金大中氏救出運動と韓統連

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  連載   金大中氏救出運動と韓統連(14)

 

 金大中氏への抹殺陰謀阻止

 全斗煥一党の金大中氏抹殺陰謀は失敗し、金氏を米国に追放せざるをえなくなった

 このように釈放闘争が粘り強く継続されるなかで、全斗煥一党は八二年十二月十六日、金大中氏を清州矯導所からソウル大学付属病院にいったん移した後、同二十三日に米国に追放する。この追放措置は、実際には釈放にほかならないものだ。八〇年五月十七日に拘束されて以来、二年半にわたって「内乱陰謀主導」「反国家団体の構成と首謀者」の「罪名」で、軍法会議という通過儀式を経て金大中氏を抹殺しようとした全斗煥一党の殺人陰謀は、内外の強い世論攻勢で粉々にくだけ、金大中氏は地獄から生還した。

 金大中氏が米国で追放生活を送っていたとき、韓民統は彼を慰労するためにぺ・東湖常任顧問を派遣した。金鍾忠国際局長が随員として同行した。両者の出会いは八四年五月十五日、金大中氏のボストンの仮の自宅であった。

 韓民統は金大中氏に対する慰労団の派遣を最後に金大中氏救出運動を終結し、すべての力を反独裁民主化闘争に集中していった。

 以上が、七三年八月のら致以来、二回にわたって韓民統が繰り広げた金大中氏救出運動の概要である。振り返ってみれば、韓民統は十年近くにわたって、金大中氏救出のためにすべてのものを惜しみなくささげた。その道のりは言葉では言い表せない困難な道であった。救出運動をひと言で言えば、「悪鬼」のような軍事ファッショと、人道と民主主義を愛する勢力間のし烈な闘争であった。

 

 朴独裁政権は「金大中氏救出運動」「民主化闘争」を理由に、韓民統を「反国家団体」に規定

 この闘争でわれわれは勝利したが、韓民統も少なからぬ被害を被った。韓民統が被った被害の中で、もっとも大きい被害は「反国家団体」のぬれぎぬを着せられたことである。朴正煕軍事独裁は金大中氏をら致することにいったんは成功したが、その犯行が直後に韓民統によって暴露され、水葬直前に殺害を中止せざるをえなくなったのだ。

 ある者は、金大中氏を救ったのは日本と米国だという。これは事実を甚だしくわい曲した正しくない言葉である。われわれの立場から見れば、日本と米国は金大中氏抹殺陰謀の「共犯者」であり、決して彼を救った「救援者」ではなかった。当時の状況から見れば、米国は金大中氏の人権と生命より、東北アジアで冷戦の最前線の番人である朴正煕政権と全斗煥一党の安保がより重要だったのである。これに対して、金大中氏は次のように述べた事実がある。

 「なぜ、アジアでは独裁がはびこるのか。なぜ民主主義が発展できないのか。(中略)もっとも大きな責任は米国にあります。最初に、われわれは米国を『民主主義の使徒』『民主主義の天使』あるいは『メッカ』と考えました。しかし、米国がアジアに来て何をしましたか。彼らは、民主主義の守護だという名分で『反共』を叫びさえすれば、どのような独裁者にもカネを与えて援護してきました。アジアの独裁者は『反共』だけ叫べば、民主主義をどれほど弾圧しても心配はありませんでした」(「金大中拉致事件の全貌」九十六―九十七ページ。緑豆総書)

 金大中氏はまた、米国で追放生活を送っているときの八三年一月十五日、釜山米文化センター事件関連者の金鉉奨、文富軾氏らの救援集会での演説で、「米国が少数の軍事独裁者をかばって、韓国民の期待に背いていることに対して彼らの失望と怒りを理解する」と述べ、米国の対韓政策を痛烈に批判した。

