◇在日同胞問題欄

◇民族教育を考えるシリーズ第4回-民族学級

大阪市立北巽小学校民族講師 (イ ・ ミン ギ)さんに聞く

インタビュー:先生

取材:自主編集部

 

◆民族学級の内容について紹介して下さい。

◆北巽小では何名が民族学級に参加していますか。また、子供達は本名を使っていますか。

◆民族学級で子ども達はどんな様子ですか?

◆子ども達は、民族講師と李先生を、どのように見ていますか。

◆子供達の保護者は協力してくれますか。

◆日本人教師の民族学級に対する姿勢はどうでしょうか。

◆大阪府下の民族学級の現状はどうでしょうか。

◆民族講師のみなさんの待遇は、平均的にはどのようなものでしょうか?

◆約15年間、民族講師されて良かったなあと思うことは、何ですか?

◆子どもたちを朝鮮学校に通わせて本当によかったと思えることを聞かせて下さい。

◆「自主」の読者に対して訴えたいことをお聞かせ下さい。

◆最後に民族学級の将来について語って下さい。

 

◇<民族学級卒業生の声 高喜枝(コ・フィジ)さん>

 

 戻る

 

 

民族教育を考えるシリーズ第4回−民族学級

大阪市立北巽小学校民族講師 (イ ・ ミン ギ)さんに聞く

インタビュー:先生

取材:自主編集部

 

 民族教育を考えるシリーズの最終回として、生野区で同胞が在校生の半分を占める北巽小学校で活躍されている民族講師の先生(ソンセンニム)に民族学級について語っていただきました。

(自主編集委員会)

 

 top

 戻る

 

 

◆民族学級の内容について紹介して下さい。

 私が教えている北巽小学校の授業では、まず、ウリマル(韓国語)ですね。それとウリナラ(祖国)の地理、歴史、音楽、風習、生活それと図工です。

授業は、1年から6年まで各学年ごとに、1週間に1回のペースでやっています。実施している時間は、基本的には課外で6時間目と7時間目です。

 これとは別途に「国際理解教育」というのがあります。これは5年生と6年生を対象に、土曜日の時間を使って1学期に3回ぐらい行われます。これは通常の民族学級とは違い、通常の授業の一環として民族学級の意義などについて学んでいます。

 また、各学年毎の年間計画があります。大枠では、低学年は民族と慣れ親しむということ、高学年では民族を大切にするとか、そのことを活かしていくといったものです。具体的には、本名のことをどうとらえるか、祖国との関係をどのように感じるか、日本社会での生活上のこと、この3つですね。

 

 

 top

 戻る

 

 

◆北巽小では何名が民族学級に参加していますか。また、子供達は本名を使っていますか。

 同胞の子ども達は、全校生徒約800名の内、日本籍も含めると約400名です。学年によって異なりますが、その内平均して90%ぐらいの子どもが民族学級に参加しています。韓国・朝鮮の国籍を持つ子どもの方が圧倒的に多いですね。日本籍の子どもは約50人です。

 学校生活すべてにわたって本名を使用している子ども達は平均して20〜30%ですが、それとは違った形で、名札は通名でも担任の先生がクラスでは本名で呼んでいる子どもがいます。この子ども達を含めると40%ぐらいにはなりますね。

 top

 戻る

 

 

◆民族学級で子ども達はどんな様子ですか?

 かわいいですね。

やはり、民族学級が設置されていることで、まず、自分たちが同じ朝鮮人どうしやということがわかるし、そのことで日本人の友達にも自分のことをはっきりとわかってもらえることにもなるだろうと思います。民族学級の存在意義はそこにあります。その一方で、子どもの成長とともに、とくに高学年ともなると、民族のことが、実際の日本社会の中では活かしにくいととらえられ、参加の状況が悪くなりますね。

そこで、去年から5年生を対象に「国際理解の時間」を使って「どうして民族学級にいくのか」について話をすることをはじめ、「民族学級に行きましょう」と呼びかけています。

 

 top

 戻る

 

 

◆子ども達は、民族講師と李先生を、どのように見ていますか。

 子供達にとって、民族講師という存在は、目に見える民族といえるのではないでしょうか。その中で、自分とつながる「姉さん、兄さん」というような親しみはあると思います。

それで、親しみがあるからこそ、その人が学校の中において、客観的にどんな存在であるのかというが大事だと思います。それは民族講師が、学校の「教員」として存在すれば安心するし、逆に学校とは切り離された存在としてあれば、子供達は不安に思うでしょう。

 また、民族講師は、民族的な素養だけでなく、それ以上に「人権感覚」が絶対に必要だと思います。それとともに、あらゆる面で人権文化を創造するということの必要性を感じていないとダメだと思います。

 

 top

 戻る

 

 

