金大中氏救出運動と韓統連

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  連載   金大中氏救出運動と韓統連(10)

 

 国際的な救出運動を作り出す

 軍法会議での死刑判決に抗議して記者会見を開き、緊急声明を発表

 一方、全斗煥一党は海外の厳しい世論を無視して金大中氏を抹殺するための裁判を強行し、八〇年九月十七日に死刑を宣告したのに続いて、十一月三日の控訴審判決でも死刑を宣告した。これは全斗煥一党が金大中氏を処刑するために、どれほど狂奔していたかを示すものだ。金大中氏には死の危機が刻一刻と近づいていた。

 死の危機に直面した金大中氏の生命を救う道は、ひとえに韓民統が全力で救出運動を強化することであり、そうすることで国際世論を高めて全斗煥一党を追いつめ、金大中氏の処刑を断念せざるをえない状況をつくり出すことであった。

 こうした決意のもとに、韓民統と救出委は一審で死刑の宣告が下された直後に記者会見を開き、起訴内容と判決内容の虚構性、ねつ造性とともに、軍事裁判の政治的背景と不純な意図をひとつ残らずあばき、全世界の良心が金大中氏の救命のために声を高め、各国政府が実効性ある措置を取るなど、最大の影響力を行使するよう訴える緊急声明を発表した。声明は、世界の著名人士と権威ある国際団体、各国政府に送られた。

 そして、韓民統、救出委に網羅された関東地域の活動家は記者会見後、日本外務省への抗議活動を行った。ひどくあわてた日本外務省は、北東アジア課長代理を立てて抗議団代表との面談に応対した。抗議団代表は日本政府に対して、@不当な「政治決着」を撤回しA金大中氏の生命の安全を確保するために実効性ある措置を取りB全斗煥殺人集団への支持政策を中止すること――などを強く求めた。

 韓民統と救出委が九月十七日、即座に組織した内外記者会見で発表した緊急声明と日本外務省への抗議・要請行動は、日本はもちろん、マスコミを通じて全世界に広く知られ、大きな反響を呼び起こした。

 友好関係にあった西ドイツ外相が、EC共同体加盟の各国外相に影響力行使を提議

 金大中氏ら致事件以後、韓民統の世界的な連合組織である韓民連と尹伊桑・韓民連ヨーロッパ本部議長を通じた金大中氏救出要請に友好的に協力してくれたゲンシャー西ドイツ外相は、死刑宣告が下された翌日(現地時間十七日)、EC共同体の外相らに「韓国軍法会議が金大中氏に死刑判決を言い渡したことに共同で対処し、同時に死刑を執行できないよう各国から強い警告を通報すること」を提議した。世論に押されて日本と米国も十八日、ワシントンで開かれた伊東日本外相とマスキー米国務長官の会談で、金大中氏の死刑宣告に憂慮を表明することになった。

 また九月二十六日には「社会主義インター」(議長・ブラント西ドイツ首相)のカールソン事務局長が東京で韓民統代表と会談したのち、日本社会党・河上国際局長とともに記者会見をもち、「万一、死刑が執行されるならば、韓国は国際的打撃を被るだろう」と警告し、すでに十八日に「死刑宣告は国際的な法の基準に反するもの」という声明を発表したことを明らかにした。そして、十一月十三日からスペインのマドリードで開催される「社会主義インター」会議に韓民連・韓民統代表を招待し、韓国情勢に関する報告を聞くことに決定している事実まで明らかにした。

 日本の労働者が連続して「国民大会」を開き、港湾労働者は韓国船の荷役を拒否

 金大中氏の生死問題をめぐって、時間的に緊迫した闘争を全世界的に展開していた韓民統は、この運動で大きな勝利を収めていた。ここで特記すべきことは、「金大中氏救出日本連絡会議」は韓民統と緊密な連携のもとで、死刑判決が宣告された当日午後六時から東京の日比谷野外音楽堂で「軍法会議を中止せよ!金大中氏らを釈放せよ!九・一七国民大会」を開いたことだ。この大会には飛鳥田・社会党委員長、宇都宮・参議院議員、田・社民連代表、槇枝・総評議長、青地・連絡委代表と裴東湖・韓民統常任顧問兼韓民連首席議長、鄭在俊・救出委委員長ら一万七千人が参加した。この大会で、鄭在俊委員長はあいさつを通して「軍法会議は暗黒政治裁判であり、死刑宣告は天人ともに怒る暴挙である」と断罪し、救出運動をより一層強化しようと訴えた。

 またこの日、国鉄労働組合(国労)は全国の駅で抗議の汽笛を鳴らし、全日本港湾労働組合(全港湾)も死刑宣告に抗議し、すべての港湾で韓国船籍に対する貨物の積み降ろしを拒否した。外国の一個人の生命をめぐって、日本の労働者がこのような抗議行動に立ち上がったのは、日本労働運動史でかつてなかった出来事だった。

 「九・一七国民大会」は救出運動を日本全域に拡散する起爆剤となった。それは「九・一七国民大会」以降、各都市で労働者、政治家、学者、文化人、市民ら各界の人士と韓民統の会員らによって各種集会とデモが連続的に開かれ、日本社会は金大中氏救出運動一色に包まれた。

 全斗煥を支持する日本政府が、韓民統などの国連派遣代表団の再入国許可を発給せず

 韓民統は高揚する雰囲気を引き続き高めるために、十月五日に「金大中救出・国連要請団派遣・韓日連帯全国集会」を開いた。集会では鄭在俊委員長、金鍾忠副委員長、郭東儀事務局長、朴皇淳・韓民統中央委員、郭元基・韓青同委員長ら五人を国連要請団として構成した。要請団は百万人の救命署名簿を持参し、国連人権委に金大中氏の救出のために国連が影響力を行使するよう要請することになっていた。しかし日本政府が再入国許可の発給を拒否したために、韓民統・救出委の代表は行けなくなった。そこで署名簿を佐々木秀典弁護士と伊藤成彦・中央大教授に委託し、十一月五日に国連に伝達した。

 勝利は最後まで闘う者だけが得ることのできる栄光である。韓民統は国連要請団を派遣した直後の十一月八日、三日の控訴審での死刑判決に抗議して東京の清水谷公園で「金大中氏が危ない!死刑判決糾弾!国会請願一一・八韓日連帯緊急集会」を開き、韓日両政府の金大中氏抹殺陰謀を糾弾した後、@日本政府は金大中氏の釈放を即時要求せよA政治決着を撤回せよB日本政府は金大中氏の原状回復を図れ――と決議し、この内容を盛り込んだ十一万人の請願書を携えて日本国会まで請願デモを断行し、受け取らせた。

 「一一・八緊急集会」のわずか五日後の十三日、再び「金大中氏救出日本連絡会議」の主催で東京・日比谷野外音楽堂で六千人が参加するなか、「死刑判決抗議!金大中氏を殺すな!一一・一三国民大会」が開かれた。

 裴東湖・韓民統常任顧問は連帯辞を通して「全斗煥軍事政権は日本と米国の支援で成立した政権である。日本政府が、韓民統・韓民連代表らの国連要請と社会主義インター会議に参加するために申請した再入国許可を発給しないのは、金大中氏抹殺に加担している犯罪的行為を自ら暴露したものだ」と糾弾した。裴東湖顧問の連帯辞は大会雰囲気を大きく高揚させた。

 

 

(つづく)

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