 朴正煕独裁政権が韓民統を「反国家」に規定したのは、第一に、金大中氏の暗殺計画が水葬直前まで進みながら、韓民統がら致直後に韓国中央情報部(KCIA)の犯行だと断定して、救出運動を大々的に繰り広げたために、恥だけかいてあきらめざるをえなかったことに対する報復であり、第二に、反独裁民主化闘争のたいまつを絶えず高く掲げ、彼らに脅威を与えたことに対する政治的な復しゅうだった。

 隷属と分断体制の永続化を主張し、国民が汗水たらして作った国宝を盗む不正腐敗を庇(ひ)護したのならともかく、韓民統の活動は自主と統一、民主と正義を主張して実践する愛国として評価を受けることであり、どうして「反国家行為」になるというのか。これは、明らかに愛国に対する売国の横暴であり、これに歴史的審判を下さなければならない。

 あれから二十数年の歳月が流れた。その間、残忍な軍事独裁時代は終わりを告げ、「文民時代」を経て、いまは「国民の政府」が発足して「改革」を叫んでいる時代である。しかし、韓統連がいまだに「反国家団体」として残っている現実は、だれにも納得できないことである。われわれは、金大中大統領の良識を疑わざるをえない。

 間違った過去を清算し、理に反した歴史をただすのが改革ではないのか。歴史の立て直しを回避する政権には未来がないとの教訓を、金大中政権は深く吟味しなければならない。この連載を終わりながら、われわれは金大中大統領に、韓民統への「反国家」のぬれぎぬを晴らしてくれるよう強く主張する。

 (おわり)


韓国・文化放送(MBC)テレビ・ドキュメンタリービデオ  「韓民統の真実」(日本語字幕、50分)

韓国の文化放送(MBC)は2003年2月23日にテレビ・ドキュメンタリー番組「今こそ話すことができる」で、韓国民主回復統一促進国民会議(韓民統、韓統連の前身)と在日韓国民主統一連合(韓統連)の名誉回復問題を取り扱った「反韓ベトコン、韓民統の真実」を放送した。

韓統連は最近、民団の一部で「韓統連の反国家団体判示」をうんぬんして韓統連の名誉と合法性を傷つけ、在日同胞社会の和解と団結、ひいては6・15共同宣言をなきものにしようとする動きが顕在化していることを深く憂慮している。

すでに国内外で韓統連の名誉は回復している。韓統連に対する「反国家団体規定」が軍事独裁政権によって行われた陰謀であったことを明らかにする本プログラムを一人でも多くの人に見てもらいたい。なお翻訳と字幕挿入は韓統連が行った。

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韓国MBC制作ドキュメンタリー「今こそ話すことができる」 03年2月23日放映、原題「反韓ベトコン、韓民統の真実」
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 韓国MBCで「韓民統の真実」放映

韓民統の議長だったとの理由で81年に死刑判決を受けた金大中氏は、5年間の大統領任期を終えようとしているのに、金大中氏の生命を二度救った韓民統は今だに反国家団体の汚名をかぶせられ、自由に本国を往来できない――この矛盾を鋭く追及したテレビ番組が、韓国で放映された。

 文化放送(MBC)は2003年2月23日午後11時30分から1時間、ドキュメンタリー「今こそ話すことができる」で、このような問題点を正面から取り上げた「反韓ベトコン、韓民統の真実」を放映した。

 この番組は、KCIA(韓国中央情報部)が仕組んだ71年の録音事件や、韓民統を反国家団体と判示した78年の金整司氏裁判、ユン・ヒョドン事件の虚構性を当時の関係者の証言や貴重な資料などを通して暴く内容になっている。さらに郭東儀議長へのインタビューを柱に、金大中氏の生命を全力で救出しながら、いまだに本国に帰れない関係者の姿を詳細に報じている。

 放映後、国内の視聴者から韓統連あてに、政府への抗議や反国家団体規定の不当性、称賛・激励の声が、ファクスやEメールなどを通して多く寄せられた。

 「ベトコン」はKCIAの造語で、「反韓」は韓国に反対するとの意味だが、韓統連が「ベトコン」でも「反韓」でもなく、民主化と統一のために活動する組織であることをありのままに映し出している。

民族時報 第1000号(2003.03.11)記事より

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