【インタビュー】

 ラムゼー・クラーク国際戦犯法廷検事に聞く

<月刊 マル誌 2001年 6月号>


 

米軍の介入で分断の悲劇 非人道的戦争犯罪の真相を

 「ようやく話すことができる『保導連盟―忘れられた大虐殺』」編の取材のために、二月二十日に米国のニューヨークでラムゼー・クラーク弁護士に会った。六月二十二日から二十五日まで、ニューヨークで開かれる模擬国際戦犯裁判で検事を担当する彼は、ケネディ政権時代に司法長官を歴任した米国の元老法曹人だ。ベトナム戦争を経験しながら、米国の第三世界支配戦略に対して批判的な立場を取り始め、現在は弁護士としてアジア、アフリカ、中南米民衆の人権のために全世界を飛び回って活躍している。

 インタビューは、ニューヨークのマンハッタンにある彼の事務所で約二時間行われた。ちょうど今、ルワンダとコソボから帰ってきたところだというラムゼー・クラークは、韓国(朝鮮)戦争当時、南韓政府による民間人虐殺問題に対して詳細に知っていた。虐殺戦犯処理に対する彼の立場は、「真実と和解と許し」という哲学を表している。このような彼の態度は、時に穏健すぎると映ることもあるが、米政府の高官を経験した七十歳の老人らしい深さと重厚さを感じさせた。彼は、戦争同時の野蛮な虐殺ももちろん明らかにしなければならないが、戦争が残した分断と飢餓の問題を一層強く提起したがった。

「問題は米国の北韓経済封鎖」

 六月に開かれる国際戦犯法廷の意義は。

「韓米関係の歴史は、米軍が韓半島に足を踏み入れた一九四五年九月八日に始まった。韓国戦争は第二次世界大戦後、米国が介入した戦争のなかで最も重要な戦争で、その後、南北韓のすべての部分に影響を与えた。三年間続いた戦争はその後、戦争そのものよりも長く持続する痛む傷を残した。そのうちの一つが文化と民族の分断である。多くの家族が離れ離れになる悲劇が生じた。一九五三年に戦争は終わったが、南には米国が駐屯することになった。自国の領土に外国軍が入っている民族は、真に自由でありえない。米国は強力な軍事力と最新鋭兵器と装備を備えている。陸であれ海であれ、韓半島のどこかで、いついかなる時に軍事衝突が生じても、核戦争を敢行できる戦術と戦略を備えた軍隊が、まさに米軍だ。歴史的に見ると、外国に駐屯する若い軍人は犯罪を犯す場合が多い。どの社会でも十六歳か十八歳から二十五歳までの若い層で犯罪率がもっとも高いが、軍人がちょうどこの年齢に該当する。韓国で米軍が強盗、強かん、殺人などの犯罪を犯す問題が継続している」

戦争犯罪を非常に幅広く解釈するが。

  「戦争が韓国人の生活に及ぼした影響は、とても深刻だ。特に北韓は戦争後、非常に疲弊した。北の国民一人当たりの所得は、韓国の五十分の一の水準だ。韓国人の平均寿命は七十四歳から七十五歳なのに比べて、北は五十歳から五十二歳程度だ。こうした状況は自然に生じたのではなく、意図的につくられた。問題は米国が北の経済の首を激しくしめていることだ。今この瞬間も、このことは猛烈に続いている。飢えと飢餓、応急措置もまともにできない遅れた医療施設などが、その結果だ。適切な医薬品ときちんとした医師体制さえあれば治療できる子どもたちが死んでいっている」

北韓の飢餓は米国の責任か。

  「北韓の飢餓は、過去数世紀の間に地球上で起きた最大の民族虐殺だ。地球上の食糧が不足したからでもなく、人間が食糧を調達する能力がないからでもない。過去にアフリカ、南米、東南アジアの国々が、帝国主義の搾取に耐えられず飢餓線上で苦しんだ。こうしたことが二十一世紀の北で起こっているのだ。過去の飢餓は、さまざまな国に一般的に広がっている現象であった。しかし現在の北の飢餓は、米国によって強要された現象だ。戦争の被害者がいまだに苦痛を受けており、次の世代とその次の世代が、その苦痛を引き継いでいくのかもしれない。北の場合は、この苦痛が心理的であるだけでなく物理的でもある。彼らは背も低く、身体器官の発育も良くなく、寿命も短くなっている。状況が正常化されても、治癒するにはかなり長い歳月が必要だろう。

