◆コラム◆

 世界地図

 連れ合いの出産準備入院のため、3ヶ月半、みっちりと家事全般を担うことになった。家事全般といっても日頃、連れ合いが担っている仕事をしているだけである。

 掃除、洗濯、炊事、ただこれだけである。と、高をくくっていたら、これが実に凄まじい。

 入院1ヶ月目にして、息子が一言、「アッパ(おとうちゃん)家臭いで!」。玄関を入ると、靴箱の一角が郵便の山になっている。流しは洗い物の山、マヨネーズか、醤油か、流動体が固体に変化して、あちこちへばりついている。見るだけで戦意消失(明日にしよう)。

 洗濯機の周りは、下着とシャツが我が物顔でのさばっている(明日にしよう)。一風呂浴びてと思いきや、風呂場がまた、主人をカビと錯覚しているのか、タイルのあちこちで世界地図が完成しているのである。

 ビールを飲もうと冷蔵庫を開けると、いつ買ったか忘れてしまった牛乳がヨーグルトに変化していた。買ってきたホカホカ弁当で息子と食事、息子が一言「アッパ、学校の先生が外食ばかりしてたらアカン言うとったで・・・」。

 着替える下着がない。着て行くシャツがない。どれをクリーニングに出したのか記憶にない。電気、水道、ガス、電話、何月分を払ったのかさっぱり分からない。何時止まってもおかしくない。

 朝6時半の起床から、再び床に寝付くまで、家事というのは終わりのない仕事なのである。「今日は一日頑張った。一風呂浴びて、ビールが美味しい」では収まらないのである。一風呂浴びたら、タイルと湯船を掃除し、下着とシャツは洗濯し、洗濯が終わったら干して、干し終わったら、たたんでボックスにしまう。ビールを飲んだらビンとカンは分別し、2週間ごと火曜日の資源ゴミ回収の時に、当日の朝9時までに出さなければならないのである。

 当たり前のような日常も、気づこうとしなければ、何も見えない。気づけば、いろいろなことが見えてくる。日常も、社会も、統一も・・・。8月6日、第7回統一マダン生野が開かれる。

 

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