「われ生きたり」

 金嬉老(キム・ヒロ)

新潮社:1500円

 1968年2月、一人の在日韓国人が、暴力団員2名を射殺し、静岡県・寸又峡の旅館にろう城した。旅館の壁には、「罪もないこの家に大変な迷惑をかけたこと、心から申し訳なく思います。この責任は、自分の死によって詫びます。お母さん不孝を許して下さい」と書かれていた。

 「こんなにも純粋に生きることができるのか?」、私がこの本を読んで感じたのは、それであった。

 アボジ(父)を事故で亡くし、子どもたちと生きて行くためにオモニ(母)はリヤカーを引いて屑拾いをし、生計を支えた。

 小学校3年生の時、お弁当のおかずがニンニク臭いといじめられ、オモニの作ったお弁当を床にひっくり返されたことで、いじめグループに飛び掛かっていった。そこへ担任の先生がやって来て、理由も事情も聞かずに叱られたあげく、皮のスリッパで腹を蹴り上げられ、あまりの激痛のためクソをもらした。

 そのために、同級生みんなから、ひどいヤジを受け、悔しい思いと何ともいえない気持ちで泣きながら家に帰った。そして帰り道に、教科書の入った鞄を川に放り投げ、学校には行かなくなった。

 少年時代の差別が、心に大きな傷を残し、その積み重ねがその後の金嬉老を形成していく。

 彼は、差別や不義に対して、懐柔にはいっさい応じず、自分の生き方を貫き通していく。

 なにゆえ彼は、ライフルを手にせざるを得なかったのか。日本人による韓国人への普遍的な差別状況の中から特殊な「金嬉老事件」の必然性が見えてくる。

 戻る