそ駐韓米軍の「名誉ある撤収」を考え、決断する時期にきているのである。今後、南北不可侵合意事項が着実に履行され、軍縮が実現されれば、米国がいう韓半島の「平和保障」や「戦争抑止力」としての駐韓米軍の使命は終わり、休戦体制を平和体制に替えて、駐韓米軍を徹収できる名分が整う。これが「名誉ある撤退」への道である。

 最近、米国の対韓半島政策で、一定の変化の兆しが現れてきたのはよいことである。九一年九月二十日、ブッシュ米大統領の戦術核撤廃宣言に従って、NCND政策によって公式表明はなかったが、韓半島の南側に配備されている米軍の核兵器を撤去し、南北当局が緯半島非核化に関する共同宣言を採択できる道が開かれた。また米国は九二年一月十二日、北韓の高官をニューヨークに招請し高位級会談も開いた。

 米国はこうした肯定的な変化をさらに進展させると同時に、南北間の和解が着実に発展するに伴って駐韓米軍を撤収しなければならない。当面、韓半島の南側を「核の傘」の下にとどめておこうとする政策を撤回しなければならない。こうすることが、歴史の流れのなかで成熟してきている問題に臨む米国の賢明な選択といえる。

 第二節 南北対話論

   対話と対決

 分断された祖国を統一しようとすれば、いずれにせよ南北の対話を行わなければならない。ところで、対話は対決と相克関係にある。対話を着実に進めれば対決が解消されるし、対決意図が強ければ対話が成立しない。対話に対決の論理が作用すると対話は空転して破綻することになる。正しい対話論をもって対話を行えば、対決論理を克服して対話を効率的に進展させ、一定の合意に達することができる。

 一九七二年の七・四共同声明が、わが民族の分断史において南北対話がなし遂げた最初の貴重な成果であったとすれば、九一年の南北合意書は、やはり対話がもたらした二度目の重要な結実であるといわなければならない。しかし、七・四共同声明以後にできた南北調節委員会や赤十字社会談などは対決論理を克服できなかったために、自主・平和・民族大団結の三大原則に基づく統一の道を切り開くのに、なんら寄与することができなかった。これから南北合意書に従って、南北間では政治・経済・軍事・文化など各分野での対話が活発に展開されると予想される。したがって、この対話を実りあるものにするため過去の対話の経験を批判的に考察し、正しい南北対話論を定立しなければならない。

 元来、人間は社会的存在として社会関係のなかで生存し生活するものであるから、言語は人間生活のもっとも重要な手段であり、言語を通じた対話は人間の基本的な生活方式の一つといえる。隣人との対話や交際なしには人間は生きていけないし、対話を通じて交際し交渉するのはきわめて自然なことである。人間の生活があるところには、どのような形であれ必ず対話が形成されるものである。

 ところで、対話にはいろいろある。ある哲学者は人間生活での対話を、利己的で実用的な対話と誠実な対話に区分したことがある。利己的・実用的対話は自己を保存し発展させ満足させることだけを目的に、他人と交際し交渉する対話を意味し、誠実な対話は自己を保存し発展させると同時に、他人の存在を確認し、その人間的保存と利益実現をも尊重する対話、すなわち自己とともにいる他人がいなければ、自己も存在しないということの上に立つ対話を意味すると語った。

 この二つの対話は目的と方向が相反する。前者には対決の要素が強く含まれているが、後者にはそれがなく純粋である。本来の意味で、対決とは利害関係の衝突によって力の優劣を争い、他方を押え込もうとする姿勢と行為だとすれば、対話は利害関係を調整し、共通点を見い出して共存関係を結ぼうとする善意の姿勢であり行為だといえる。そのような意味で、対話と対決は相反する関係にある。ところで利己的・実用的対話は、その様相においてたとえ対決の形をとらないとしても、相手を欺くか脅かして、自己の利己目的を達成しようとする点では対決局面を抱えることになるが、誠実な対話にはそのような要素がない。

