「分断と世紀を超えて 孤高の民族教育者・李慶泰の歩み」

「李・慶泰の歩み」刊行委員会編

 

 「民族教育の自主性は、北でも南でもありません。あるいは北であり、南でもあります。積極的な意味でいうと、北と南をあわせて弁証法的な統一を行なうことです」

 李慶泰(イ・ギョンテ)先生が在日韓国・朝鮮人の民族学校である「白頭学院建国小・中・高等学校」(大阪市住吉区)の校長として在職されていた時、祖国解放の記念日である8月15日は、全生徒と教職員が登校し、記念日を祝った。

 白髪が目立ち、還暦を迎えようとする老先生は祝辞で、その威厳と重厚さの満ちた姿から、涙をにじませ祖国解放・独立の意義と歓びを私たちに語った。

 小・中学生であった私には、漠然とした意味は理解したつもりであったが、父母よりはるかに年輩の李慶泰先生が私たちの目の前で、なぜ涙をにじませ声を震わせるほどなのか、驚くだけで知るよしもなかった。

 1970年代前半までの李慶泰先生在職時代には、母国語の授業で小学校低学年は北の教科書を使い、高学年では南の教科書を使った。韓国系金剛学園や朝鮮学校とのスポーツ交流、北韓や韓国の文化芸術団公演鑑賞を私たち生徒は当時ごく自然に行なった。しかし、その民族教育の自主性と中立性を守るために、6・25朝鮮戦争後、南北の対立と日本政府の在日同胞敵視政策が厳しくなっていく中で、どれほどの苦難があったことか。この本を読み終えて先生たちの姿と声が脳裏に甦り、しばらく離れなかった。

 けれども、李慶泰先生は、様々な苦労を時にはユーモアを持って語られる優しさと余裕に、私たちへのメッセージが感じ取れる。

 李先生は、日帝植民地支配直後の1911年に生まれ、祖国と日本で育ち学び、去る10月15日にご逝去されました。朝鮮民族にとって最も不幸であったこの20世紀を誇りと矜持を持って生き貫かれた先生に学ぶことはとても多い。

海風社〈陶院業書5〉3千円(税込)

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