5・17共同声明は生きている 5・17共同声明は生きている

 「五・一七共同声明」が発表されて一年が経過した。

 五・一七共同声明は、不信と敵対から和解と協力へと劇的に転換した朝鮮半島の南北関係の変化に呼応して、在日同胞社会の和合を促進して在日同胞の人権と生活を守り発展させ、南北和解という歴史的な流れに在日同胞が合流することで、祖国統一を早めようとするものだ。

 五・一七共同声明は同時に、日本政府が、南北関係の変化に敵対して社会の反動化を推し進めるのでなく、和解と統一への流れを支持して朝日関係の正常化を促進し、日本社会の平和と民主主義の発展を促進するものでもある。

 それゆえに声明は、発表と同時に、在日同胞だけでなく、南北や海外の同胞社会、日本社会をはじめとする国際社会でも歓迎され、朝鮮半島の統一とアジアと世界の平和と安定に寄与するものとして、大いに期待されたのである。

 しかし、マスコミの激しいバッシングと駐日米国大使館と日本の公安警察による露骨な干渉と圧力によって、声明の当事者である民団(在日本大韓民国民団)内部を紛糾させ、ついに、「白紙撤回」言明と執行部の退陣という事態を引き起こすに至った。

 昨年九月に発足した中央執行部(鄭進団長)は、「白紙撤回を言明した以上、五・一七共同声明はすでに無効になった」と強弁しているが、社会通念上、こんな無責任が通用する道理がない。

 民団の「白紙撤回」宣言が無効である理由は、主に二点である。

 まず、声明の「共同」の当事者である総連(在日本朝鮮人総連合会)の意向をまったく無視して一方的に「白紙撤回」を言明したことに対し、総連は厳しくこれを批判して撤回を要求し、あくまでも共同声明の正当性と有効性を主張しているという点だ。

 これまでの歴代民団中央執行部は、対立関係にありながらも総連の存在を公認し、民団と総連(だけ)が在日同胞社会を代表すると主張して、総連との対話や交流を重要な組織事業目標にあげてきた。

 しかし、民団中央は、今回の一方的な「白紙撤回」言明という非常識な対応によって社会的な信頼を失墜させ、総連とのパイプが断絶されることによって在日同胞社会における「代表性」を自ら放棄するというジレンマに陥っているのである。

 次に、声明を歓迎した民団同胞をはじめとする圧倒的多数の在日同胞の意向を無視しているという点だ。

 共同声明は決して、民団・総連という団体間の約束にとどまるものではない。

 朝鮮半島の南北対立の反映として両団体が担わされてきた歴史的位置からして、構成員の組織離れが加速化しているとはいえ、両団体がもつ象徴的な「代表性」は決して軽視できないものだ。

 それゆえに、両団体の和解は、全体在日同胞社会の和合を促進し、日本政府の在日同胞政策にも大きな影響を及ぼすという、社会的・歴史的意義を持つのである。

 このように在日同胞の運命にかかわる問題を、一部の民団役員たちの反動的な思惑で「無効」にできないことはあまりにも当然なことだ。

 「六・一五共同宣言にもとづいて在日同胞が和解し団結する」という五・一七共同声明の精神を固守し、在日同胞の和合を促進しよう!


 

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