 対話は個人と個人のあいだだけではなく、集団と集団、国と国とのあいだでも行われる。この場合は、われわれが周辺でよく見かけるように誠実な対話もあるが、利己的・実用的対話が少なくない。例えば、企業のあいだの取り引き関係でみられる対話の場合、できるだけ多くの利潤を得て蓄積し、肥大しようとする資本の論理に基づいて、各自が自己の利益を優先させるために、対話が誠実に行われるのはきわめて難しい。国際政治では国家間で対話を通じて互いに理解し、互恵の原則にたって善隣協力関係を結ぶ場合がないこともないが、多くは自国の国家的利益を一方的に貫徹させる目的で対話を行う場合が多い。この場合、対話双方が互いに自己主張だけに固執し、相手の意見に耳を傾けようとしないため、これを「一方通行の対数〕)という。

 かつて朴正煕政権や盧泰愚政権は「対話のある対決」を強調したが、では「対話のある対決」または対決局面と交差した対話とは何だろうか。ひと言で、それは対話を通じて対決の目的を追求しようとすることを意味する。具体的に次のようなことを指摘することができる。

 第一は、対話について消極的か懐疑的であり、できるだけ対話の進展を遅らせようとすることである。南北対話に臨みながら「対話のある対決」を公言したり、対話に性急な期待をかけるななどといって、対話の進展と成功を願う国民の統一熱望に冷水を浴びせる言動などがそれである。

 第二は、一貫性がないことである。もともと自分の方から出した提案に対して、後になって態度を変えることである。これはある方案を提示するとき、心から問題解決を図ろうとする誠実さからではなく、実際は南北対決関係で自己の立場を有利にするための、一時的な宣伝効果をねらったものであるからである。

 第三は、言動が一致しないことである。対話に臨んでは対決をやめ情勢を緩和させようといいながら、実際には緊張を激化させる行動をとり、平和統一をしようといいながら分断固定化を追求するような行動が、まさにそれである。

 南北合意書が採択され情勢に新しい局面が開かれている今日、再び過去の過ちを繰り返してはならない。これからは南北対話において口論などで時間を費やし、国民を愚弄しているときではない。対話の論理を再確認し、真摯に南北対話に臨むときだと考える。

   対話の目的と原則

 南北対話の目的は祖国統一である。これは自明のことである。しかし、この自明なことが順調に運ばないために、あらためて対話の目的について論じざるをえない。

 分断の現実からして、統一を目的にしない南北対話はありえない。統一を目的としない対話は無意味であるばかりでなく、かえって南北対決を激化させる後遺症を残すことになる。統一をこれ以上引き延ばしてはならない九〇年代の現時点で、再び合意書による南北対話を執権者の人気取りや権力維持の手段にしたり、または次期執権をねらう一つの布石に利用したり、その他の目的に悪用するようなことが絶対にあってはならない。もちろん対話に臨みながら、統一ではない別の目的を追求すると語った者は過去にもいなかったし、今もいない。皆がみな統一の当為性を語り、対話で統一を最終的になし遂げるのだといっている。しかし、話すことと行動が違い、対話を懐疑的にみるような態度は、対話で統一とは違う他の目的をねらっているといわなければならない。

 一般に、誠実な対話とは、共通の認識にたって客観的事実と普遍的妥当性に基づいて行う交渉だといえる。当然ながら、南北対話は、統一という一つの共同の目的と課題について分断現実を同一に把握し、その克服のための方途を見い出す民族的立場から出発しなければならない。民族的立場とは、七・四共同声明に盛られた理念と原則である。今度の南北合意書で、七・四共同声明が明らかにした祖国統一三大原則が再確認された以上、今後の南北対話はこの三大原則を指針にして進められなければならない。

 南北対話は自主の原則に基づかなければならない。

 対話をしながら外部勢力に依存したり外部勢力の干渉を受け入れてはならない。韓半島の分断に利害関係をもつ周辺列強の顔色をうかがったり、彼らの意図に沿って対話を進めてはならないということである。

