人としての誉れに如何ほどの差があるのでしょうか?

 

 拝啓 金大中大統領殿。

 ノーベル平和賞を受賞されたとの朗報を聞き、お祝いの挨拶をさせて頂きます。「おめでとうございます」。東アジアの平和と安全や人権に対する多大な貢献は、世界の注視に値するとの事だと聞き及んでいます。

 思い起こせば、貴方が日本に滞在していたころ、そう!27年ほど前の事です。かなり以前の事なのでお忘れでしょうか?私にとっては忘れようにも忘れられない時代です。韓国が維新独裁という暗黒の時代に突き進んで行ってしまった頃、私は10代の後半で、これからの人生に、夢と希望を胸に秘めながらも漠然とした不安を感じる青春の真っ只中でした。時間というものは、残酷なものですね。と言いますのも、人間には忘却の機能という優れものが備わっており、時の経過とともに自身の都合の悪いものから忘れてしまうようです。所謂、一人前の社会人として生活を送っていますと、青春時代の言動が後悔の種になるようです。まあ、後悔とまで言わないにしても、社会悪や不義に対する憤りは、何だか薄っぺらな物に感じられ、「世の中の経済的仕組みや現実社会のあり方はああだこうだ」と講釈を垂れるようです。長いものに巻かれるというか、実利への取捨選択を考えてしまうというか。

 ところで、金大中大統領殿。私も27年前の貴方のような年代になりました。所謂、一人前の社会人と言われておりますが、どうしても腑に落ちない事があります。世の中の仕組みも現実社会のあり方も心得ていると思ってはいるのですが、1973年8月8日に貴方が当時の韓国中央情報部に拉致される前の8月5日に貴方が出席し「朴正煕軍事独裁政権打倒、海外同胞団結、永久分断陰謀粉砕」などの行動方針を決定し、結成に合意した「韓国民主回復統一促進国民会議日本本部(韓民統)」という組織(1989年に在日韓国民主統一連合へ組織改編)は、貴方の後悔の種なのでしょうか?それとも、当時の暗黒時代において、貴方と共に、民主化を求めようとした事は貴方の意に添わなかった事だったのでしょうか?貴方は1980年・春の「光州事件」で死刑判決を受けましたね。反国家団体の首魁だとされたわけです。当時の社会状況からして、国家保安法違反での死刑判決は正しかったのでしょうか?そして、私達が救命運動を行ったのは間違いだったのでしょうか?確か貴方は、国家保安法は撤廃すべきだと発言していたはずです。この発言も誤りだったのでしょうか?

 貴方は、6.15南北共同宣言を発表した後、「もう戦争はありません!」と国民に訴えましたね。同じ民族が、南北に引き裂かれ殺しあうというおぞましい経験を繰り返してはならないという事は、声高に叫ばなくても、同胞であれば誰もが思っており、只、そのようにさせない恐怖政治のシステムを存続させていただけではないですか?日本帝国主義から解放されるや否や、東西の冷戦体制に組み込まれ、分断されてしまい、挙句の果てには、殺し合いまでさせられてしまった悲劇は、その時代の社会状況がさせたとの一言では済まされないはずです。過ちは過ちとして認め、是正していく勇気が必要なのではないですか?貴方の拉致や死刑判決、そして、何故、民主化を訴える人々が殺されなければならなかったのかも。それとも、もう貴方自身が大統領にもなり、名誉も回復されたから、過去の事は水に流そうというのですか?だとすれば、もう貴方の恨は晴れたのでしょうね。では、犠牲になった人々の恨は何時晴れるのでしょうかね? 不義を不義とも思えず、過ちさえも正せない社会で生きなければならない事は不幸ではありませんか?

 ところで、国家保安法でいうところの反国家団体の首魁と抱き合った貴方は、何故、国家保安法違反の罪で罰せられないのですか?韓国は法治国家ではないのですか?どうも腑に落ちません。

 長くなりましたので、最後に一つだけ質問させて下さい。在日韓国民主統一連合は、未だに、名誉回復も、韓国への自由往来も認められておりませんが、貴方が認めるなと指示なさっているのですか。それとも、在日韓国民主統一連合という組織をもうお忘れになったのですか?

 今、貴方が人として成さねばならない事は、国家保安法をして処罰された全ての政治犯や、良心囚、指名手配者等の釈放と名誉の回復を行う事と共に、国家保安法をすぐさま撤廃する事ではありませんか?そして、民主化の為に、闘ってきた人々の母国往来の自由を保障することではないですか?勿論、無条件にですよ。幾千、幾万もの涙が踏みにじられてきた歴史はもう終わりにしなければならないと思いませんか?

敬具

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