◇99統一大祝典・第10次汎民族大会 代表団からの感想

 

今回、汎民連日本地域本部代表団として参加した、韓統連大阪本部のメンバーから、それぞれの感想を書いてもらいました。

 

■北部祖国の人々  許 景 民(ホ・キョンミン)

 

■海外同胞との出会い  洪 智 雄(ホン・チウン)

 

■子供たちを見て感じる第10回汎民族大会  韓 輝 彦(ハン・フィオン)

 

■第10次汎民族大会に参加して  金 博 之(キム・パッチ)

 

◆投稿

 

■サッカー大会と汎民連の歩み  金 昌 範(キム・チャンボム) 

 

 戻る

 

 

   北部祖国の人々  

 許 景 民(ホ・キョンミン)

 

 万景峰92号は8月11日午後4:00頃、元山に到着した。

 今回で私は4回目の板門店での汎民族大会参加である。参加する度に思うことであるが、板門店への道は大会参加と共に南・北・海外に散らばった朝鮮民族としての同一性を探求する道でもある。

 互いに違った制度、環境下で分断半世紀を越えた今、違いがあって当然と言えば、当然である。徹底した主体思想教育、徹底した任務分担と責任関係の明確化、何故、こうも融通がきかないのかと首を傾げることも少なくない。しかし、その違いの殻をひと剥きすれば、向き合って抱き合える素晴らしい北部祖国の人々である。

 我々を迎えるために尽力して下さった北部祖国の人々、

スパナ一本でどんな故障も直してみせると白い歯を見せていたバスの一級運転手先生、いつも困った様な顔をして、我々を路頭に迷わす、どこか憎めない案内人の先生、

真っ黒に日焼けした細い体で汗を拭い、抱きしめてくれたハルモニ(おばあさん)たち、1人と握手すると小さな手が10本出てくる可愛い可愛い子どもたち。

 我々のバスに向かって手を振ってくれたすべての人々、

本当にコマプスムニダ(ありがとう)

 街並み、人、再会、風景、行事、そして感動、憂い。

幻のように過ぎ去った10日間であった。

祖国統一を約束しながら・・・。

 

 top

 戻る

 

 

   海外同胞との出会い

 洪 智 雄(ホン・チウン)

 

 今回の99汎民族統一大祝典には、7つの地域−日本、中国、独立国家共同体(旧ソ連)、米国、欧州、カナダ゙、オーストラリアから多数の海外同胞代表団が参加し、南・北の同胞とともに、海外各地に居住する同胞も統一を成し遂げる主体であることを強く印象付けた。

 海外同胞のほとんどは、日本による植民地支配とその後の民族分断という悲痛な歴史に起因する様々な事情で、海外への渡航と居住を余儀なくされた。こうしたことは、日本の植民地下で強制・半強制的に日本へ渡航せざるを得なかった在日同胞一世の方々の事情と重なるところが多い。

 今回の大会を通して私は、祖国に住む同胞との一体感とともに、海外同胞どおしが同胞として、また、同じ民族の一員として団結することが切実に求められていると実感した。

 中国から来られた、在中一世のある女性と話をする機会があり、その方が私に「日本に留学している自分の息子に、日本の同胞も統一のために努力していること、そして、今こうして祖国で出会えたということを必ず伝えます」と言って、私の手を何度も握り締めて下さった。私は、「ぜひ、日本で息子さんとお会いしたい」と答えた。

 現在、米日による祖国での戦争をあおる策動が強まる中で、海外に居住する私たちこそが、祖国の平和と統一のために努力しなければならないと思う。はっきり言えるのは、祖国に住む同胞の誰も戦争を望んでいないこと、そして、分断ではなく統一こそが全民族の意志であるということだ。

 今回の大会を通じて、海外にいる私たちが、そのような民族の意志を、自らの居住国において、多くの人々に知らしめることの重要性を再確認できた。

 今は、あの在中一世女性の息子さんと会える日を楽しみにしながら、日々の統一運動に尽力したい。

 

 top

 戻る

 

 

■子供たちを見て感じる第10回汎民族大会

韓 輝 彦(ハン・フィオン)

 

 今回、幸運にも第10回という記念すべき年に代表団の一員として大会に参加することができた。韓統連の一員としての参加、10年目というのも合わさり、不安と期待の気持ち胸一杯に今大会への参加となった。

 北部祖国で多くの子供たちと出会った。この子供たちが生まれたときにはすでにこの大会が開催されており、8・15の行事として継続開催しているのだ。思い起こせば第一回のとき、この大会をなんとしても成功裡に開催しようと尽力した人々、代表団として参加した後どの様なリスクを負うかわからず、その不安と闘いながらも、運動を前進させようとした人々、大会の意義を少しでも同胞社会に浸透させようと毎日のように宣伝活動を展開した人々、まさに歴史的瞬間を創り上げた10年前。そして今年、ついに南北海外同胞が板門店に会し、また、新たな歴史的瞬間が創り出された。