 もちろん、韓半島の統一問題は孤立した問題ではなく国際政治と絡んでいる問題である。したがって南北対話はいつも国際的関心の的になっており、外部からあれこれの意見を表明することはできる。しかし外部勢力が南北対話に介入して、ああしろこうしろなどの差し出口をするのは許されないし、許してもならない。

 周辺諸国の介入が少しでも許されるとすれば、民族間題を論議する南北対話の場は、それこそ他人の意思に左右される操り人形劇の舞台になってしまうだろう。南北対話と関連して周辺諸国ができることは、真にわが民族の統一を願う善意から、対話に有益な国際的現場をつくることである。特に南北合意書が採択された今日、周辺諸国は合意書の精神を尊重し、わが民族が対話を通じて統一問題を順調に解決していけるよう協力しなければならない。問題はそれがだれであれ、それが米国であれ中国であれ、周辺国の意図に従ったり、彼らの干渉を許すようなことは絶対にあってはならない。徹頭徹尾、自主的立場で対話に臨み、対話を展開することだけが南北対話を成功させる秘訣である。

 また、南北対話には平和の原則が具現されなければならない。

 統一問題を非軍事的な方法で解決すべきだとした七・四共同声明の原則は、南北対話にもあてはまる原則である。南北対話は平和な環境が保たれてこそ順調に準備され、進展させることができる。もちろん、ここでいう平和とは相対的な意味での平和であるが、少なくとも鋭い対決と緊張の雰囲気はあってはならないということである。

 統一が南北間に生じた不信と誤解、敵対感情を解消し、民族的和合を実現する問題だとすればそれは結局、対話を通じてのみなし遂げられる問題であり、対話はまさに和解を達成する第一歩となる。ところが、和解のための対話をものものしい雰囲気の中で行うようになれば、互いに胸襟をひらいて忌憚のない意見を交わすことができず、結局、対話は失敗せざるをえない。例えばけんかしていた個人同士が、これから和解して仲よくつきあおうといいながら、振り上げたこぶしを下ろさないのと同じようなものである。

 南北対話の雰囲気問題に関連しては、「チームスピリット」を指摘しないわけにはいかない。毎年、春に展開される「チームスピリット」は、北韓に北に対する挑発だという反発を起こさせ南北対話を中断させてしまう結果をもたらした。これに対して南韓当局と米国側は、軍隊が存在する以上、軍事演習を行うのは当然であり、また防衝的性格を帯びた訓練であるのに、北韓がこれに脅威感をもつのは過剰反応で、対話を中断させるための口実だと非難し、さらには数年前からは北に演習参観を要請しているありさまである。納得のいかない話といわざるをえない。

「チームスピリット」が規模や様相からみて防衛的なものとはいい難い。

 また、軍事的対決関係にある双方にとって、一方が展開している軍事行動に対して、脅或感をもつかどうかは他方が判断する問題であり、軍事行動を起こしている側がどうこういう性質の問題ではない。ある行動が相手側に脅威感を与えるとすれば、主観的意図はどうあれ、それは相手側を刺激し脅域を与える行為だといわざるをえない。

 対話とは結局、双方の共同の努力によって準備され行われるものであり、他方の感情や意見を無視して一方だけの我を張ってはならないものである。少なくとも南北対話が進行しているあいだは、相手側を刺激するような行動はすべて慎むのが道理である。古代ギリシャではさまざまな民族が争っていても、オリンピック競技が開かれると一時、争いを止めて競技場に集まったという。今後、南北合意書に従って展開される対話では、平和と統一という民族共同の課題に向けて、対話期間中には軍事的であれ政治的であれ、互いに相手側を刺激し感情を害するような行動をしてはならず、できるだけ穏やかな雰囲気をつくるように努力しなければならない。

 このような意味で今年、「チームスピリット」を中止した韓国と米国の措置は一歩前進だと評価できる。この肯定的な措置を今年のみに終わらせてはならず、今後は大規模な軍事濱習はいっさい行わないことこそ南北合意書の精神に合致すると考える。

