【主張】光復節63周年に際して

 一九四五年八月十五日、祖国は日帝植民地支配から解放された。日帝の降伏から大韓民国が成立するまでの三年間は、まさに激動の歴史だった。日帝の敗亡は朝鮮の解放と独立を意味した。しかし朝鮮は戦勝国の一員と認められなかったため、朝鮮半島の三十八度線の以南には米軍が、以北にはソ連軍がそれぞれ進駐して日本軍の武装解除を行った。第二次世界大戦の終了と同時にはじまった米ソ冷戦は、朝鮮の独立問題に深い影を落とした。四五年の米英ソ外相会議では、朝鮮の完全独立までの五年間の暫定的な「信託統治」に合意した。しかし、「信託統治」に消極的な米国と、国論の分裂によって同案は霧散してしまった。その後、米国は朝鮮の独立問題を自国に有利な国連に持ち込んだ。これにソ連が反発して北側での国連監視下の総選挙を拒否すると、米国は南側での単独選挙を推進した。

 四八年五月十日に予定された単独選挙が強行されれば、南側に単独政権が樹立され、祖国が分裂することは火を見るより明らかだった。祖国分断の危機を目前にして民衆は、単独選挙反対に総力をつくした。済州島四・三民衆抗争は、単独選挙反対を掲げたもっとも偉大な闘いだった。民衆の闘いが武力で弾圧されるなか、米国に支援された李承晩らによって単独選挙が強行され、八月十五日、大韓民国が出帆した。その直後の九月九日、北側では朝鮮民主主義人民共和国の成立が宣布された。

 大韓民国の出帆は、分断の歴史の始まりという、非常に深刻な痛みを伴ったものであった。だがわれわれは、主権在民を明記した民主共和国であり、平和統一を志向する大韓民国憲法を是認するとともに、この国の在外公民であることを誇りに思う。同時に、分断の痛みを胸に刻み、済州島四・三民衆抗争をはじめとする自主統一の闘いを継承する。われわれは六十余年間、たえまなく前進してきた自主・民主・統一運動の主体であることを自負する。

 しかし、大韓民国が、李明博大統領のもとで、民族の明るい未来像を描くことができるのか不安が大きい。発足後半年もたっていない李政権は、まさに失政の連続で、支持率は二○%を大きく割っている。李政権は連日のキャンドルデモに示される民心を無視し、牛肉輸入問題で米国に対する従属政策を改めていない。また歴史問題で日本に免罪符を与えてしまったため、日本政府は独島を強奪する策動を露骨にしている。李大統領は、いまだに六・一五共同宣言に対する支持と、十・四宣言の履行を明言せず、そのために南北関係は停滞し、日々悪化している。

 李大統領の姿勢と政策は歴史の流れに逆行している。これでは希望ある未来を展望できない。李大統領が残りの任期をまっとうしようとするなら、ここで心を入れかえ、大胆に政策を転換しなければならない。政治・経済・軍事における対米追従姿勢を転換して、民族自主の道を進むべきだ。過去の侵略を反省しない日本に対して、より厳しい態度で臨まなければならない。南北首脳が合意した歴史的な六・一五共同宣言の固守を鮮明にし、十・四宣言を実践すべきだ。

 南北に政府が樹立され、祖国の分断が六十年にもなるというこの現実を、民族的な恥辱として自覚し、六・一五共同宣言に基づいて、祖国統一を一日も早く実現しなければならない。


 

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