 歴史的事業を創り出してきた人々、一方で出会った子どもたち、まさに統一運動の前進と歴史的な重さをひしひしと実感した大会であった。

 反面、次の世代には統一された祖国を、という思いを持ちつづけながらもこの様な子供たちがいる。分断を過去のものとしなければならないという歴史的命題がありながらも今年の大会を向かえているという重さも実感した。

 私たちは、後々、幾数年とこの大会が継続開催されることの無いよう努力していくであろう。次の時代の担い手として誕生した子供たちが統一を勝ち取るための主人公となることの無いよう、統一された祖国の主人公となるように。そのような思いで一杯である。

 

 top

 戻る

 

 

第10次汎民族大会に参加して

金 博 之(キム・パッチ)

 

 今回、北部祖国を訪れ感じたのは、前回(95年)と比べ、状況・現状が落ちついて見えた。95年に訪れたときは、韓青時代で、見るもの聞くものが新鮮で、感動が先走りし、とりあえず目先のことで精一杯で無我夢中であった。

 しかし、今回2回目、しかも自分がいる位置が変わり、視点を変えるといろいろなことが感じられた。

 長期にわたる水害による食糧難。我々代表団の食事でさえも一部支援した食糧が使われたと聞き、心苦しく思った。

 そして、元山からピョンヤンへの道でのトンネルでは、若い青年たちを含め、たくさんの人民軍の人々が環境の悪い現場にもかかわらず、懸命に作業にはげむ姿に心打たれ、一方では、万寿台において、4年前よりも壮大な建物を目のあたりにし、心中いろいろな思いが交差した。

 今年、汎民族大会も10回目が過ぎ、自分自身の活動においてこの先、統一をスローガンに大会を迎えるのではなく、一日でも早い統一を願い、統一された祖国で

統一された祝いの大会ができるように、頑張っていきたい。

 

 top

 戻る

 

 

投 稿

サッカー大会と汎民連の歩み

金 昌 範(キム・チャンボム)

 

 「われらの願いは統一」−韓国では小学生でも知っている、この歌に込められた民族の思いを否定できる者は、ほとんど皆無だろう。

 韓国歴代政権が、その本質において反統一的であったにもかかわらず、統一問題や南北対話に対して、さも熱心そうなポーズをとってきたのもそのためである。むしろ「分断は、全部北韓のせい」だと言わんばかりに、北韓の「好戦性」やその体制への疑問をことさら南の民衆に吹聴し、自らの責任を回避してきた。そこには平和統一のためには必要不可欠な「相互尊重」「相互信頼」の精神の一片すら見当らなかった。

 90年代に入り、第1次汎民族大会の開催と汎民連の結成により、南の政権の意図を越えた、南・北・海外3者連帯による自主的民間統一運動が本格化するや、南の政権は従来の反統一的姿勢に加え、弾圧と壊柔という2つの手段を駆使することにより、民間統一運動の分裂ー具体的には汎民連・韓総連を孤立化させ、その求心力を減退化させることに執着してきた。

 実は、私はそうした事態を前にして「南の民衆にとって統一問題はどんどん現実感を失い、最早統一が無理なら、それで仕方がないと考える層が増えているのでは?」という懸念をここ数年抱いていた。

 しかし、この8月、南の最も強力な在野運動団体である「民主主義民族統一全国連合」(全国連合)が3者連帯運動に参画し、全国民主労働組合総連盟(民主労総)が、「統一念願 南北労働者サッカー大会」を通じ、自主的民間交流の主体となることを宣言したことにより、私のチンケな懸念は一気に吹き飛んでしまった。

 南北労働者代表は、8月14日の会談後に発表した合意文で「民主労総と朝鮮職業総同盟の共同開催下に今後、適切な時期に、民族の自主と大団結、平和実現、自主交流方案など、祖国統一に関する主題で産業別・職業別組織が参加する統一大討論会を開催する」とし、恒常的な統一運動を担っていくことを明らかにした。

 サッカー大会開催まで、南での労働者と政府・資本との対立局面が様々激化したことに加え、6月の西海交戦(黄海での銃撃戦)を契機に高まった軍事緊張により、その実現への道のりは、決して平坦ではなかったという。そうした困難性を克服したのは「分断の犠牲者であり、社会の主要階層である労働者こそが統一運動の主役にならねばならない」という意識と、南北間の協議に際し「自主」と「相互信頼」の原則を徹底化したことによるものである。それは同時に、汎民連運動10年が築き守ってきた理念と方向が、労働者によって担われる次代の到来であると言えよう。

 民主労総の訪北を許可した南の政府が、その舌の根も乾かないうちに代表団の李奎宰(イ・ギュジェ)・民主労総統一委員長を拘束したように、今後、当局による南の統一運動に対する弾圧は、一層激しくなることが予想される。しかし、一滴の水によりはじまった河の流れが、その方向を確かなものにした時、流れは強まりこそすれ、決して途絶えることはないだろう。

 そうした歴史の流れを達観するかのように、予備会談のための訪北時、李奎宰氏が次にように語ったことが印象深い。「・・89年の林秀卿氏の訪北時、花束を手渡した7歳の娘が、金日成総合大学の学生になっていたんです。月日の流れは本当に早いなと思いましたよ」。(月刊マル誌8月号より)

 

 top

 戻る