 さらに、南北対話は民族大団結の原則に基づいて進められなければならない。

 対話とは元来、意見と利害関係を異にする人間同士や社会集団のあいだで行われるのが常例である。互いの意見の差異を縮めたり、少なくとも相手の立場を理解しようと努め、それに基づいて一定の妥結点、言うならば共通分母を発見するための努力、過程がまさに対話であるといえる。意見や利害関係の差異が別段なかったり、ほぼ似た意見の人間や集団のあいだでは、あえて共通分母を見い出すための努力は必要ではない。

 南北間にはイデオロギーと体制の違いという深い溝が横たわっている。そのためにこの違いを乗り越え、共通点を見い出す努力が格別に必要である。その共通点とは一つの民族という歴史的事実から生まれるものである。理念と体制の違いを乗り越え、一つの民族として民族大団結を図るべきだという七・四共同声明の原則を、南北対話に具現しなければならないとみる理由がここにある。

 民族大団結の原則にたって南北対話を進めようとすれば、何よりも対話当事者の双方が誠実さをもたなくてはならない。対話での誠実性とは、互いが自己の立場や主張だけを固執し、押し通そうとする一方通行的な態度ではなく、双方がそれぞれ相手側を理解しようと努力する態度と姿勢を意味する。

 誠実さが前提とならなければ対話は成立し難い、と社会学者ロスも指摘しているが、対話に臨む双方が、偽りもなく悪だくみも考えない率直な立場にたたないかぎり、真の対話は不可能である。誠実性がなく嘘を言っていると思えば、村手は対話を続けようとしないはずである。互いにに我を張りながら相手の意見を聞こうとしない対話を指して、「一方通行の対話」だという。これに対して、相手が嘘をついていると知りながら行う対話は、単なる外交的な「見せかけの対話」であるか、もしくは互いが相手の出方をうかがってかけ引きし、適当にすませる「商業的対話」だといえる。このような対話は実際には対話を拒否するのと同じである。

 南北対話はこのどちらであってもならない。南北双方が体制の観点、体制優位論の立場に立って自己の見解だけを固執したり、裏表のある行動をとるのではなく、民族の観点、一つの民族という共同の立場に立って問題を理解し、解決しようと努力するとき、南北対話は順調に進展するだろう。

   対話の主体と方式の問題

 南北対話では正しい原則が必要であるばかりでなく、対話の方式もまた重要な問題になってくる。これまで、対話をどのような方式で、どのように進めるかという手続きと方法上の問題で、南北間に意見の違いと衝突がたびたび起きた。そのため、せっかく始った対話で、基本問題の討議に入ることもできず押し問答のすえ分かれてしまうことがまれではなかった。

 これまでの対話経験、特に国民の世論を考えたとき、次のような対話方式が望まれる。

 まず、対話の幅と分野に関する問題である。

 南北対話は、その幅と分野を広げれば広げるほどよいと考える。それがまさに民主主義の理念にかなった対話方式だといえる。対話に参加する範囲が広く、対話が多くの分野を包括すればするほど、各界各層の国民の見解が反映、収斂されて、南北間の意見の違いを挟められるし、対話の進展速度も保障することができる。

 「統合を推進するエリート単位が少ないほど、統合は成功しやすい」として、小規模の当局者会談が南北対話を順調に進められるという主張がある。このような少数エリート論は、アーノルド・トインビーの「創造的少数者」と通じる主張である。トインビーは、歴史の創造者は大衆のだれもがなれるものではなく、その大衆に先んじていく少数の創造者によって歴史が創造されると述べた。しかし実際には、歴史の創造者、歴史の主体はだれなのか。それは少数のエリートではない大多数の民衆である。民衆によって歴史が創造され、社会が前進するのである。このような観点からみたとき、民衆が広く参加してこそ、南北対話は正しい軌道に乗って前進することができるのである。