◆子供達の保護者は協力してくれますか。

 小学校の場合は、保護者も子供達と一緒に学ぶという雰囲気ですね。

 もちろん、子どもへの教育のために、民族教育に関連するいろんな行事や行政との交渉などに保護者は参加されますが、その参加の中で保護者自身が子ども達とともに「自分が朝鮮人なんだ」ということを学んでいくみたいですね。

 

 top

 戻る

 

 

◆日本人教師の民族学級に対する姿勢はどうでしょうか。

 民族教育の課題が日本の学校教育においても柱であるという意識が浸透していますので、民族学級が設置されている学校の中では、民族講師が「勝手にやっている」というような感じの学校は、1校もないと思います。学校によって格差はありますが、学校全体で取り組むことだという意識はどの学校にもあると思います。

 

 top

 戻る

 

 

大阪府下の民族学級の現状はどうでしょうか。

 大阪府内の小学校と中学校全部で、約150学級あります。ですから大阪府では、かなりの広がりをみせています。特に大阪市で現在、保護者の要望があれば学校に民族学級を設置するという教育委員会との「合意」があることも手伝って広がり続けている状況です。ただ、一人の民族講師が、一つの学校で充分な教育をする上での充分な予算は取られていないのも現実です。民族講師数は全体で約50名です。

 

 top

 戻る

 

 

民族講師のみなさんの待遇は、平均的にはどのようなものでしょうか?

 職業として民族講師を考えると、とても厳しいですね。充分な制度保障がありません。

 民族講師の給与について具体的な数字を言いますと、大阪市の場合、市当局から支給される謝礼(小学校で週1回当り3830円)と民族講師会による物品販売などを合わせて、やっと月14〜15万円程度です。ただ、実際に、学校現場で教育する時間以外にも、授業の準備や研修あるいは民族教育を進める運動に関する活動など、時間に関係なく働いています。職業として考えると、民族講師の待遇はかなり低いと思います。

 

 top

 戻る

 

 

約15年間、民族講師されて良かったなあと思うことは、何ですか?

 やはり、子どもが自分の民族を自覚している、とはっきり分かる時ですね。

民族であることを、自分にとってプラスのものとして子ども自身が引き受けていると分かる時でしょうか。それは、卒業後に、ウリマルを勉強したい、本名にしたいと私を訪ねてくる子がいます。

 私は小学校中心に民族講師をしていますが、子どもが中学、高校、そして社会人という成長過程で、民族を自覚して生きているとわかった時が、一番嬉しいですね。

 すごく狭い社会の話かもしれませんが、卒業した子どもと久しぶりに出会って、周りに友達や親など、どんな人がいても、自然に「ソンセンニム!」と呼んでくれたりすると、その子どもにとって、民族が肯定的にとらえられているなあ、と思いますね。

 

 top

 戻る

 

 

「自主」の読者に対して訴えたいことをお聞かせ下さい。

保護者の方で、自分の子どもを本名で卒業させないとか、通学させないとか、自分自身を問い直してほしいですね。

子ども達は、集団の中で育つという側面があります。それは民族学校でも民族学級でも同じです。本名で通学させることが、友達関係の中でもっともストレートな出会いを保障すると思います。

 

 top

 戻る

 

 

最後に民族学級の将来について語って下さい。

 朝鮮人として社会的で自主的な判断をできる人間になることができるような社会や学校教育になれば、民族学級が無くなってもいいと思っています。それは私たちが、本名を名乗ることとか、ウリマルを学ぶこと、また、私たちの中で共通の歴史認識を持てるのであれば、本当にそう思います。

しかし、私たちの現状はそうしたものでないばかりか、もっと厳しい状況にあると思います。民族学級に集う子供達が民族のことに触れ、楽しみ喜んでいられるような、生易しい状況ではないと思います。

 朝鮮人であることを当り前のように出していける教育制度が、まだまだ必要でしょうね。今後の課題としては、民族学級を行う上で、実質的に教育をできる人の育成、それは日本人教師の育成を含めて必要だと思います。それと、民族講師にふさわしい制度保障が必要と思います。

本当に「朝鮮人がのんきに生きれる社会」を目指したいですね。私、本当はのんきな方なんですよ(笑)。

 

―民族学級と民族講師の現状について貴重なお話しをうかがうことが出来ました。

 本当にありがとうございました。

 

 top

 戻る

 

 

◇<民族学級卒業生の声 高喜枝(コ・フィジ)さん>

 現在、高校2年生(日本学校)

 小学校には民族学級がなかったので、中学校の時に民族学級に進んで参加するようになりました。3年間とても楽しかった。学校の先生は協力的で、オモニ(母)はいつも文化発表を見に来ていました。

 中学校から本名を使うようになり、最初は日本語読みだったのが、民族学級でいろいろ学び、ウリマル(韓国語)読みに変えました。

 これからも多くの後輩たちが、民族学級に参加して欲しいと思う。

 

 top

 戻る