  直接苦痛を経験している韓国民をはじめ、多くの人々がこの長い悲劇の真相を知りたがっている。戦争犯罪の真相も厳しく問い詰めるが、人々に悲惨な苦痛をもたらしたこのような非人間的な犯罪も追及する。なぜこのような苦痛が今も続いているのか、疑問を提起する。北に対する米国の政策が何なのか、問い詰める。『米国は、北の老人と赤ん坊が死んでいるのに、引き続き北を抑えつけるのか、また、韓国に米軍を駐屯させる名分は何なのか』という質問も投げかけるだろう」

「南の指導者は政権維持に関心」

韓国戦争中の民間人虐殺は同族どうしの集団虐殺だという点で、最悪の犯罪だと見るが。

「米国でも内戦があった。もちろん内戦というのは同じ民族が分かれて相争うものだ。その理由は主に経済や奴隷制度のような社会問題だ。韓国戦争は厳密に言って、そうした内戦だと見るのは難しい。もし、一九一〇年に韓国を占領した日本が韓国から追い出され、そして、韓国人が完全に自由になったとすれば、どうだっただろうか。外部勢力、すなわちソ連軍や米軍が韓半島に足を踏み入れなかったならば、また米軍が三八度線を引かなかったならば、どのようになっただろうか。おそらく韓半島は分断されなかっただろうし、戦争も起きなかっただろう。韓半島の分断と戦争は、このように外的な要素と利害関係によって起きた。もちろん、北側の利害関係の力学と南側の利害関係の力学が衝突した、との点を見過ごすことはできない。したがって、韓国戦争は大きく見れば内戦ではないが、具体的に見ると最悪の内戦だった。ちょうど、米国がインディアン部族を互いに争わせるようにした場合と同じだ。このような状況で、同じ民族に対する集団虐殺が起きたことは、最悪の悲劇だ」 

北韓の貧困は米国の強要

―戦争初期に韓国軍は大田、大邱、釜山へと南に後退しながら、保導連盟員と政治犯を含めて少なくとも二十万人の民間人を虐殺した。このような民間人虐殺に対して、米国も責任を避けられないが、李承晩政府の責任を見過ごしてはならないとの意見が多い。これに対する見解は。

  「韓国戦争中に数十万人の民間人が死んだのは事実だ。しかし、韓国軍が殺傷をするようになった動機は、根本的に外部から来たものだ。数的に見れば、韓国戦争で最も多くの殺傷を犯したのは米軍だ。米軍の火力と兵器は圧倒的に優勢だった。ソウルやピョンヤン、元山、興南などの大都市に無差別爆撃を加えたのも米軍だった。戦争がぼっ発して一か月後に発生した老斤里(ノグンリ)事件は、米軍が直接犯したものだ。米軍が直接銃を撃ち、米軍の戦闘機が機銃掃射した。保導連盟事件では、米軍が表に出なかった。しかし、米軍がこのような民間人虐殺を直接指示しなかったとしても、すべての過程を詳細に知っていた。このような虐殺を防ぐことのできる勢力は米軍だけだった。米軍がそうしなかったのは、何を意味するのか」

― 米軍が実質的な支配力を行使はしたが、直接虐殺を指示した韓国政府の最高位層の責任が免除されるものではないと思うが。

  「外国軍に寄りかかって同胞を虐殺した者たちに、韓国人がもっと大きな怒りを感じるのは理解できる。虐殺を指示した政治指導者や、虐殺を執行した将校全員に罪がある。『上官の命令に従ったからと、罪は酌量されない』とのニュールンベルク原則とは次元が異なる問題だ。これよりもずっと広範囲な概念だ。南の政治指導者が、国民の利益より個人的な政治欲を追求したのは明らかだ。彼らはどれほど多くの民間人が命を失うかより政権を維持するのにもっと関心が大きかった。