 南北で権力を行使している当局者間の対話はもちろん必要である。しかしそれに限定すべきではなく、南北の政党や社会団体間の接触と対話、および民間次元の自主的な対話と交流も行われなければならない。南北間に幅広い対話がもたれ、さまざまな分野の対話が展開されれば、七千万民族の意思が十分に反映されて、南北の和解と統一の道が早く開かれるようになる。

 次に、対話は「官」が主導するのか「民」が主導するのか、対話窓口は一元化すべさか多元化かという問題である。

 南側当局は対話の窓口を政府に一元化し、すべての対話をその窓口を通じて斡旋し准進させる方法で、政府が主導しなければならないと主張している。学生運動圏をはじめ在野運動圏では、執権層が南北対話を政権安保と政権椎持の手段に悪用してきた過去の経験と現在の状況に照らして、対話を絶対に当局にだけ仕せられず、窓口を多元化して民間次元の自主的対話を実現しなければならないと主張している。

 挫折を繰り返してきた過去の経験に照らして、また民衆が歴史の主体だという歴史観からしても、南北対話を当局にだけ任せることはできず、民衆が主人として参加すべきだという見解は正しい。実際において、南北対話を実現させ、それを押し進めてきたのは民衆であったし、今もそうである。祖国統一を熱望する国民の圧力がなかったならば、朴正煕政権が七・四共同声明に合意し、南北対話に応ずるようなことはなかったであろう。現在の状況も同じだといえる。八七年の六月民衆抗争後、燃えあがりはじめた学生ら各界民衆の自主的な南北交流運動に押されて、盧泰愚政権も南北対話に応じて南北合意書の採択にいたるようになったとみなければならない。

 認めようが認めまいが、現実はまさにこのとおりである。統一の主体として民衆が南北対話に参加しようとする意志を、今やなに者も阻むことができないことを現実は物語っている。民衆が主人の立場から当局者の動きを監督、統制するとき、当局の独走を制御して全民族の意志に沿う南北対話が展開されることになろう。

 次は対話の基本的な流れに関する問題である。

 各分野にわたる南北対話は、それぞれ解決しなければならない独自の目標をもっている。政治会談の目的と軍事会談の目的は同一ではありえず、経済と文化など各分野の会談もやはり、その目的が同じではない。けれども、すべての対話の基本的な流れは、統一をめざす民族の志向に合流するものでなければならない。統一問題とかけはなれた会談に何の意味があろうか。それは、ただ南北間の政治的・軍事的緊張を緩和し交易だけにとどまるものであるならば、しないよりはましだというかもしれないが、実際においては分断を固定させ、南北を別々の国として平和共存、平和交流に終わらせようとするものでしかない。すべての分野の対話は統一志向的でなければならない。

 次に、対話の進展速度に関する問題である。

 これについても相反する二つの意見がある。南北間の断絶状況がこれほど厳しいのに、性急に問題を取り扱ってはならないという前提から出発し、対話を緩慢に進めようとする政権当局の態度がその一つである。もう一つは、統一は全民族が一日千秋の思いで渇望している問題なので、対話ではなるべく早く妥結すべきだとする民衆の立場である。

 分断数十年のあいだに広まった南北間の距離を一気に縮め、一定の妥結点に達することが難しいのは事実である。だからといって、この困難さを過度に強調して慎重論に陥り、容易なものから順次に解決していくという段階的接近方式をとってはならない。そうした態度は、機能的協力が拡大されれば政治的統合はおのずと実現されるという、国際政治学上の機能主義的統合論を適用したもので、やはり民族の観点ではなく体制の観点から出発したものである。機能主義的な段階的接近方式で対話を行っていては歳月だけ費し、結局、統一は「百年河清を待つ」ようにいつ解決されるか分からない。慎重論や機能主義的統合理論に基づいた段階的接近方式は、実質上、南北対話を無意味なものに変え、分断固定を既成事実化しようとする策略にほかならない。南北間にできた溝がいくら深いといえども、それはわが民族の主体的な努力でいくらでも克服できる。九〇年代に統一を達成するのだという目標に向かって、活火山のように噴出している七千万同胞の意志が、その可能性を示している。

