分断の時代が終わり、統一の時代が始まった!

 祖国が二つに引き裂かれて55年、祖国統一への巨大な扉は、全民族の統一念願によってついに開かれた。

 2000年6月、南北海外すべての同胞が固唾(かたず)を飲んで見守る中で、世界中の人々の耳目と関心が集中する中で、南北の首脳がついに出会い、固い握手を交わした。史上初の南北首脳会談が開催されたのだ。

●異例ずくめの南北首脳会談

●統一会談が成しとげた6・15南北共同宣言

●統一のその日まで、私たちは二度と失望しない



 

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●異例ずくめの南北首脳会談

 6月13日午前10時25分、金大中大統領は、初めてピョンヤンの空港に降り立った。タラップの下で待ち受けていたのは、驚くべきことに金正日国防委員長であった。国際慣例から見た時、首脳が直接空港まで迎えに出るというのは考えられないことだ。両首脳の満面の笑顔と固い握手で南北首脳会談は、劇的な幕を開けた。空港までの出迎えに驚くのもつかの間、金大中大統領を乗せた車に金正日国防委員長が同乗し、およそ40分、ピョンヤン市民の熱烈な歓迎の声に送られながら直接迎賓館まで案内した。会談に臨んだ両首脳のなごやかに談笑する姿は世界に報じられ、民族がついに和解と団結の時代を迎えたことを告げた。二日目に開催された南北両首脳の会談は、実に3時間を越えた。通常、首脳同志の会談は一時間を越えることすらほとんど例がない。晩餐会で、杯を交わし、にこやかに語り合う金大中大統領夫妻と金正日国防委員長はまるで旧知の間柄のようであり、そこには、真にうちとけあった同胞、ともに生きる民族の姿があった。最終日には、予定になかった午餐会が急きょ開催され、両首脳は、互いの労をねぎらい、別れを惜しむかのようであった。そして、金正日国防委員長は、空港まで金大中大統領を見送り熱い抱擁を交わした。

 過去、世界の外交史を振り返って見た時、いかなる友邦国の間であっても、最高指導者に直接出迎えられ、見送られた首脳がいただろうか。わずかな滞在期間に、これほど緊密に長い時間をともに過ごした首脳がいただろうか。3時間にもわたって額を突き合わせて虚心坦懐に意見を交し合った首脳会談があっただろうか。この国際慣例の常識を打ち破る異例ずくめの会談に対する答えは一つ。分断史上初めて開催された南北首脳会談は、国と国との間の外交交渉ではなく、国の統一問題を話し合う民族内部の会談であったのだ。国家間の外交儀礼ではなく、同民族に対する精一杯のもてなしであり、互いが一つの民族であることを確かめ合う和解と団結の場であったのだ。

 3日間、テレビの前に釘付けになった私たちは、こみあげる涙の中で、すでに分断の時代が終わったかに思えた。抑え切れない胸の高鳴りの中で、はや統一が実現されたかのような気持ちにとらわれた。果たしてそれは何かの錯覚だろうか、一瞬の幻想だろうか。いや違う。確かに分断の時代が終わり、統一の時代が始まったのだ。

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●統一会談が成し遂げた6・15南北共同宣言

 私たち全ての同胞の胸に、民族はひとつであり、私たちは離れては生きていけないのだという感動を与えた南北首脳会談は、6・15南北共同宣言の発表によって祖国統一への道標を明らかにした。

 5項目からなる共同宣言は、その第1項目で、「南と北は国の統一問題を、その主人であるわが民族同士で互いに力を合わせ、自主的に解決していくことにした」と宣言した。民族の団結した力で自主的に統一問題を解決することを全世界に宣言したのだ。米国・日本は、ここで明らかにされた民族の意志に従って、これ以上わが祖国の統一問題に干渉してはならない。そして私たちは、民族の団結した力で外部勢力の干渉を排して自主的に統一を実現していかねばならない。ここには、7・4南北共同声明で明らかにされた「自主・平和統一・民族大団結」という祖国統一三大原則の精神が集中的に表現されている。