  ソ連軍と米軍が韓半島に入りもせず、韓半島の分断がなかったとしよう。李承晩や他の人物が出て来て、韓半島全体の統一政府を樹立したとしよう。そうなれば、韓半島の若者に互いに戦うよう戦争をあおるのは難しい。相手側に対する悪い認識を注入するために、米国は巧妙に北をひぼうした。南の人たちは、同じ同胞が野蛮で殺人鬼だと教育された。そのようにして、米国は戦争をするための南の政治指導者を担いだ。韓国の戦争なのに、マッカーサー将軍や米国のジョンソン国防部長官が表に出て命令しながら戦うことはできないからだ。だから、韓国の軍隊を戦争に引き込むための自民族の指導者が必要だった。したがって、この事件と関連して、戦争で政治家や軍指導者は弁明の余地がない。そして、ふびんにも父がいなく祖母と母、五人の子どもの家族を殺した十九歳の軍人にも、弁明の余地はない。われわれは、彼ら全員に責任があると見ている。しかし五十年が過ぎた現在、われわれが問えるのは、道徳的責任だけだ」

「虐殺者に富と名望許さない」

― 戦犯法廷の検事として、戦争中の保導連盟員の虐殺と刑務所(収容所)の虐殺事件について、米国と韓国の戦犯にどのような刑を求刑するのか。

  「わたしが常に言うところの『拘禁の無用性』と答えざるをえない。戦犯の責任者は死んでいないので、すでに永久に拘禁されたことと変わらない。彼らには、すでにあの世行きの宣告が下されたわけだ。われわれがしなければならないのは、真実を究明することだ。また、人間として得ることのできる知恵を分かち合うことだ。生における危険を予見し、過去の失敗を避けることだ。そうすることにより、同じ悲劇を繰り返さないようにしなければならない。したがって、真実こそが最も重要な問題だ」

― 責任者を明らかにできる証拠文書がないのに、どうして裁判ができるのか。

  「わたしは刑事事件の弁護士として、また検事として、多くの犯罪で真実を求めようと努力してきた。約四十年間、全世界の主要な犯罪を扱った者として、真実を発見するということは非常に大変なことだとよくわかっている。それは、人が自分の恥部をさらけ出そうとはしないからだ。適当でない手段で目的を実現しようとするとき、その手段が暴露されれば目標にしていたことが失われる。したがって、自己の失敗を隠そうと苦労するわけだ。戦犯に関するすべての事実を明らかにしてくれる、万病に効く薬のような文書が存在する確率は低い。そのような文書があるとしても、われわれがそれを発見する確率はさらに低い。ご存知のように、最悪の犯罪であるほど、文書化されていない可能性が高い。文書上の記録は危険だからだ。そうした文書を失ったり盗難されて、とんでもない人の手に渡るかもしれないためだ。

  われわれはただ最善を尽くすだけだ。人間の記憶を最大限活用することだ。老斤里事件の場合、率直に証言をした一人の米軍人は、マスコミの非難を一人で受けた。もちろんマスコミの後ろには、さらに直接的な圧力と脅迫があった。運がよければ、当時命令を下す位置にいたさまざまな者たちを探し出し、彼らが提供する文書も入手できるだろう。情報公開法により機密が解除された文書を確保できる方法も模索するし、可能ならば、多くの情報が発見されるよう期待する。当時の司令官がだれだったのか、その地域にいた人々はだれだったのか、判明するかもしれない。運がよければ、最高位層の命令がどのようなものだったのか、を知ることができるかもしれない」 

 韓国では、韓国戦争に責任のある人たちが権力を分けあったり裕福な生活をしている反面、被害者はいまだに連座制による制約で被害を受けている。

 「当時重要な決定を下したり、悲劇的な戦争へと引きずり込んだ人たちは、今は年をとって死んでいない。長い年月が過ぎた今、事実を掘り起こして責任者を捕まえることにどんな意味があるのか、考えてみる必要がある。きょう、ニューヨークのある新聞に載ったリトアニア人についての記事を読んだ。彼は一九四三年に犯した残酷な行為のために、リトアニアに送還されて戦犯裁判を受ける予定だ。彼は現在八十三歳だ。彼は実際に悪いことをしたのだろう。しかし、その人はこれまで、どのような思いで生きただろうか。罪責感で悪夢に悩まされ、夜中に悲鳴をあげて目が覚めなかっただろうか。彼は当時若かった。戦争中に汚れたことをするのは、若い軍人だ。普通は一番若い軍人だ。汚いことはわざと若い軍人にやらせる。若いほど従順だからだ。わたしはこうした事例を無数に見てきた。

