金大中氏救出運動と韓統連

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  連載   金大中氏救出運動と韓統連(7)

 

 映画「オモニ」を全国で上映

 韓民連、韓民統代表が初めてSI幹事会に参加

 韓民統は結成四年目に、全世界的な同胞組織の民主民族統一韓国人連合(韓民連)を結成した。韓民連はその年に、当時、西側で最も権威の高かった国際政治組織の社会主義インター(SI)と深い連帯関係を結んだ。

  韓民連が結成され、社会主義インターとの連帯関係が深まったことで、朴正煕独裁政権に対する国際的な包囲網が二重に形成された。韓民統はこの組織的、政治的成果に依拠して、民主化と金大中氏救出のための最後の総力戦を展開することにした。これに伴って世界各地では朴独裁政権を連続的に、多発的に圧迫する闘争を七八年の年頭から力強く展開した。

 それに先立って、七七年九月十五日に日本の法曹界と文化人が中心になり、韓民統の協力で開廷した「金大中事件国民法廷」の全ぼうを内容とした記録映画「金大中事件告発・国民法廷」の上映運動を一月二十八日から展開した。一方、韓民統は日本社会党と提携して、社会主義インターが七八年二月八、九の両日、西独のボンで開いたSI幹事会への参加招待状を送付させた。金大中氏救出運動の国際世論を高めるための措置であった。

 

 

 

 「民主化戦取百日間運動」で救出運動を一層高めた

 続いて韓民統は二月十二日に第六回中央委員会を開き、「維新選挙拒・民主化戦取百日間運動」を決定した。韓民統は百日間運動を通して朴政権に対する圧迫を強化しながら、金大中氏救出運動を間断なく高揚させていった。百日間運動の期間中、韓民統は三・一節五十九周年を迎えて在日韓国人決起大会を開き、大会後デモ行進を力強く展開した。大会の中心スローガンは維新選挙反対と金大中氏の釈放・原状回復であった。以降、大衆集会と街頭デモは日本の主要都市で行われたが、東京だけでも四月十六日、五月十七日、七月二日、八月八日、八月十五日、九月二日、十月十七日と七回以上も連続的に行った。

 それだけでなく、この期間、韓民統は九月十一日からは東京の数寄屋橋公園で、金大中氏の釈放と原状回復を実現させるための断食闘争を行った。韓民統の断食闘争の動きを知った金大中氏は、連帯メッセージを送ってきた。一方、金載華・韓民統議長代行は金大中氏の健康を案じて尹ボソン・前大統領に直接電話をかけ、金大中氏に断食闘争をやめるよう要請することもした。

 全泰壱氏の闘争を描いた映画「オモニ」を制作し、日本全国七百余か所で上映

韓民統は闘争の山場をさらに高めた。日本の労働者をはじめ広範な各界の団体と市民に、軍部統治下の韓国の実情をより正確に、全面的に認識させ、韓民統への支援を強化するために、韓国労働運動の先駆者である全泰壱氏の生涯を映像化した映画「オモニ」を制作し、全泰壱氏の抗議焼身自殺八周年に合わせて上映運動を展開した。金大中氏救出運動と政治犯の釈放、韓国労働者ら各界民衆の闘争を主題にした映画制作は、これで四つ目になる。

 「オモニ」上映運動は日本労働組合総評議会(総評)の全面的な支持協力のもとに、日本全国で七百余回にわたって行われ、上映会場は韓国労働者への連帯と金大中氏救出運動支援に対する熱気で充満していた。韓民統は「オモニ」上映運動と並行して「全泰壱評伝」の日本語版も発刊し、日本労働者の中に広く普及した。このように韓民統は連続的な集会と示威、断食闘争、映画上映運動、必要に応じて声明発表と記者会見などを通して精力的に活動し、百日間運動をさらに三十日間延長し闘争を間断なく高揚させていった。

 また特筆すべきことは、七六年に東京で開いた、韓国民主化運動史上かつてなかった「韓国問題国際会議」の欧州版である「韓国問題緊急国際会議」を、この期間の六月五、六日の二日間にわたって、西独のボンで開いたことだ。この会議には欧州、米州、アジア地域から著名な政治家、学者、文化人ら五十五人が参加した。会議では、朴正煕軍事ファッショ政権の暴圧政治に深刻な憂慮を表明し、金大中氏ら民主人士と労働者に加えられている反人道的弾圧を中止し、彼らの釈放と人権を尊重することを要求する決議文を満場一致で採択した。

 金大中氏の釈放を闘いとり、同氏から救出運動への謝意が寄せられる

 七八年は国内でも反維新闘争が前例なく強化された年であった。国内外で力強く高揚する反独裁民主化闘争と、日ごと強化される国際世論を前に、朴正煕は譲歩せざるをえない窮地におちいった。そして朴正煕は十二月二十三日、金大中氏を釈放せざるをえなくなった。救出運動はついに大きな勝利をかちとった。

  韓民統と救出対策委員会はこの日、記者会見をもち、金大中氏ら致事件の真相究明と責任者処罰、金大中氏の原状回復のために継続して闘う決意を内外に再びせん明にした。記者会見の途中、金大中氏と通話できた。裴東湖常任顧問と金大中救出委員長は各々釈放を祝いながら、健康の早期回復を願う同胞の真心を伝えた。金大中氏は「今回の措置(釈放)は国内外の良心的な人々が闘ってくれた結果であり、皆さんに感謝する」と謝意を表した。

 七八年が暮れ、朴正煕軍事独裁政権が悲惨な最期を遂げる七九年の新年が明けた。金大中氏釈放の成果に鼓舞された韓民統は、天をつく勢いで「オモニ」上映運動を大衆運動の中心軸に立て、反独裁民主化運動を一層力強く推進していった。一方、国内では尹ボソン、咸錫憲、金大中氏を共同議長とする「民主主義と民族統一のための国民会議」が三月四日に発足し、民主化闘争が一層組織的に展開できる組織的基盤が準備された。国民会議の共同議長である尹ボソン、咸錫憲、金大中氏は五月一日、カーター米大統領の訪韓反対声明を発表した。これを契機に、カーター訪韓反対運動が国内外で遼(りょう)原の火のように広がった。

 (つづく)

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