第118号 2001年 3月 24日 


韓 国 人 権 ニュース

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(全国連合 ファックス新聞ミン 第13号 3/20)

国家保安法の被害者は依然として続出している

国家保安法撤廃闘争に一層力量を傾注しなければならない

南北和解時代の最大の障害物だと指摘されている国家保安法を廃止しなければ、本当の平和と人権を論議することができない。

この間の、各界各層の廃止要求にもかかわらず、国家保安法は厳然として、実定法としての自己の任務を忠実に遂行している。

国家保安法の撤廃に対する動きが確実な態勢にあるこの瞬間にも、国家保安法による良心勢力の弾圧は継続している。

証人として法廷に出頭するために入国した海外の統一人士、ソン・ハクサム氏に対する不法な拘束(2月26日)、いわゆる民革党関連容疑で不法に連行されたイム・テヨル氏(3月6日)、公開的な政治活動を問題にされている民主労働党学生委員会に対する弾圧の事例(3週間で6人連行)、そして継続して行われている韓総連の代議員に対する不法な連行など、このような事態は過去の話ではなく、現在の和解と統一の時代である、2001年3月にほしいままにされている事実だ。

国家保安法は、既存の公安弾圧機構にとって、最大の生存根拠を与えてくれるので、最後まで保守守旧勢力が死守しようと努力しているのである。

現在国家保安法に対する闘争は、単純に悪法への抵抗次元ではなく、人間の基本権を侵害し、分断を固定化しようとする、既存の国家的な体制に対する拒否と解体闘争とならなければならない。

現在、国家保安法に対する闘争は、長期戦の性格で、各自の根拠地で粘り強く繰り広げられているが、国会前での1人リレーデモは、3月22日で30日を記録しており、ミョンドン聖堂では、韓総連の指名手配者を中心に、各界各層の人々がくりひろげる「国家保安法撤廃文化祭」が毎週土曜日に行われている。また、不法連行に対抗する糾弾大会が国情院、保安捜査隊、検察庁に向けて連日、継続されている。

国家保安法闘争は、すでに全国民の広範な支持を受けている。国家保安法の臨終に際して、どんなことをしてでも生き返らせようとする保守守旧勢力に対し、全民衆の名のもとに廃止闘争を一層組織的で効果的に展開して行かなければならない。

 

(人権消息 第1814号 3/17)

<論評>人権侵害の総合展示場、テウ自動車

テウ自動車が仰々しい整理解雇式を行った。警察の過剰出演のなかで、始動をかけて、労働者とその家族に向けて、疾走につぐ疾走をした。市民は、心臓が止まるほどの衝撃を受け、人権団体は、常識としていた人権基準をそっくり廃車にしてしまいたい衝動に駆られるほど、無気力だった。

戒厳令をほうふつさせるプピョン駅周辺で、連日くり広げられた事件は、人権侵害という言葉ですべてを表現するものだった。2月16日、整理解雇された1750人の労働者とその家族は、その苦痛を慰労され救済されるどころか、あちこちで検問され、連行され、殴られ、便所の戸をあけたまま用便させられ、手錠をかけられたまま家族と面会させられ、裸にされ、泣き叫ぶ子どもと隔離される悪夢を見なければならなかった。

労働し家族の生存を維持する権利をはく奪された。そうした憤りを吐露できる集会とデモの権利も無視された。鉄壁の封鎖が続き、市民団体の関係者に許可された一人デモも、彼らには絵に描いた餅だった。警察に腐った水のように扱われた彼らの身体は、じゅうりんされるままにじゅうりんされた。一言でいって、テウ自動車の解雇労働者らは、人権侵害の総合展示場に登場した多目的展示物だった。

テウ自動車をおおい尽くしたこの暴圧は、韓国政府の人権意識を露にしただけでなく、無気力にさえなった私たちの恥でもあった。労働者とその家族の涙が乾く時まで、労働者を殴り連行する警察の意気揚々たる武勇談が消え去る時まで、私たちは本当に何もできないのか?現在この瞬間にも、次の犠牲者を求めて疾走している新自由主義の構造調整と整理解雇の刃に対抗する正義はないのか?

今からでも、警察と国家暴力に対して口を閉ざしているマスコミに一石を投じよう。キム・デジュン政権が、もはや労働者は「整理」できた考えるすきを与えるな。彼らが私たちに許諾した法律と人権の限界は明らかだが、それさえも踏みにじる警察を最後まで追い詰めなければならない。何よりも「どうしようもない」というあきらめにおちいった私たちを奮い立たせよう。不義の権力に抵抗でき、抵抗しなければならない、という私たちの最も基本的な権利を自覚しよう。

キム・デジュン政権は、自身の本性を徹底的に露にした。この政権に審判と断罪を教えることは、私たちの権利であり義務ではないか。

 

(人権消息 第1817号 3/22)

公安弾圧の先頭に立った人物が憲法裁判官

キム・デジュン大統領が、検察の公安部長時代に、無理な法執行をしたと評価されているチュ・ソニ法務研修委員長を憲法裁判官に任命することを内定したことが分かった。

社会団体が、チョン・ドゥファン政権に関与した前歴をもつパク・ヨンサン憲法裁判所事務局長の憲法裁判官任命に反対すると、韓総連の代議員を利敵団体構成罪で処罰するアイディアを出し、これに実現に主導的な役割をしたチュ・ソニ法務研修院長を憲法裁判官に内定、憲法裁判所の設立趣旨である、基本権保障機能が、今後一層そこなわれる状況になった。

しかし、民主主義と生存権のために闘ってきた民衆にとって、チュ・ソニという名前は、忘れがたい名前だ。チュ・ソニ法務研修院長は、97年1月20日から98年3月22日まで、14か月間公安部長に在職し、97年5月26日の公務員労組結成の結成推進者に対する司法処理方針を明らかにし、7月8日には公共部門ストを強行するなら労組幹部全員を拘束捜査すると宣言し、9月28日のキア自動車の労組ストに厳重な対応をすると発表し、98年2月12日に民主労総がストをするなら指導部を司法処理するとどう喝するなど、労働者の要求に対して、「厳格な法執行」で応えた。

また、韓総連に対しては、97年6月の5期韓総連発足式の50人の拘束者に最高刑を求刑し、7月20日には代議員から脱退していない1300人全員に対する指名手配指示、8月1日には韓総連の幹部56人に召喚を通報し、応じない場合には検挙するとするなど、韓総連の代議員になれば、国家保安法で処罰するようにした。