戦犯に法の審判を下すことは必要だ。しかし、それは彼らを断罪するためではない。事実、すべての殺人罪を適格に断罪する方法はない。重要なことは審判の象徴性だ。彼らに残酷な行為を犯した過去があるということを社会が知ったとき、社会は彼らに権力と富と名望を許さないことを示すことだ。それがすべてだ」

民間人虐殺の責任のある人たちのうち、死んだ人もいるが、まだ生きている人もいる。彼らに対しては法的な処罰をすべきだと思うが。

「経験的に見ると、二つの方法がある。ひとつは、公権力を利用して強制的に逮捕するものだ。多くの場合、この方法を利用している。米国も同様だ。権力を利用し、さまざまな国家で犯人を捕まえている。ユーゴスラビアとルワンダで行われていることも、その例になるだろう。敵国の政権を倒すために、その政府を戦犯として迫害することだ。ほかの方法は、戦争を行った国家がすすんで改革をすることにより、民衆に権力を与えることだ。そのようにすることで、民衆自ら戦犯を審判台にのせることだ。ペルーが今そのようにしようとしているところだ。フジモリ政権時に首相だったが、フジモリに反対したとの理由で就任六十日後に首相をやめさせられた人のニュースを見た。彼は、十年間のフジモリ独裁期間中、わずか六十日間首相だったとの理由で責任を負わなければならなかった。少なくとも、ペルー国民には現在、そうした能力があるという事実が重要だ」

「許しと和解は真実が明らかに」

 ナチの戦犯を今でも追跡、逮捕しており、チリのピノチェットも法廷に立った。韓国の場合はまったくそうではないが。

 「ナチの戦犯は今も起訴されている。しかし、ナチの戦犯の多くは、米国に送られて利用されもした。核物理学者のブルーノ・フォン・ボンがその例だ。米国は彼の能力を利用した。わたしは最近、カンボジア政権に対する長期の裁判を行った。もちろんカンボジアのクメール・ルージュ政権だ。彼らは数十万人の人々を殺傷した。しかし、カンボジアが望むのは処罰ではない。政府指導層の大部分はすでに死んだ。彼らが望むのは正常な生活だ。カンボジアの指導層に対する法的措置を長く追及してきた側はだれなのか、知っているか。まさに米国だ。なぜか。簡単だ。国民をさらに引き離しておくためだ。互いに憎悪するようにすることだ。

 真の許しと和解は、真実が明らかになってこそ可能だと信じる。韓国では真相究明がなされていないこと自体が、問題だ。ひとつ付け加えたい。真実というものは、一抹の良心と羞恥心でも持つ者に処罰を意味することもある。羞恥心のない人でも、その人の罪をすべて証明する資料があれば、少なくとも顔を上げて歩くことはできないだろう。もし、自分が役員会の議長ならば、他の役員の顔をまっすぐ見られないだろう。また、他の役員らは彼を解雇してしまうから、彼は地位を失うだろう。スイスにカネを隠したり、子どもの名でカネを隠したかもしれない。そのようにして財産を失わないようにもできるし、また失うかもしれないが、重要なことは真実だ。羞恥心はむち打ちや投獄よりもずっと大きな刑罰だ」

 韓国では共産主義は死んでもよいとの認識があり、今でもそのように考える人が多い。どのように思うか。

 「一つの社会的病気だと思う。治療薬のない持病だ。米国にも似たような病気が広がっていた。必ず人を殺すものではなかったが、ひどい苦痛と社会的な敵対心を生んだ。北米に住んでいたインディアン部族の中で、最も過酷な刑罰は、殺したり拷問を加えることではなく、部族から追放することだった。部族を離れて暮らすのは、苦しく危険な生活だった。同様に共産主義にされた人たちも孤立させられた。そしていまだに赤との汚名をかけられた人たちについての話を、ほとんど毎日聞く。人々には、それが何なのか正確にわからず、無条件に彼らは生きる価値もない者たちだとの偏見が根深く染み込んでいる。韓国人は立派な文化と伝統を持っており、才能が秀でた民族だ。そこで、もし外国軍隊の駐屯がなかったなら、どうだったろうか。外国軍隊と一つの地に住むのは、そうでないのとでは天地の差だ。したがってわたしは、米軍の韓国駐屯とその直接・間接的な影響の問題に、焦点を合わせようと思う」

 (おわり)