再開される朝日国交正常化交渉

 

 99年12月3日、村山訪朝団は、朝鮮労働党と国交正常化交渉の再開に合意した。これにより、実に7年ぶりに朝日の交渉が再開される。

■「李恩恵」(リ・ウネ)問題とは何だのか

■朝日国交正常化と韓日条約

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■「李恩恵」(リ・ウネ)問題とは何だのか

 前回の朝日会談は、91年1月から92年11月まで8回もたれた。

 日本政府にとって日朝交渉は、過去の朝鮮への侵略・植民地支配に対して、国家としてケジメ(謝罪と賠償)をつける非常に重要な交渉である。また、アジアの平和のためにとっても大きな意味を持ち国際的にも注目されていた交渉が、なんと「李恩恵」問題を交渉の前提条件に持ち出したことにより、中断してしまった。

 あれ程大騒ぎした「李恩恵」問題は、その後どこに行ってしまったのだろうか?

 朝日交渉の契機は、90年9月の金丸自民党副総裁(当時)と田辺社会党委員長(当時)を団長とする自社代表団と、朝鮮労働党との間で交わされた「三党共同宣言」であった。この宣言には、過去の植民地支配の謝罪と賠償が明記されていた事から、日本の外務省は大いにあわてふためいた。

 何故なら、韓国と謝罪も賠償もなしに国交を正常化した「日韓条約体制」の崩壊に直結するものであったからである。

 故に、日本政府は、この三党宣言阻止を最大の目的とし、朝日正常化をあくまで韓日条約体制との「整合性」の中に押し込む事に固執した。三党宣言の延長で交渉に臨んだ北朝鮮政府との距離が埋まらなかったのは当然である。

 加えて、当時は力で北朝鮮を屈服させようとしていたアメリカが、日本の独自外交にブレーキをかけていたのも日本政府の追い風となった。

 つまり「李恩恵」問題とは、あくまでも口実であり、当時の日本政府は北朝鮮と国交を正常化をする意志も準備も全くなかったという事である。

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■朝日国交正常化と韓日条約

 それでは今回再開された背景は何か。

 最大要因は、アメリカの対北朝鮮政策の変更である。

 ペリー報告に象徴されるように、アメリカは対北朝鮮政策を「力による屈服・崩壊」から「対話による交渉・正常化」へと大転換した。

 今春には、北朝鮮の高官が訪米し、連絡事務所が開設され、朝米関係は政治、経済にわたりより進展していくであろう。そして、自国の負担を軽くして利益を得ようとする米外交にとって、朝日正常化は賠償が伴う事から、日本が「カネ」を米に代わって負担してくれるという意味でも大歓迎なのである。

 日本にしても敗戦から半世紀以上経過した今なお、北朝鮮に対して一切の戦後処理を放置し続けることはもはや許されない。

 また、前回交渉では日韓条約体制に固執し、一切の歩みよりを見せなかったが、今回は、村山談話等で多少の謝罪の意志は表明しており、若干の歩み寄りの準備はある。とりあえずは、交渉再開の内外の環境が整ったという事である。

 しかし、交渉再開が簡単に正常化に進むとも思われない。

 7年前とは多少の変化があるといえ、基本的には、「日韓条約体制維持」の日本政府の姿勢は変わっていない。

 南北を問わず、朝鮮半島の人々と真の和解と友好を実現する一歩は言葉だけの「おわびや反省」でなく南北双方に対して韓日併合条約が不法かつ無効であった事を認め、侵略・植民地支配に対する誠意ある謝罪と清算を行う事が21世紀の日本外交の出発点とならなければならない。

 日本政府は、朝日交渉の過程で「日韓条約との整合性」に固執する事なく、日朝正常化を日韓条約の不当性の是正の上に置くべきある。そうしなければ、交渉は絶対に成立しないだろう。

 「朝日国交正常化問題」と「韓日条約見直し問題」はコインの裏表である事を銘記しなければならない。

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