 対話はもちろん性急にではなく着実に進めるべきだが、一定の速度がなければならないし、問題の討議では遅延を克服し、けりをつけるべきことは断固としてけりをつける決断がなければならない。

 結論的にいって、南北合意書に基づいて展開される対話は、南北間の和解と不可侵、交流と協力の道を開くばかりでなく、その成果を土台にして本格的な統一対話、祖国統一の方途に関する合意を導き出す対話へと発展し、結実されなければならない。「信念があるところに、未来があり義がある」という格言がある。南北対話の成功いかんも、結局は対話に臨む人びとの統一に対する信念と意志にかかっているといえる。対話相手のどちらか一方が、統一の信念と意志が薄弱であったり欠如していれば、九〇年代に入った今日の時点でも、南北対話がかつてのように空転し挫折してしまうだろう。決して前轍を踏んではならない。

  注

(1)金ミョンギ(明知大学教授)は『統一論争』(一九八六年号)に発表した「自主統一の国際法上の制約」という論文のなかで、「大韓民国が統一のための努力と、その目的を達成するための統一政策を樹立するにあたっては、韓米合意議事録上の制限がある」としながら、「これは国家秘密になっているので論じることができない」と述べている。(『ハンギョレ新聞』一九八八年六月七日付・二十四回オリンピックについての座談会記事から)

(2)一九五三年七月二十七日、板門店で署名のうえ発表された韓国休戦協定第四条に「韓国問題の平和的解決を保障するために、双方の司令官は双方の関係外国政府に、休戦協定が調印され効力を発生した後、三か月以内に各代表を派遣し、双方の一級上の政治会議を招集し、韓国からすべての外国軍隊の撤収及び韓国問題の平和的解決などの問題を協議することをここに建議する」と明記されている。

(3)在米韓国人学者・李マンウ博士(ペンシルバ二ア・ミラズビル大学政治学専攻)は一九八七年五月二十七日、慶南大極東問題研究所主催のセミナーで「韓国に対する米国の二重後援政策」のテーマで講演した。講演のなかで、彼は安保第一主兵を主張する「安保文化」が韓国独立後から長い間、韓米関係を支配してきたと強調し、米国が韓国(韓半島)を重要な「戦略的不動産」とみなしていると述べた。(『東亜日報』一九八七年五月二十七日付)

(4)「甘ったれたガキども」(Spoiled Brats)という言葉は、駐韓米大使ウォーカーが一九八二年二月、米国地方紙『ステーツ』との会見で、反米・反独裁闘争を展開している韓国大学生を非難して言った言葉であるが、これがかえって韓国民衆の反米感情を触発した。

(5)一九八八年六月七日付の『ニューヨーク・タイムス』紙は、「韓国で米国への怒りが拡散している」との見出しで、駐韓米大使館前で展開されている農民の座り込み闘争の写真を大きく掲げ、韓国で日増しに高まる反米感情の実態を詳しく伝えながら、「韓国で反米感情は大学構内から韓国国民へ拡散している」と強調した。

(6)米国防省の実務責任者カール・フォード首席次官補は一九九一年四月一日、ソウル米文化センターが主催した衛星中継の座談会で、米国は自国の世界的な戦略と関連して、二〇〇〇年の後にも相当期間、駐韓米軍の兵力を相当水準で維持することを明らかにした。(『ハンギョレ新聞』一九九一年四月四日付)

(7)「一方通行の対話」は対決関係にあった米ソ間の対話と関連して出てきた言葉。一九八二年一月に、ジュネーブで開かれた米国務長官ヘイグとソ連外相グロムイコの会談の雰囲気を転えたAFP記者は次のように評した。「会談をめぐる雰囲気は暗く、氷のように冷たかった。一部の観測筋は、この会談が『一方通行の対話』になるだろうと考えた。」