◆コラム◆

 民主主義とエビ天

 「京橋はええとこだっせ!、グランシャトーがおまっせ!」ああ、飲み過ぎた。空きっ腹にガンガンやってしまった。ビール3本に冷酒が2杯、それから…とりとめもなく今夜の飲歴をたどる。アセチアルヒデヒトと肝機能との戦いが始まった。コロンボのようにポケットをあちこち探って、かろうじて400円を探し当てた。京橋名物立ち食いそば。「天ぷらソバちょうだい」「あいよ、380円」、発注から完成まで5秒、前人未踏の早さである。天ぷらである。海老天である。直径10cmほどの天ぷらの端に間違いなく海老の尻尾が見える。これなら期待できる。天ぷらをおもいっきり汁に浸し、一気に半分に切断した。アレ、海老がない。「まあ、380円で天ぷらソバもないはな」一人で納得し、完全に内容物のない尻尾のメリケン粉天ぷらを食した。汁の温かさが嬉しい。

 いよいよ切断された残り半分の処理に取りかかった。尻尾部分1cmと本体部分2cmを残し切断した。アレ…海老がない。今夜の酒が悪かったのか、わが目を疑った。泥酔した目を凝らしながら、右手に持った割り箸で尻尾の付着していない天ぷら部分を分解調査してみる。ウーン、やはり海老がない。情けない。どんぶりの蒸気と緩んだ涙腺のため、グチャグチャになった顔で、ズルズルと鼻水と汗を同時にすすっている。さあ、いよいよ待ちに待ったミケランジェロの最後の晩餐…なんのこっちゃ。残された部分の処理が私を待っている。「まあ、ええか。3cmでも海老は海老や。ロブスターも伊勢海老も、車海老もブラックタイガーも、そして、私にすべてを任された正体不明のこの海老も、海老は海老や。立派な海老や―!」と、その時である。韓国の民主主義を彷彿させる事態が起こった。何と、尻尾部分が本体部分と解離し、浮遊しているではないか!私の記憶では、何ら外的圧力を加えた覚えがない。私の大切な、大切な海老天である。何故だろう。気がつけば、ボロボロにされた天ぷらが、いや、天かすが膨張し、勝ち誇ったかのようにどんぶりの中でのさばっていた。戦いは終わったのである。私は静かにどんぶりを置き、店を出た。

 「天ぷらソバちょうだい」入れ替わりに入ってきた客が大声で叫ぶ。ついさっきの私のように、希望の胸膨らませ、なけなしの小銭をしっかりと右手に握り締めた愛すべき民衆である。この社会は、これほどまでに多くの犠牲を強いて成り立つものなのか!天を仰ぎ、大きくため息をついた私の背中に、ネオンライトの様なニュースが聞こえてきた。

 「韓国の金大中大統領、ノーベル平和賞受賞決定!」

 

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