 第2項目では「南と北は国の統一のため、南側の連合制案と北側の緩やかな(基礎的)段階での連邦制案が、互いに共通性があると認め、今後この方向で統一を志向していくことにした」と宣言した。第1項目の統一の原則に続いて第2項目で統一方案についての歴史的合意がなし遂げられたのだ。半世紀以上にもわたって異なる体制の下で歩んできた南と北が、どのような方式で統一を実現するのかという問題は核心的問題だ。この統一方案に関して全民族的合意が得られたならば、わが祖国の統一は一気に現実化するであろう。しかし、それゆえに、統一方案に関する南北の対立は最も先鋭を極め、今まで一度も南北間で統一方案に関する合意が成し遂げられたことはなかった。古くは「赤化統一」か「勝共統一」かで対立し、近年では、「連邦制統一」か「吸収統合」あるいは「国家連合」かで鋭く対立してきた。それが今回初めて統一方案に関する合意が成し遂げられたのだ。したがってその表現は極めて慎重なものとなっている。北側は、「高麗民主連邦共和国創立方案」という完成段階の連邦制を自らの統一方案としているが、今回「北側のゆるやかな(基礎的)段階での連邦制案」という表現で段階的・漸進的に連邦制を進めることが可能だという意志を明らかにした。また南側は、「南北国家連合」を主張してきたが、今回「南側の連合制案」と表現し、広い概念の連邦制案に歩み寄った。そして「南と北は国の統一のため」と前段に明記することで、一民族二国家でなく、あくまで一民族一国家を志向することを宣言したのだ。今後、この基礎的ではあるが画期的な合意を下に、南北海外同胞は全ての英知を集めて、全民族が合意しうる「一民族一国家、二政府二体制」にもとづく統一方案を、遠くない将来に必ずや確立するだろう。

 宣言の署名者は、大韓民国大統領金大中、朝鮮民主主義人民共和国国防委員長金正日とある。国際社会では当然のように二つの国家の代表と理解するだろう。しかし、私たちは違う。この合意の精神に立脚するならば、大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国とは、国家の呼称ではなく、一つの国家を目指す二つの地方政府の呼称であり、金大中大統領と金正日国防委員長は、別々の国家の代表ではなく、統一国家をめざす南北二つの地方政府の代表なのだ。

 続いて第三項目では、離散家族及び非転向長期囚など人道的問題に関する早急な解決に合意し、第四項目では、経済協力及び諸分野における協力と交流の活性化について合意した。分断の最も直接的な被害者の傷を一日も早く癒し、引き裂かれた南北の経済と社会の各分野そして南北同胞をひとつにつなぐ道が指し示されたことの意義は、実に大きいと言わねばならない。

 そして、最後の第5項目では、合意事項の早急な実践のため、当局間対話を開催することに合意した。今回、両首脳の出会いに関心が集中したが、南側の各界各層を網羅した大型代表団は、北側各界各層代表と、それぞれが感動的に出会い、同族の情を分かち合い、国の統一への決意を強めたことだろう。まさに、歴史的な南北両首脳の出会いと首脳会談の開催と同時に、南北のほとんど全てのチャンネルが開かれたのだ。南北海外すべての同胞が新たな決意で統一へと奮起した時、わが祖国の統一は目前にある。

 さらに共同宣言末尾には、金正日国防委員長のソウル訪問合意が記された。早くも実現を危ぶむ声が小さくないが、必ず実現するだろう。それは意外なほど早く訪れるかもしれない。その時期と内容を決めるのは、他でもない自主の原則の下に大同団結して闘う統一運動の主人公である私たちだ。

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●統一のその日まで、私たちは二度と失望しない

 史上初の南北首脳会談の開催合意が発表された4月10日、この報に接した在日同胞は、一様に支持・歓迎しながらも、その反応は思いのほか静かなものであった。72年の南北共同声明発表時の熱狂的雰囲気にははるか及ばず、92年の南北合意書発表時に抱いた統一への期待の高まりとも異なり、94年の首脳会談開催合意発表時の高ぶりも見られなかった。分断時代が半世紀以上にもわたってしまったことから来るあきらめ、期待しては裏切られてきた痛恨の経験から来る疑心暗鬼、再び失望させられることへの怖れ、不安がそうさせたのだろう。

 しかし、金大中大統領を金正日国防委員長が直接出迎え、満面の笑顔で堅い握手を交わした瞬間、胸深く大切に抱き続けてきた統一熱望は一気に噴出した。分断時代にほんろうされてきた在日同胞一世たちの傷は癒され、統一時代を夢見る青年学生たちの熱気は天を突き、差別と偏見の中で民族に背を向けてきた同胞たちも言いようのない感動を覚えずにはいられなかった。それほどまでに引き裂かれた民族がひとつになろうとする姿は感動的であり、世界に向けてその姿勢を示したことは民族の誰もにとって誇りであった。

 この熱気、感動、確信が、再び落胆、失望に帰すようなことがあるのだろうか。もし、そんなことがあれば、在日同胞は二度と立ち直れないかもしれない。

 私たちは、一喜一憂するのを止めなければならない。期待を持って見守ることから一歩踏み出さなければならない。再び訪れるかもしれない失望の底深さを恐れて歓喜することをためらってはならない。

 私たちこそが統一運動の主人公なのだ。自主的に解決するということは私たち一人一人が参加することなのだ。団結するということは在日同胞がひとつになることなのだ。私たち全ての在日同胞が、力を合わせて、南北共同宣言の実現に向けて新たな一歩を踏み出すことによって、祖国統一の歓喜の日が約束されるのだ。

 私たちは、二度と失望しない。私たちの目には、躍動する統一祖国のまばゆいばかりの姿が見えている。

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